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第14話 リベラータの秘密

「気を付けてね」

「失礼のないようにするんだぞ、ベル」

「うん、行ってきます」


 一週間が経ち、俺たちは二人でアヴァンへ出かけることになった。

 他言語を学ぶために本を借りに行きたいとエリーゼに言ってみたところ、喜んで賛成してくれた。


 それをルドルフとロトアに伝えると、すぐに王宮に手紙を出した。

 三日後に返ってきた返事の手紙には、「護衛を同行させる」と書いてあった。


「お嬢様。久しぶりだな」

「もう『お嬢様』なんかじゃないわ。

 あたしはただの女の子になったの」

「そりゃ失礼。でも、お嬢様以外にしっくりくる呼び方がない」

「普通にエリーゼでいいわよ」


 予想通り、護衛の人間というのはリベラのことだったか。

 またこの双丘を拝めるとは。


 それにしても、なんちゅう服を着とるんだ、この剣士は。

 「童貞を殺すセーター」なんて鼻で笑っちゃうくらいの服だ。

 いや、あれはあれでものすごくエロスがあるんだ。

 馬鹿にはできない。


 リベラはわざわざ俺の家の前に馬車を持ってきてくれているので、ここから真っ直ぐアヴァンへ向かう。

 道中で何かあっても、護衛のリベラが何とかしてくれるだろう。


「久しぶりだな、ベル。

 馬車に乗るのは初めてか?」

「初めてです」

「そうか。まあ、お前達は乗っているだけでいいからゆっくりしているといい」


 この馬車は幌馬車だ。

 馬が幌を引いて歩くタイプのやつ。


 ラノベやアニメでよく見たことがあるが、実物を見るとかなり大きいな。

 俺が小さいからってのもあるかもしれないが。


 俺とエリーゼは幌の中に乗り込み、リベラは馬にまたがった。

 リベラが軽く馬の腹を蹴って手綱を引くと、馬はゆっくりと歩き出した。


「馬車は久しぶりだわ」

「もう家に来て随分経ちますしね」


 エリーゼが来たのは、去年の秋。

 半年くらい経ったか。


 この世界で流れる時間は、思っているよりもずっと早い。

 ついこの前まで赤ん坊だった感覚だ。


「エリーゼは、こうして馬車に乗って色んな所に行ったりしていたんですか?

 ……エリーゼ?」


 まだ出発して十分くらいしか経っていないが、エリーゼはもう寝落ちしてしまったようだ。

 ウトウトと首を上下させた後、俺の肩に頭を預けてきた。

 いたずらしてやろうかな。

 いや、本当に殺されかねないからやめておこう。


「ベル。お嬢様は粗相なく生活できているか?」

「お嬢様って呼んだら怒られますよ」

「寝ているから大丈夫だろう」


 そういう問題かよ。

 リベラならエリーゼに勝てるだろうが、俺じゃ無理だ。

 この間、俺が冗談でエリーゼを「お嬢様」と呼んだらドン引きされたから、俺はもう二度とエリーゼのことをお嬢様とは呼ばない。


「それで、どうなんだ?」

「もちろん、元気にやっていますよ。

 父さんと一緒に、毎日剣術の稽古に打ち込んでいますし、すっかり村での生活にも慣れています。

 ただ勉強だけはどうも苦手で、高確率でサボられます」

「ははっ、勉強嫌いなのは変わらないな」


 リベラは、エリーゼがまだ小さい頃からずっと一緒にいたらしい。

 ここまで気にかける気持ちは理解できる。


 村を出ると、辺り一帯に広大な草原が広がっていた。

 日本じゃこんな景色を見ることはできないだろう。

 青空の(もと)、こんな場所で昼寝なんてしたらきっと気持ちいいんだろうな。

 家の前にも庭と繋がっている草原があるし、今度やってみよう。


「リベラさん。聞きたいことがあります」

「何だ?」

「リベラさんも、『聖剣道場』出身なんですか?」

「ああ、そうだぞ」


 やっぱりか。

 剣神から免許皆伝を貰わないことには、人に剣術を教える資格をもらえない。

 エリーゼに剣を教えた経験のあるリベラも、免許皆伝を貰ったということになる。

 エリーゼは自分で中級剣士だと名乗っていたし、それを教えていたリベラも称号を授かっているだろう。


「称号も、貰ったんですよね?」

「ああ。アタシは『剣王』だ。

 四つの中では一番下だな」

「それでも、すごいことじゃないですか。

 みんながみんな貰えるわけじゃないんでしょう?」

「……まあ、そうだな」


 リベラの声のトーンがわずかに下がった。

 何か嫌な思い出でもあるのだろうか。


 リベラは前を向いているため顔色は窺えない。

 あまり触れないほうがいいのかもしれない。


「……アタシは、『剣神』アベルの実の娘だ」

「えっ?!」

「うーん……」

「大きな声を出すな。起きるぞ」


 そんなこと言われたって……。

 驚くなって方が無理だろ、これは。

 だって、あの『剣神』の娘って……。

 こんな時に冗談なんて言うとは思えないし、きっと本当なんだろう。


 いや、言われてみれば。

 「アベル」と「リベラ」。

 どことなく語呂が似ている。


 ってのはちょっと無理やりすぎるか。


「父はもう四十を超えるが、それでもまだその力は衰えていない。

 道場の剣士が総がかりで戦っても、勝てないだろう」

「そんなに強いんですか」

「仮にも『七神』のうちの一人だぞ。弱いはずがない」


 総がかりでも勝てないって、どういうこっちゃ。

 何人もの剣士の斬撃を全部何とかするってことか?

 自分で言っておいてなんだが、ちょっと何言ってるかわからない。


 でも、それとなんの関係があるんだ?


「実の娘ってことは、アベルさんの苗字も『アンデル』なんですか?」

「いや、違う。 父は『アルベアル』だ」

「あ、アベルアル?」

「《《アルベアル》》」


 いや、言いにくいな!

 アベル・アルベアル。

 新手の早口言葉かよ。


「父……面倒だから名前で呼ばせてもらうが、

 アベルは娘であるアタシにも、他の剣士と変わらない厳しい態度で接してきた。

 本当に、アタシのことを娘だと思っているか怪しいくらいにな」


 公平に接していたのか。

 それはいい師範だ。


「まあ、アタシを除く女の剣士には甘かったな。

 体をベタベタと触りながら指導することもあった」


 前言撤回。

 変態オヤジだった。


「それでも、剣の腕と指導能力は本物だった。

 聖級剣士を多く輩出し、中にはお前の父親のような特級剣士も何人も育て上げた。

 間違いなく、世界最高峰の道場だろう」


 やっぱり、人って何かしら欠損している部分があるよな。

 完璧な人間なんて存在しないのだ。


 「世界最高峰の道場」ってことは、他にもいくつか道場があるのだろうか。

 あー、免許皆伝を授かった剣士が個人で開いてるみたいなものなのかも。


「そんな場所で剣を学んでいたアタシは、どうしても勝てない相手がいた」

「勝てない相手?」

「……お前の、父親だ」

「――っ?!」


 今度は声を抑えて驚くことができた。

 いやそうじゃなくて。

 ルドルフとリベラは、同じ時期に道場の練習生だったのか?


 確かに、避難所で二人が顔を合わせた時、初めましてじゃない感じはしていた。


「ルドルフは、アタシの弟弟子だ。

 アタシよりも後に入門した後輩にあたるやつだが、アタシと仲は良かった」


 今日俺は、何回びっくらこかなければならないのだろうか。

 俺はてっきり、リベラのほうが年下だと思っていた。

 ルドルフは、早生まれの2月7日が誕生日だから、来年で30になる。

 それよりも年上って……。

 全然そんな風には見えない。

 いや、歳で先輩後輩が決まるとも限らないか。


「それなら、どうしてラニカ村の避難所であんなに他人行儀だったんですか?」

「避難所……あぁ、あれか。

 あれはまあ、久々の再会だったからな。

 実際あの後、二人で少し話したぞ」


 俺が目を覚まして、ルドルフとロトアが俺の所に来た時、ルドルフとリベラは互いにお礼を言い合っていた。

 俺はその後すぐにまた寝たから、二人が話していたことは知らなかった。


 リベラは昔を懐かしむように、また語りだした。


「後輩のくせにとんでもない強さで、あっという間に追い抜かされた。

 当時アタシはその時既に聖級剣士だったが、ルドルフはまだ上級剣士だった。

 それでも、力の差で圧倒された」

「階級に差があっても、勝てるものなんですか?」

「普通は勝てないさ。

 相手の技の方が威力が高いし、動きもまるで違う。

 上級剣士と聖級剣士で、初級剣士と上級剣士くらい違うものだ」


 へえ、そんなに違うものなのか。

 特定のランクまで到達すると、次のランクまでに必要な経験値が桁違いになっているようなものだろうか。


 なんか、色んな人に聞けば聞くほど、ルドルフの武勇伝が出てくるな。

 どんだけすごい奴なんだ、あいつ。

 あまり邪険に扱うのもやめておこう。

 あんなんだが、尊敬すべき人間であることは間違いない。


「三年もそこで剣を学んでいたアタシが、たった半年でルドルフに抜かされた。

 それが悔しくてたまらなかったから、必死に剣を振った。

 それでも、アタシは行き詰まったまま成長できなかった」

「……」

「『剣神』の娘として期待されていたアタシは、せいぜい『剣王』になるのが限界だった。

 辛うじて免許皆伝は貰えたから、エリーゼに剣を教えることができたがな。

 アタシは、あの人の娘なんかじゃないのかもしれない。

 父親の背を追い続ける、ただの落ちこぼれた剣士だ」


 なるほどな……。

 父がすごい人間だったからこそ、周りからの期待が重荷となってしまったのだろう。

 それにしても、「落ちこぼれ」って……。


「すまんな。楽しい旅行のはずなのに、暗い話をしてしまった」

「いえ、お気になさらず。

 むしろ、リベラさんのことが知れてよかったです」

「……」


 リベラはふっと笑うと、また黙り込んでしまった。

 嫌な思い出を掘り返してしまったな。

 純粋に気になったから聞いただけとはいえ、深く聞くべきではなかった。


「僕は、リベラさんがすごいと思いますよ」

「慰めようとしてくれているのか?

 子供がそんな気遣い、しなくてもいい」

「いいえ、今度は僕が喋る番です」


 肩によりかかるエリーゼの顔をチラリと見て、起きていないことを確認する。

 もし起きていたら、色々面倒なことになる可能性が高い。


「アベルさんのようになれなくて悔しかったのはわかりました。

 ですが、自分のことを下げるのはやめてください」

「いつ、アタシが自分を卑下した?」

「さっき、自分は『落ちこぼれの剣士だ』って言ってたじゃないですか。

 どうか、そんな風に自分のことを悪く言わないでください」

「……そうだな。子供相手にみっともなかったな」

「……そんなんじゃありません」


 そもそも『剣王』ともあろう剣士が、「自分は弱い」だなんて言うべきではないだろ。

 他の剣士が見たら泣くぞ。


 ではなくて。


「確かに、リベラさんは周りの期待に応えられなかったと、そう感じているかもしれません。

 でも、これだけは覚えておいてください」

「……何だ?」

「――エリーゼは、あなたのことを凄く尊敬しているということです」

「……っ」


 言葉に詰まるリベラと俺の間に、しばしの間沈黙が生まれた。


 エリーゼは、リベラのことが大好きだ。

 事あるごとに、リベラの話をしていた。

 リベラが護衛に来ると聞かされた時も、「リベラがついてるなら大丈夫ね!」と嬉しそうに言っていた。

 小さな頃からずっと一緒にいたって話だし、きっと師範でありながら親友のようなものだったのだろう。


 こんなことをエリーゼに聞かれたら、照れ隠しで殴られるだろう。

 だが、これはリベラに伝えておかなくてはならない。


 エリーゼは、他人に自分の感情を表すのが苦手だ。

 だからきっと、リベラに対しても素直になれていなかったんだと思う。

 今のリベラの反応を見て、それを確信した。


「上から目線で語るようですみませんが、

 あなたは僕たちからしてみれば、凄い人間なんです。

 尊敬されるべき、人間なんですよ。

 お父さんのようになれなかったとか、そんなのどうだっていいじゃないですか。

 リベラさんはリベラさんで、アベルさんはアベルさん。

 アベルさんのようになれなくたって、『剣王』になれただけで十分凄すぎるんです。

 お父さんが異常なだけで」

「――」

「さ、もうきっぱり忘れて、旅を楽しみましょう」


 俺も言いたいことは言えたし、すっきりした。

 実際、俺もリベラを尊敬している。

 そこまで関わりが深いわけでもなく、せいぜい数回会って話した程度だが、素直にこの人は凄い人間だと思う。

 少なくとも、卑下するべきではない人だ。


「ベル」

「はい?」

「……ありがとう。お前は、いい子だな」

「えへへ」


 褒められると気持ちの悪い笑いが出る癖、治したいです。


 ともかく、リベラに俺の、そしてエリーゼの思いが伝わってくれたなら、それでいい。

 エリーゼは、起きていないよな。


「エリーゼ? おはようございま……痛っ!?」


 やべ、聞かれてたか。

 まずい。本当に死ぬ――


「むにゃ……」


 ……良かった。起きていなかった。

 ………………いや、じゃあ今の蹴りはなんだったんだ?


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