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第5話 ダンジョン図書館ツアー配信

 翌日。

 疑似太陽が東から顔を覗かせた早朝。


「あの、ラグロさん。この、羊皮紙の束はなんですか?」


 客室から出てきたココナは机に積まれた紙束を見るや否や、まさか、と言わんばかりの目を此方に向けてきた。

 その様子から察するに、既に予想はできているらしい。

 君の想像通りだよ、と、僕は紙束を彼女に手渡した。


「案内の行程表だな。第一案から第四案まで作った。所要時間と見どころを添えてある」


「いや気合入りすぎですよ。どれだけ図書館の案内したいんですか……っていうかこれ、いつ作ったんですか? まさか寝ないで作ったんですか?」


「安心しなさい。悠久の時を生きる僕は不眠不休でも百日は動けるから」


「そんな自慢気に言われても困るんですけど……とにかく今は眠ってください!」


「いやしかし、世界中の子供たちが楽しみにして──」


「起きたら! 起きたらすぐに配信しますから!」


 別にすぐにツアーを始めても良かったのだが、配信には最適の時間があるとか何とか言われてしまい、結局、僕は昼過ぎまで眠ることになった。


       ◇


【ダンジョンの大図書館、丸ごと案内してもらった】


 配信開始と同時に、スマホの上の数字が跳ね上がった。

 開始一分で五十万を超えたと、ココナが上ずった声で報告してくる。


「いや、本当に凄い数字……同接って、どれだけ人気の人でも平均十万人なんですけど……あぁ、もう、感覚がバグってきた」


「多いと良くないことでもあるのか?」


「いえ、そういう意味じゃなくて……んん! き、気を取り直して、早速ダンジョン図書館を始めていきましょう!!」


 僕はココナが話しかける鉄の箱──ドローンというらしい──を見つめた。

 あれの側面にあるレンズを通して、世界中の子供たちがここを見ているらしい。人類──いや、科学技術の発展というものは、本当にすさまじいものだな。


 僕はひらひらと片手を振って軽い挨拶をし、図書館の説明を開始した。


「第一区画。この迷宮の玄関にあたる場所だ」


「玄関というと、ここから様々な部屋に繋がっている、ということですか?」


「そういうことになる」


 僕は正面の書架の谷を、掌で示した。

 天井まで届く書架が左右にどこまでも──本当に、どこまでも続いている。奥は霞んで、地平線のように溶けて見えない。


「えっと……ラグロさん。果てが見えないんですけど、ここってどれくらい広いんですか?」


「正確な距離は知らない。ただ、向こうまで歩こうとすると、七日はかかる」


「な、七日……ッ!? え、ここ、数ある区画の中の一つですよねッ!?」


「そうだ。だから普段は歩かない。時間も体力も足りなくなるからな……【渡り廊下(エレンダル)】──」


 足元に光の輪が広がり、次の瞬間、僕たちは書架の谷の遥か先に立っていた。

 景色だけが一瞬で入れ替わる。


「ひゃっ!? 今、瞬間移動しましたよね!?」


「図書館内の移動術式だ。ないと不便だろう。寿命がある君たちでは、歩くだけで死んでしまうぞ」


「ぶ、物理法則とかそういったものはフル無視ですか……」


 ◇


『開幕から転移魔法ww』

『廊下の長さも移動手段もおかしい』

『そんな長い廊下を作るな』

『っていうかどんだけ広いの?』

『地平線まで本て』

『ちな蔵書数どれくらいなんだろ』


 ◇


「あ、ナイスなコメント来てます。蔵書って全部で何冊あるんですか?」


「分からない」


「え、司書なのに?」


「司書だからといって、正確に何冊あるかを把握しているわけじゃない。昔一度、数えたことはあるんだが……三千万冊あたりで、数える時間がもったいなくなってやめた」


「……それって全体のどれくらいなんですか?」


「三割もないんじゃないか?」


「桁違い過ぎて言葉が出てこないです」


 ◇


『三千万で三割は草』

『しかも全部が一冊で桁違いの価値がある本でしょ?』

『人類の知の総量、地下にあった』

『逆によくこれまで見つからなかったな』

『悲報・これまでのダンジョン探索者怠慢だった説』

『いやこの場合は秘宝ですわ』


 ◇


「つ、次に行きましょう……えっと、行程表によると次は……『呼応書架』?」


「ああ。ここの本の探し方だ。見ているといい」


 僕は書架の谷に向かって、軽く手を挙げた。


「『第七紀元における雷霆理論の再構築』」


 呼んだ。

 ──直後、遥か彼方の書架から一冊が飛び立ち、谷の間を鳥のように滑空して僕の掌にすとんと収まった。


「うわ、凄い。鳥みたいに飛んできた」


「題名で呼べば来る。これだけの数から探して歩くのは、現実的じゃないからな。題名が分からない時は、内容を言えば該当する本が飛んでくる」


「じゃ、じゃあ私もやっていいですか? えーっと……『面白い本』!」


 あ、マズイ。

 その呼び方は……。

 

 と、僕が危機を感じた直後──ゴゥ、と風が鳴った。

 書架の谷という谷から、数百冊が一斉に飛び立ち、黒山の群れとなってこちらへ殺到してくる。


「え。え? ちょ、多い多い多い! 待ってください! そんなに読めな────」


「はいはい、皆ストップ」


 ココナへと殺到した大量の書物。

 両手を前に突き出し静止を促すココナに笑い、僕は指を鳴らして本の群れを空中で静止させた。

 ココナの鼻先三センチのところで、分厚い辞典が止まっている。

 その他にもパピルスや巻物など、多種多様な書物が満載だ。


 ひえぇ……と戦慄するココナの頭に軽い手刀を落とす。


「……注文は、具体的に。『面白い本』では、自薦の激しい連中が全員来る」


「自己主張激し過ぎませんか……?」


「書物には著者の魂がこもっているからな。うちの本は、我が強い」


 ◇


『「面白い本」で数百冊殺到は草』

『本たちのやる気ww 全員一軍のつもり』

『鼻先3センチで止める制御力よ』

『我が強い蔵書、うちの会社より風通しいいな』


 ◇


「し、死ぬかと思いました……次! 次に行きます! えっと、『季節の間』……?」


「ああ、そこは僕も気に入っている──こっちだ」


 転移の輪をくぐった先で、ココナが息を呑んだ。


 春だ。

 書架の合間に桜並木が続き、あたたかな風が花びらを散らしている。天井には、うららかな青空。読書用の長椅子が、木漏れ日の下に並んでいた。


「さ、桜……!? 地下、ですよね、ここ……?」


「区画ごとに気候を変えてある。紙もインクも、種類によって最適な温度と湿度が違うんだ。ここは春の書庫。隣は雪の書庫で、氷紙の写本を収めている。秋の書庫は……まあ、あそこは完全に読書用だな。落ち葉の音がいい」


「機能の説明はわかりました。わかりましたけど、桜は? 保存に桜は要らなくないですか?」


「……ああ。桜は」


 僕は、花びらをひとつ、指先で受け止めた。


「これを設計した友人の、故郷の花だ。『どうせ地の底に籠るなら、春くらい持って行け』と言って、聞かなかった」


「……感動的ですね」


「そうだな。おかげで二千年、僕は春を切らしていない。あいつの我儘には、感謝している」


 ◇


『……いい話すぎる』

『友人さん、最高のエンジニアじゃん』

『地下に春を持っていく発想、天才すぎる』

『泣くって。昼間から泣くって……酒飲も』

『二千年間ずっと春が咲いてるの、ずるいよ』


 ◇


「はいはい、当配信ではしんみり禁止で~す。さぁ、次で最後です! えっと……『修復室』というのは?」


 最後の部屋。

 そこには浅い光の水盆がいくつも並び、傷んだ本が一冊ずつ、静かに浮かんでいた。ほどけた綴じ糸が編み直され、掠れた文字がゆっくりと濃さを取り戻していく。


「ここは治療院みたいなものだ。傷んだ本を浸けておくと、少しずつ治る。重症のものは僕が手ずから直すが……軽度の傷であれば、ここに持ってくる」


「……綺麗。眠ってるみたいですね、本が」


「ああ。ここでは静かに……ほら、あの子は先週から入院している。もうすぐ退院だ」


「本に入院って言うの、好きです」


 ◇


『本の病院……』

『一冊ずつ浮かんでるの、NICUみたいで尊い』

『この人、本の話するとき声が優しいんだよな』

『司書という名の主治医』

『私にも優しくヨシヨシしてほしい』


 ◇


「──と、いうわけで! 大図書館ツアー、以上になります! いやー、ラグロさん、今日も凄まじかったですね! 転移に飛ぶ本に、地下の春に……全部、魔法なんですもんね」


「そこまで驚かれるようなものでもないけどな」


「またそうやって謙遜を──」


「謙遜じゃない。実際、単純な術式だ」


 僕は歩きながら、何の気なしに続けた。


「練習すれば、君も使えるようになる」


「…………」


 隣から、足音が消えた。

 振り返ると、ココナが通路の真ん中で、石像のように固まっていた。


「……ココナ?」


「…………今。今、なんて言いました?」


「ん? 君も使える、と言った。灯火より少し先の段階だが、術式の構造自体は単純だし、現代人であっても──」


「私も、本を、飛ばせる……? 瞬間移動、できる……? 魔法が、使える……!? そ、素質があるということですか!?」


「素質の問題じゃない。魔法は技術だ。手順を覚えれば、誰でも」


「だ、誰でもって……それじゃあ……」


 ココナの手の中で、スマホが、これまで聞いたことのない音量で鳴き始めた。


 ◇


『は????』

『今、なんつった』

『「君も使えるが」って言った。確実に言った』

『誰でも!? 魔法って誰でも使えるの!?』

『俺も? 俺もいけるの!?』

『待て待て待て、世界がひっくり返るぞ』

『スキル至上主義、終了のお知らせ』

『【緊急】司書さん、魔法教室開いてください【切実】』

『同接100万突破!! 過去最高‼』


 ◇


「え、あの、コメントが、洪水みたいに……! あの、これ、大変なことに……!」


 騒がしい板と、固まったままのココナ。

 交互に見やり、僕は首を傾げた。


「……そんなに、驚くことか?」

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