第7話 スパチャとは?
ココナが正式に弟子となって、数日が経った。
修行の内容は単純だ。
朝は灯火の反復練習。昼は古代語の読み書き。夕方は配信。夜は超魔法初心者向けの指南書『はじめての魔法つかい』の音読。この繰り返しである。
まだ数日しか経っていないが、彼女の率直な評価を。
優秀だ。思った以上に、ココナは良い生徒だった。物覚え自体は普通だが、諦めを知らないところは高評価。魔法を教える教師にとって、それは一番ありがたい才能だった。
「集中力も申し分ないしな」
先日の試験で魅せた、驚異的な集中力。
見守っていた光景を脳裏に思い浮かべながら、僕は大きな布でくるんだ巨大卵を胸に抱き、思いだし笑いをした──と。
「うわああああ、やばいことになりましたああああ……!」
椅子に座り、静かにスマホを触っていたココナが静寂を破り、頭を抱えながら机に突っ伏した。
声色からは、焦りが感じられる。
「どうした。王の家畜を逃がした奴隷のような声を出して」
「どんな声ですか……全然違います。メールですよ、メール」
「? メールとは何だ?」
「あぁ、えっと……手紙のようなものです。紙を使わない手紙」
「それはもはや手紙と呼べる代物ではないと思うのだが……それで?」
「もうずっと、通知がなりっぱなしなんです」
上体を起こしたココナは深い溜め息を吐き、頬杖を突いた。
「『コラボ案件のご相談』が五千八百件、『スポンサー契約のご提案』が六百件、『企業タイアップのお願い』が千二百件……飲料メーカーさんに、家電メーカーさんに、旅行会社さんに……あっ、饅頭屋さんから『司書まんじゅう公式化のお願い』も来てます」
「待ちなさい。饅頭ってなんだ」
「ダンジョン入口の観光地で、師匠のお饅頭が売られてるみたいです。こしあんの」
「なんだそれは……」
「まぁ、それは別に良いとして」
勝手に良いと判断するなよ。
「これ、なんて返せばいいんですか……? 当然、全部お断りすることにはなりますけど……私、先週まで案件依頼みたいなメールを受け取ったことがなかったので、どう変身したら良いのか。未読のメールが山積み。これ全部に丁寧に返信してたら、修行なんてやってる場合じゃ……」
「自分の目的を見失ってはいけない。修行が最優先。それを忘れるなよ」
「勿論、それはわかっています。でも、放っておくわけにも──」
「思うのだが、ココナ」
「はい?」
困り果てるココナに、僕は自分の思いつきを話した。
「それこそ、配信で話せば良いのでは? これは一度で大勢に話すことができるのだろう?」
「……」
現代知識に乏しい僕の思いつき。
それを聞いたココナは数秒の間沈黙し……バンッ! と机を強く叩いて立ち上がった。
「ナイスアイデアです師匠ッ! その案、採用です!」
◇
【登録者一千万人ありがとう! 感謝の雑談配信】
ココナがすぐに始めた配信に、僕は映らないことにした。
主役は彼女だ。それに今日は卵を温める仕事がある。
僕は配信の輪から少し離れた自分の椅子に座り、本を開き、腕の中の卵に魔力を注ぎながら、横目で様子を眺めていた。
「皆さん、こんにちは! ココナです! なんとなんと、登録者一千万人! 全部みなさんのおかげです! 本当に本当にありがとうございます! 今日はお礼配信です!」
彼女のスマホ画面には、いつも通り大量のコメントが流れ始める。
今日も多くの人が来ているらしい……と思っていたら、流れる文字の中に、色のついた枠が混ざり始めた。
枠には言葉と一緒に、数字が付いている。
□
『¥1000 一千万人おめでとう!』
『¥5000 800人時代から見てた古参より。誇らしいよ』
『¥10000 灯火の夜、一生忘れません』
□
「スパチャがこんなに……あ、ありがとうございます! えっと、読み上げますね……」
「なぁ、ココナ……あ、すまん」
色のついたコメントの意味が気になった僕は、配信中であることを忘れてココナに声をかけてしまった。
しまった、邪魔をしてしまった。
と思ったのだけれど、彼女は此方に顔を向け『何でしょうか、師匠!』と笑顔を向けてくれる。
悪いことをしてしまった。
謝りつつ、ならば、と僕は尋ねた。
「この色のついたコメントは何だ?」
「それはスーパーチャットです! 視聴者さんが、応援の気持ちと一緒にお金を送ってくれる仕組みで……」
「金を? 見ず知らずの相手に、金を投げているのか」
「そ、そうなりますね」
「……」
僕は指先で眉間を揉んだ。
いけない。それは駄目だ。赤の他人に生活の糧である金銭を無償で提供するなど、愚者のやることだ。
ここは一つ大人として、子供たちに説かなくては。
僕は席を離れることなく、言った。
「──画面の向こうの諸君。金は大切にしなさい」
遠目に見えるスマホが、ピタリと緩んだ。
「かつて、こういう連中がいた。『布施を積めば積むほど救われる』と説き、民から銭を吸い上げる神殿だ。いいか、よく覚えておきなさい──布施をしなければ救ってくれない神は、すべて邪神だ」
「いや、あの、これは布施とか寄付とはではなくてですね……」
「同じだろう。何の見返りもないのに金を投げる行為なのだから。すぐに止めなさい。自分で稼いだ金は、自分や家族のために使うべきだ」
説教はこれで終了。
伝えるべきことは伝えた。これだけ言えば、彼らもわかってくれるはず。
満足した僕は再び読書に戻った──が。
言うべきことは言った。僕は満足して、本と卵に戻った。
「あー……ヤバいことに」
「ん?」
ヤバイ? 何がだ?
再び顔を上げると──コメント欄は、虹色になっていた。
□
『¥10000 邪神じゃない本物がここにいた』
『¥5000 「やめておきなさい」に痺れたので投げます』
『¥10000 金を大切にした結果、大切なあなたに投げています』
『¥50000 二千年前の神殿には投げなかった分です』
『¥1000 止めるな、これは俺の意思だ』
『¥3000 これは俺の意思じゃない』
『¥10000 言われると投げたくなるのが人の性』
『¥5000 はい、もう投げません』
『¥6000 世界遺産級の顔面に乾杯』
『¥50000 パパ、ミルク代よ』
『¥7000 いいから黙って受け取れよ!』
『¥9000 今日始球式だからスパチャ投げて肩作るわ』
『¥2000 投げるなは投げろの裏返しって織田信長が言ってた気がする』
『¥4000 主は言った。投げれる時に投げろ、と』
□
「────は?」
僕は思わず、卵を抱く腕に力を込めた。
「増えて……いる? やめろと、言ったんだが? ココナ、僕の言葉は届いていなかったのか。なんでこんなことになっているんだ」
「と、届いてます。届いた上で、これです」
「……なんでだ?」
「あー……えっとですね」
ココナは画面と僕を見比べて、なんとも言えない顔で苦笑いした。
「……そういう、文化なんです」
「どんな文化だ」
「『推しが欲しがらないから貢ぎたくなる』っていう、そういう……現代の、文化なんです……」
「推しってなんだ?」
「えっと……うわあ、これもまた説明が難しいことを……」
□
『¥5000 文化で片づけられて困惑してるの草』
『¥9000 「布施をしなければ救ってくれない神は全て邪神だ」→スパチャ史上最高記録更新、の流れ何回見ても笑う。即落ち2コマじゃん』
『¥1000 欲のない人に集まるんだよ、金も人も』
『¥2000 説法でバズるな』
『¥10000 もう神殿建てようぜ』
『¥4000 ↑邪神になるからやめろ』
『¥3000 邪神でもいい……』
□
「よ、読み上げが追い付かない…… あっ、でも、コメントの流れが変わってきました。えっと……『それより』……『さっきから気になってた』……『後ろの司書さん』……」
ん?
□
『¥8000 後ろの司書さん、さっきから何抱えてるの?』
『¥2000 それな。デカい卵に見えるんだが』
『¥8000 ずっと大事そうに抱いてて気になって配信に集中できない』
『¥10000 まさか今夜の夕飯?』
『¥7000 デカすぎだろ、何人前だよ』
□
「うん。そうですね。実は私もずっと気になっていたんです……あと、皆さん一旦スパチャを止めて──あぁ、もう制御できないですねこれ」
諦めたココナは此方に剥いた。
「師匠。それ、結局何の卵なんですか? あまりにも異質過ぎて、聞いていいのかわからなかったんですけど……夕飯ですか?」
「なわけあるか」
僕は卵を布ごと持ち上げ、彼女によく見えるように掲げた。
乳白色の殻の中で、とくん、と小さな鼓動が脈打つ。注ぎ込んだ魔力に応えて、金の筋が淡く明滅した。
「少し早いが、説明してやろう。これは君の卵だ」
「……は?」
□
『¥8000 ハァ!?』
『¥10000 出産祝い』
『¥50000 出産祝い』
『¥8000 出産祝い』
『¥20000 出産祝い』
『¥5000 出産祝い』
□
「ちょ、誤解を招くようなことを言わないでください! わ、私はそんな卵産んでませんから!」
「? 当たり前だろう。これを作ったのは僕だぞ」
「………えぁ?」
目を点にし、素っ頓狂な声を零したココナ。
更にコメントが加速する。
□
『¥2000 ハァッ!?』
『¥7000 まさかのママだった?』
『¥50000 バブゥ』
『¥4000 バブゥ』
『¥8000 バブゥ』
『¥9000 バブゥ』
□
「し、師匠! ちゃんと説明してください! コメント欄が高額スパチャ投げてくる大きな赤ちゃんで埋め尽くされてます!」
「あ、あぁ。わかったよ……これはだな」
大きな赤ちゃんってなんだ。
首を傾げつつ、僕は卵について語った。
「これは──君の使い魔の卵だ」




