第15話 グレイス王宮
朝早くに出たおかげで、昼過ぎに到着することができた。
エリーゼが「久しぶりに来たわ!」と大きな声を出したため周りの人に一瞬で身バレし、大変なことになった。
「でっっっか……!」
リベラのおかげで何とか逃げ切れた俺達は、王宮の前にいる。
なんだこの巨大な建造物は。
本当に人によって建てられたものなのだろうか。
グレイス王国は中央大陸の中でも大きめな国だから、それだけ王宮もでかいのだろう。知らんけど。
「お待ちしておりました。
おかえりなさいませ、エリーゼお嬢様、リベラ様」
「もうあたしはここの子じゃないの。
お嬢様はやめなさい」
「お嬢様がどこへ行こうとも、お嬢様がコーネル様のご息女であることに変わりはありません」
「もうっ! だから嫌なのよ!」
本当に堅苦しいのが嫌いなんだなぁ……。
それはそれとして。
うおおおおおお!
本物のメイドさんだ!
メイドさんってメイド喫茶以外にも存在したんだ!
胸元は開いておらず、露出は控えめ。
それでも、俺はメイドさんにお目に書かれただけで大満足だ。
今日はもう満足だ。
帰ってもいいな。
「あなたが、ベル・パノヴァ様でございますか?」
「ひゃい」
やべ。
緊張しちゃって変な声が出た。恥ずかしい。
「お嬢様のお命を救っていただいて、本当にありがとうございました」
「……いえいえ、実は僕の方も一度、命を助けていただいたんです。
なので、僕からも感謝の言葉を送らせてください」
エリーゼがいなかったら、俺はあそこで死んでいた。
エリーゼを産んでくれた王妃様、エリーゼを育ててくれた全ての人たちに感謝をしなければ。
メイドは「では、ご案内させていただきます」と一言添え、王宮の中へ先導してくれた。
入り口でっか。
巨人でも住んでんのか。
異世界にもバリアフリーって概念があったのか。
さて、俺たちは今日からここに一泊二日するわけだが。
ここでの生活を体験してしまったら、もう元の生活に戻れなくなるかもしれない。
だって、絶対飯とか豪華だし、風呂だってとんでもない広さなんだろ。
そんでもって、ベッドは何らかの最高級素材を使っているとか言い出すんだ。
あ、ここまでは全部俺の妄想だ。
物珍しそうにキョロキョロと視線が右往左往する俺とは違い、エリーゼは表情を変えずに歩いている。
これはこの王宮に対する嫌悪感からなのか、それとも久々に帰ってきたから変に緊張しているのかはわからないが、表情はいつもより強張っている。
エリーゼでもこんな顔するんだな。
魔物の襲撃の時とはまた違った顔である。
「ほんと、無駄に長い廊下だわ」
「足腰が鍛えられていいじゃありませんか」
「こんなので鍛えられる足腰があってたまるか」
まあ、普通にこの廊下は長い。
色んな部屋があるが、これらは全てメイドや使用人などの部屋なのだろう。
無数にあるが、このくらいの数の使用人がいるということだろうか。
エリーゼのお父さんの名前はコーネル、といったか。
……代わる代わるメイドさんが夜のご奉仕とかするのだろうか。
あまりそういうことを考えるのはやめにしよう。
「こちらが、お客様のお部屋になります。
リベラ様、エリーゼ様は別室でございます」
「あたしにも客室を用意してくれてるの?」
「いいえ。お嬢様にはお嬢様の部屋がございますので」
「じゃあ嫌。それならベルと一緒に部屋で寝るわ」
「おっふ」
メイドの人は困っているが、珍しくエリーゼのデレが見れた。
ちゃんと用意してくれてただろうに、ちょっと申し訳ないような。
「かしこまりました。
それでは、お荷物を置き終わりましたら、陛下とのご謁見でございます」
「お父様には早く会いたいわ」
この「かしこまりました」は、意訳すると「あっそ。じゃあ勝手にやって」ってところか。
エリーゼは割と両親のことが好きだ。
優しいんだろうが、いざ謁見をするってなると緊張するな。
なんか変な汗かいてきたし。
ここに泊まらせてもらう以上、ご挨拶は絶対にしなくてはならない。
ニートだった俺でも、そのくらいの常識はある。
荷物をおろし、身だしなみを整える。
寝癖は立っていないか、目くそはついていないか、鼻毛は出ていないかなどを部屋の鏡で確認して、部屋を出た。
この世界に鼻毛カッターとかあんのかな。
何人もの使用人とすれ違うが、みんな挨拶をしてくれる。
エリーゼも、「おかえりなさいませ」という言葉には過剰に反応しないな。
帰省気分でいいと思うんだけどなぁ。
王宮の中は、まさにザ・お城って感じだ。
いちいちおしゃれな装飾がしてあるし、あちらこちらに生け花なんかが飾られてある。
床にはもちろん、レッドカーペット。
土足で歩いていいのか、これ。
「不敬である」とか言って殺されたりしない?
使用人が掃除をしてくれるから心配いらないんだろうが、それでも申し訳なく感じてしまう。
こんな心を持っている俺は、王の器にふさわしくないのだろう。
「――おっ、おかえり、エリーゼ」
「ただいま、テペウス。久しぶりね」
ん、誰だ?
「グレイス王国の第一王子だ。
こんにちは、テペウス様」
「こんにちは。お勤めご苦労様」
お、じゃあ、この人はエリーゼのお兄ちゃんか。
第一王子ってことは、この人こそが最高王位継承者。
次代の国を担う王様候補の筆頭ってわけだ。
「この子は?」
「初めまして、ベル・パノヴァです」
俺は右手を胸に当て、深々と頭を下げた。
これが貴族の挨拶の仕方らしい。
正確には、グレイス王国においての格式高い所作である。
王族を相手にする時は、やや深めに頭を下げる。
国王みたいな権力の高い人に対しては、最敬礼くらいの深さまで頭を下げなければならない。
エリーゼに教わっておいて正解だった。
「お、君が噂の男の子だね。礼儀作法もきちんとしているなんて、デキる子だね」
「もったいないお言葉です」
「へえ、言葉遣いまで。
君、うちに住まないかい?
きっと父様も歓迎してくださるよ」
「ははは」
この愛想笑いはまずかったかもしれない。
ありがたいお言葉ですが、丁重にお断りさせていただきます。
エリーゼとは違う茶色い髪をした、見るからに体重の軽そうな見た目のテペウスは、俺たちをここまで連れてきてくれたメイドに「ここからは僕が案内するよ」と一声かけた。
メイドは「失礼いたします」と言い残してその場を去っていった。
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「君は確か、パノヴァ家の子だったかな。『剣帝』ルドルフの所の」
「はい。父さんと面識があるんですか?」
「一度だけね。確か、僕が十歳の時だったかな」
あ、そうか。
九星執行官撃退の件で、国王に謁見したことがあったって言ってたな。
エリーゼは当時一歳。
テペウスはやけに大人びて見えるが、まだ十七歳とかなのか。
テペウスはその後も、俺が気まずくならないように積極的に話題を振ってくれた。
こういう気遣いができる人間こそ、王様になるべきだ。
王選の時は、絶対にこの人に投票しよう。
階段を上がったり廊下を歩いたり、そんなこんなで一つの部屋にたどり着いた。
こんなに広い家の中で迷わずに移動できるようになるまで、どれだけの時間がかかったのだろうか。
「ここがお父様の部屋だよ。
お父様はとても寛大なお方だけど、くれぐれも粗相のないようにね」
他の部屋とは明らかに違う部屋だな。
豪華な扉だ。
やべえ、胃がキリキリする。
エリーゼはニコニコで、リベラも何でもない顔をしている。
こんなに緊張しているのは俺だけだ。
でも、一国の王と顔を合わせるんだぞ。
こんな経験、普通に生きてたらこんな機会はない。
これも貴重な経験だと思って、気張れ。
「お父様。お客人です」
「入れ」
ああ、命令口調タイプだ……。
寛大な人っていうのは父親を立てるためのお世辞だったんじゃないか……?
「し、失礼しま――」
「お父様! ただいま!」
「おお、おかえりエリーゼ! 会いたかったぞ!」
……あれ、思ってたのと違う。
もっと厳かな感じの人だと思っていたが。
いや、エリーゼには甘いって言ってたな。
娘が大好きなだけか。
「お父様、こちらの方がベル・パノヴァです」
「お初にお目にかかります。
ベル・パノヴァと申します」
「おお、君がワシの可愛い娘の恩人か! よく来てくれた!
遠いところからわざわざご苦労」
あ、この人本当にいい人だ。
見た目こそ威圧感半端ないけど、話してみると意外と。
ってか、結構老けてるな。
なんて直接言ったら流石にブチギレそうだけど。
エリーゼが九歳で、テペウスは推定十七歳。
となると、この人は結構歳がいってそうだな。
「ゆっくりしていくといい。
ここはワシの部屋だが、ワシが許可した人間にはくつろぐことを許している」
「そんな。恐れ多いですよ」
「ワシに逆らうのか?」
「い、いえ。そんなつもりは」
「ベルくん。お父様からのご厚意は受け取るのが無難だよ(ボソッ」
「はい……」
早速、怒られてしまった。
エリーゼはコーネルの膝の上にちょこんと乗り、村での生活や剣術の稽古について楽しそうに語り始めた。
さて、俺は何をするべきか。
くつろぐといっても、この部屋には俺の興味を引くものが何もない。
小さい子供用のおもちゃはあるが、これで遊ぶわけにもいかない。
見た目的には年相応だと思われるだろうが、中身は、ね。
俺がおもちゃで遊ぶのはちょっと厳しいものがある。色んな意味で。
ゲームとかあればいくらでもできたんだけどな。
この部屋を出ようとしたら「ワシの部屋が気に入らんのか」とか言われそうだから、
出るわけにもいかないしな……。
「お父様。ベルくんに王宮の中を案内してもよろしいでしょうか?」
「構わんぞ」
テペウス、お前天才だよ。
大ファインプレーだ。
テペウスは「おいで」と俺に手招きをし、細い目をさらに細めて微笑んだ。
部屋から連れ出され、ゆっくりと歩く。
「どうだい? 寛大な方だろう」
「とてもお優しい方ですね。僕がやらかしただけで」
「ははは。そう気に病む必要はないよ。
お父様はそろそろボケ始めてきてるから、さっきのことなんてすぐに忘れてしまうさ」
それ、バカにしてんじゃねえか。
忘れてくれるなら助かるけど。
『厳しそうな人』から『優しい人』へと印象が変わり、『娘には』優しい人へと上書きされた。
まあ、四人もいた娘のうち三人を失ったんだから、大切にしたくもなるよな。
王宮を出たいというエリーゼの頼みに応えたのも、娘を想う気持ちからだって聞いたし。
別にコーネルに好かれたところでどうなるわけでもないし、嫌われさえしなければいいや。
「エリーゼは、上手くやれているかな?」
「ええ。剣術も頑張っていますよ」
「そうか。兄として、妹のことはどうしても気になってしまうものでね」
エリーゼは家族から愛されているんだな。
王族って色々めんどくさいイメージだったが、この一族に関してはちょっと違うのかもしれない。
「ベルくん。驚かないと約束できるかい?」
「え? はい」
反射的にうなずいてしまった。
何を言われて、何をされるのだろうか。
ちょっと怖いな。
「――!」
「この腕は、エリーゼを守るために失ったんだ」
テペウスの右腕は、義手だった。
これを隠すために、手袋をしていたのか。
なんともメカメカしい義手だ。
「エリーゼからもう聞いたかもしれないが、ある日の夜、エリーゼ以外の妹がまとめて殺された。
みんなが寝静まった深夜、妹達の部屋の窓だけを割って侵入し、音もなく暗殺した」
「エリーゼの部屋にも、入ってきたんですか?」
「もちろん。僕は部屋が隣だったから異変にいち早く気づき、エリーゼを連れて逃げた。
その時、既に他の妹たちは死んでいた」
表情が曇るテペウスは、悲し気に当時の状況を語る。
部屋が隣じゃなかったら、今エリーゼは生きていなかっただろう。
「お父様の部屋に逃げ込めば、国王であるお父様が殺されてしまうかもしれない。
かといって、逃げる当てもない。
まだ赤ん坊だったエリーゼを抱えて王宮を飛び出し、アヴァンの中を逃げ回った。
でも、相手は殺しのスペシャリストだったから、逃げ切れるはずもない。
僕は一応魔術を学んでいたこともあったから、精一杯の抵抗をした」
どれだけ、辛かったのだろうか。
血縁の妹を一気に三人も失い、腕の中にはまだ小さい赤ん坊のエリーゼ。
一生モノのトラウマだろうな。
「右腕を斬り落とされた僕は、突然現れた女剣士に救われた。
それが、リベラータだ」
「そうだったんですか……」
リベラは、王宮に勤める前にテペウスと出会っていたのか。
暗殺されたということは聞いていたが、そんな背景があったとは。
何度でも言おう。
王族は面倒な一族だ。
「リベラータはお父様に大変感謝されてね。
それがきっかけで、用心棒として雇われ始めたんだ」
「リベラさんさまさまですね」
「君も、エリーゼを助けるために命を懸けて戦った。
そして、リベラに救われた。
僕達は、似た者同士だね」
「……そうですね」
そう考えると、俺とテペウスは共通点が多い。
エリーゼが好きなところとか、エリーゼが大好きなところとか、あとは……。
「あの子はああ見えて、とても傷つきやすい子でね。
ちょっとしたことで泣き喚いて、わがままを叶えてもらえなかったら地団駄を踏んで怒ったりする」
「ええ、知っています」
笑い交じりにこぼれた言葉に、テペウスもふっと微笑んだ。
もうエリーゼが家に来て半年が経った。
彼女のことは、だいぶわかってきた気がする。
わがままで、生意気で、でもたまに優しくて。
よく殴られるし、毒も吐かれるが、それでもあの子はいい子だ。
「ベルくん」
「?」
「……どうかあの子を、守ってあげてくれ」
テペウスは嘆願するように、俺にそう言った。
これが、兄妹愛というものなのだろう。
愛って、美しいものだな。
「僕の家にいれば安心ですよ。
父さんと母さんはとんでもない化け物ですから」
「……そうだね。それなら安心だ」
多分、そういう意味で言ったんじゃないと思うけどな。
「妹を頼むぞ」と、パノヴァ家ではなく俺に言ったのだろう。
心配しなくても、俺が守る。
エリーゼが俺を守れるくらいに強くなるのなら、俺はエリーゼに守られなくてもいいくらいに強くなってやればいい。
そうして互いを超えようと努力を続けることで、どちらも強くなれるだろう。
「さて。お父様には王宮を案内すると伝えたが、王宮から出て街を回ろう。
どうだい?」
「僕はいいですけど……怒られませんか?」
「怒鳴られるだけで済むさ」
それ、「済んでる」とは言わないんだよなぁ……。
ああいう人って、怒らせると別人になるタイプの人間だからあまり侮れない。
まあ、責任はテペウスに取ってもらうか。




