第8話 弟子の使い魔
「私の……使い魔の、卵……?」
両目を大きく見開いたココナは僕の顔と胸の卵を何度も交互に見やり、ポカン、と口を大きく開け、やがて問うた。
「使い魔って、あの、物語に出てくる、魔法使いの相棒の……ですよね? え、なんで、私に……?」
「必要だからだ。いや、僕もまさか必要になるとは思わなかったんだが……」
「ど、どど、どういうことですかッ!?」
「とりあえず座りなさい。ちゃんと説明してあげるから」
僕は机を挟んだ対面に椅子を用意し、そこにココナを座らせる。
配信は回ったままだが……まあいい。どうせいずれ、世界中に説明することになる話だ。
僕は卵を胸に抱いたまま、指先で小さな光の図を描いた。
人の形と、その胸の奥に灯る、小さな火。大切なのは、この火の部分だ。
「まず、大前提として。魔法は体内の魔力を燃料にするものなのだけど……君たち現代を生きる人は、魔法が扱えるだけの魔力を保有していない」
「……ぇ」
「灯火を思い出しなさい。豆粒の火を灯すだけで、大汗を欠くほど疲労していただろう? あれは燃料切れだ。二千年前、僕たち魔法使いが全盛の時代に生きた人々が持つ魔力量がポット一杯分だと仮定するなら……君たち現代人は、一滴の水程度しかない」
「い、一滴? どうしてそんな……」
「退化──いや、進化と言ったほうが適当か。不必要な力は長い年月を経て、捨てられてしまったのだろう」
「じゃ、じゃあ、どうすれば……」
「そのために──こいつを使う」
僕は膝の上の卵を、こつん、と指で叩いた。
「使い魔は簡単に言えば、外付けの魔力タンク。主と魂の経路で結ばれ、足りない魔力を生成し、注いでくれる。二千年前も非才の魔法使いたちは皆こうして、使い魔と共に大成した……君もそうなる」
「そんな大事なものを、私に……あの、師匠にも、いるんですか? 使い魔」
「勿論」
僕は使い魔などいなくとも魔法が行使できるが……いたほうが色々と得が多い。
だから、持っている。それも一体だけではなく、何体も。
だが……。
僕は書架の海の、ずっと奥の暗がりへ目をやった。
「今、ここにはいない。丁度先ほど、寝かしつけたばかりだからな」
□
『使い魔システム、初公開きた』
『外付け魔力タンクって言い方好き』
『待て待て待て、大事なことに気づいたぞ』
『つまり「本物の魔法使い」になるには、使い魔が要る』
『そして使い魔の卵を作れるのは、現状この人だけ』
『【結論】魔法使いへの道=司書さんに弟子入り、一本道』
『大図書館、実質世界唯一の魔法大学で草』
『各国の偉い人、今ごろ頭抱えてるぞ』
□
「あー……確かに」
流れるコメントを読んだココナは納得した様子で頷いた。。
「そうですよね。使い魔を作ることができるのが師匠だけなら、師匠の弟子にならないことには魔法を学ぶことなんて絶対にできませんよね……」
「そういうことになるか」
「これは、益々この図書館を目指す人が増えて──」
──バキッ。
膝の上で、音がした。
視線を下に向けると、卵の殻に皹が入っていた。
「──抱きなさい、ココナ」
「え、え!?」
「使い魔が孵る。親は君だ。君が一番最初に抱くことで、契約が成立する」
僕は罅割れた卵をココナに抱かせる。
すると、彼女はひ弱な赤子を抱き上げるように優しく、慎重に、胸に抱えた。
宙を浮いていたドローンが僅かに高度を下げる。
バキ、パキキ……パキッ。
乳白色の殻に、細い亀裂が走る。
金の筋がひときわ強く明滅して──やがて、穿たれた孔の奥底から白い湯気のようなものが、ふわりと立ちのぼる。
その中から現れたのは。
「…………めぇ」
もこもこだった。
雲の切れ端を丸めたような、真っ白なもこもこ。つぶらな黒い瞳が二つ。ぴこぴこ動く小さな耳。額には、豆粒ほどの角の芽がちょこんと二つ。
見ればわかる。
産まれたのは――子羊である。
「めぇ」
子羊は小さな声でもう一度鳴くと、自信を抱くココナの顔を一度見あげ、彼女の胸に顔を擦りつける。その様子は、親に甘える子供そのものだった。
「ふ、……ふ、ふわぁぁ……もこもこです……あったかいです……師匠、この子、あったかいですよ……か、可愛いぃぃぃぃぃ」
頬ずりするココナの腕の中で、子羊は目を細め、めぇめぇと甘えている。
なるほど、一目で主を分かったか。経路は正常に繋がって──
「……………………ん?」
待て、妙だな。
……羊?
「えぇ……」
声が、出た。
「……何それ知らん……怖……」
「はえ?」
どういうこと? とココナが視線を此方に向ける。
滝のように流れていたコメントも『何その反応?』とばかりに僕のことで一色になっている。
全員が全員困惑する。
そんな中、僕は告げた。
「僕は──竜を作ったんだ」
「りゅう、ですか?」
「そうだ。古代種の白竜。成体で全長四十メートル。S級ダンジョンの深部でも、君を背に乗せて安全に飛べるように。術式は完璧だった……はずなのだが」
僕は震える指で、もこもこを指した。
「何で、羊なんだ?」
「めぇ」
「んー……何が違ったのか。術式は完璧だったはず。素材はとびきりのものを用意したし、詠唱も一切省略しなかった。だとしたら……君か」
「わ、私ですか?」
「そうとしか考えられない」
「でも私、何もやっていませんよ?」
「だろうな。これは原因を調べる必要があるが……」
僕は興味深く、羊を注視した。
□
『「えぇ……なにそれ、怖ぁ……」wwwwww』
『二千年生きた賢者の語彙が現代っ子になる瞬間』
『司書さんネットミーム知らないはずだよな?』
『ドン引き羊』
『竜(設計図)→羊(完成品)は草』
『大失敗で草』
『失敗作(史上最高にかわいい)』
『まぁココナちゃんには竜より羊のほうが似合っていると思うけど』
□
子羊の頭を撫でながら、ココナは僕に尋ねた。
「この子、使い魔としての力は持っているんですか?」
「……調べる」
僕は気を取り直し、羊に鑑定の術式をかけた。
淡い光が、もこもこの輪郭をなぞっていく。
……ほう。
なるほどね。
「……魔力量、竜のままだ」
「え」
「見た目だけ羊で、中身は古代白竜級。経路の太さも申し分ない……つまりこれは、世界最強の羊だ」
「こ、この見た目で、世界最強?」
「見た目で強さを判断するものじゃない」
「めぇ」
□
『最強の羊wwww』
『わた雲(竜級リアクター搭載)』
『S級ダンジョン、羊に蹂躙される日が来るのか』
『弱いと思ったら最強とか激アツだろ』
『ジンギスカンにしたら美味そう』
『↑誰かこいつをジンギスカンにしろ』
□
「フフ、フフフ……世界最強の子羊……使い魔ちゃんかぁ……いい、凄くいいです! 何だか私にピッタリな使い魔ですよ! 名前は【モコ】にします!」
「安直だな。だがまぁ……本人が喜んでいるならいいか。ああ、そうだ。腹が減っているはずだ。ほら」
僕は懐から用意しておいた硝子の瓶を差し出した。
乳首の付いた、哺乳瓶というやつだ。中身は魔力を溶かした特製のミルクである。
「孵化直後はこれを飲ませる。抱いて、少し上向きに」
「は、はいっ……よーしよし、モコ、ミルクですよ〜……あっ、飲んだ! 見てください師匠、すごい勢いです! んふふ、おいしいね〜、モコ〜」
ココナは子羊を腕に抱き、慣れない手つきで、けれど大切そうに瓶を傾けている。子羊──いや、モコは前脚で瓶を抱え込み、一心不乱にミルクを飲んでいた。こく、こく、と小さな喉が鳴る。
……ふむ。
絵面としては、悪くない。
狙い通りの竜ではなかったが、能力自体は申し分ないのだ。
失敗とまでは言わなくていい。寧ろ、成功の部類だ。
そんな微笑ましい光景を見ながら、ふと、僕はスマホの画面を見やる。
すると――なぜか、様子がおかしかった。
□
『ママ』
『ママだ……』
『僕もミルクほしい』
『ママ』
『バブゥ』
『おいコメ欄、正気に戻れ』
『赤ちゃん返りするな、いい大人が』
『バブゥ』
『地獄か?』
『羊に嫉妬する日が来るとは』
『通報しました(全員分)』
□
「……ココナ。この『ばぶぅ』というのは?」
「え? あ、それは無視していいですよ。特に意味のない文字の羅列なので……っていうか、みんなふざけないでくださいよ! 私はママじゃありません!」
注意の方向がすっかり母だった。
コメントが『ママ……』で埋め尽くされる。
その後、僕が何気なく『僕からしたら全員赤子のようなものだ』と言ったら、今度は『パパ……』で埋め尽くされた。あまり良い心地はしなかった。




