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第4話 リクエスト配信

「──ということで始まりました、リクエスト企画! 『二千年ぶりの魔法使いが、視聴者さんのお願いに応えてみた』!」


 昼下がりの大図書館に、ココナの声が響く。

 彼女の隣に座り、僕は紅茶を片手に本を読んでいる。

 教えてもらった礼だ。多少の魔法くらいは、見せてもいいだろう。


「ルールは簡単! コメント欄のリクエストに、ラグロさんが応えられる範囲で応えます! それではラグロさん、意気込みをどうぞ!」


「長く付き合うつもりはない。適当に終わらせよう」


「もうちょっとだけやる気出してもらえると嬉しいです」


「勘弁してくれ。もう若くないんだ」


「その外見で若くないって言われても説得力ないですよ」


 実年齢は三千歳を超えているんだが。


 □


『初手からブレなくて草』

『読書の片手間に配信するな』

『逆年齢詐欺だろ』

『いいから始めてくれ、楽しみで100時間しか寝てない』

『寝すぎどころじゃないだろ。もはや病気だ』


 □


「では最初のリクエスト! 事前のアンケートで一番多かったやつです……『火、出せますか?』」


「火か」


 定番だな。魔法といえば火。それは二千年前から変わらないらしい。


 カップを机上に置き、僕は空いた片手を軽く上に向けた。


「【焔よ翼となれ(バルバジュラ)】」


 指先に灯った小さな火が膨れ上がり、昇り立つ。

 左右に揺らめくそれは次第に膨らみ、形を変え──次の瞬間、天井を埋め尽くす緋色の大鳥になった。翼長はゆうに三十メートル。羽の一枚一枚が炎で編まれ、書架の谷の上をゆったりと旋回する。


 炎の怪鳥。

 舞い散る火の粉を両手で払い、ココナが驚き上体を後ろに逸らした。 


「ひゃああ!? お、大きっ……あれ? でも、全然熱くない……?」


「温度は消してある。ここは図書館だぞ。熱のある火なんて、出せるわけがないだろう」


「火から熱を消す方が難しいと思うんですけど」


 □


『でっっっか』

『天井が火の鳥で埋まってるんだが』

『「熱のある火なんて出せるわけがない」←哲学』

『安全基準が図書館準拠の最強』

『きれい……普通に泣きそう』


 □


「あぁ、これ実況も難しい……次のリクエストです! 『浮けますか?』」


「浮く? ああ、浮くが」


 言いながら、僕は椅子ごと、すう、と一メートルほど浮き上がった。

 紅茶は一滴も揺れない。ついでに本を開く。


「……このまま次の質問をどうぞ」


「えぇ……そんな当たり前のように……浮くのが日常動作なんですか?」


「高い所は、光の入りがよくてな。読書が捗る」


「どこまでも本のためなんですねぇ……」


 □


『椅子ごと浮くな』

『紅茶の水面が揺れてないの地味にやばい』

『飛行機に魔法かけたらエネルギー問題解決やん』

『天井と地上で光の入り方変わるものか?』

『そもそも迷宮に太陽があるのなんなの?』


 □


「じゃ、じゃあ次! 『水系の魔法も見たいです』とのことです」


「水か。ちょうどいい、最近この区画は乾燥していてな」


 僕は指先で宙に小さな円を描いた。


「【海球よ、集え(ボロフス)】」


 円の中から、水が溢れ──溢れた水は床に落ちる寸前でとどまり、ゆらゆらと形を変えて、宙に浮かぶ小さな海になった。差し渡し五メートルほどの、透きとおった水の球。中では水で編んだ魚の群れが、きらきらと泳ぎ回っている。


「……魚……図書館の真ん中に、海が……」


「加湿も兼ねている。本にちょうどいい湿度に調整してある」


「ど、どこまでも図書館第一なんですね……」


 □


『水族館じゃん』

『加湿器(天変地異)』

『魚まで作るのは完全に趣味だろww』

『わかる、二千年あったら凝りたくなる。俺のばあちゃんも言ってた』

『お前のばあちゃんバケモノだろ』

『入場料払わせてくれ』


 □


 文字の流れが、どんどん速くなっていく。

 ココナいわく、同時接続とやらは既に昨日を超えたらしい。


「この水族館というのは一体なんだ?」


「えーっと、海や川の生き物を一般の人に見せる施設……ですね。水槽っていうガラスの箱に入れて、展示しているんです」


「水棲生物を箱に監禁し、見世物にしているのか……悪趣味だな」


「言い方が悪い……研究とか保護とかの目的もありますから」


 正当化するための言い訳にしか聞こえないな………生き物は自然の中で生きるのが一番だろう。自由がないのは、ストレスが溜まりそうだ。


「もう、次行きますね……あ、これは流石に……」 


「読んでくれ」


「えっと……『じゃあ絶対無理なやついきます。ここ、地下深くの最深部ですよね。──星空、見せてください』」


 なるほど、良いリクエストだ。

 確かにここは地の底だ。本来であれば、暗闇に包まれているはず。

 しかし、この図書館は違う。天井の頂には魔法で作り出した太陽が存在し、空間内を明るく照らしている。

 ならば、星空も創り出せるのではないか? そう思ったわけだ。

 素晴らしい観察眼と発想だ。


「……なめてもらっては困るな」


 この世の魔法を極めた僕にとって、星空を作ることなど造作もない。

 立ち上がり、片手を頭上に掲げ──告げる。


「【星読みの天蓋(アルバラウム)】」


 瞬間、大図書館の天井が──夜になった。

 墨を流したような濃紺の空。無数の星々が瞬き、天の川が書架の谷の真上を、白く横切っていく。ランプの灯がひとりでに絞られ、図書館全体が、星明かりの底に沈んだ。


「わ……」


 ココナが、言葉をなくして空を見上げる。


「これは幻影じゃない。地表の観測記録を、術式で正確に再現したものだ。今この瞬間、地上の空に輝いている星と、寸分違わない」


「きれい……きれいです……ダンジョンの底で、星が見られるなんて……」


 □


『……すげえ』

『コメント打つの忘れて見てた』

『天の川ってこんなはっきり見えるんだ』

『都会じゃ絶対見れないやつ』

『泣いてるの俺だけじゃないよな?』


 □


 僕は空を見上げたまま、星をひとつずつ辿った。

 ……ん?


「どうしました?」


「いや、二千年前にはあったはずの星が一つ、消えている。そこまで明るい星ではなかったから、星空事態に対した違いはないが……」


「それって、どの辺りにあった星ですか?」


「南南西にあった星で、昔、友人たちとふざけてつけた星座を模っていたんだが……まぁ、二千年だ。星の一つや二つ、消えることもあるだろう」


 沈黙が、ひとつ落ちた。

 まずいな。ただ普通に思い出に浸っただけで、別にしんみりさせるつもりはなかったんだが……。


「……よし、では最後に、星を少し戻すか」


「へ?」


 僕は指を、くい、と曲げた。

 直後、天蓋の星々がゆっくりと流れ、軌道を巻き戻り──二千年前の夜空が、天井に広がった。


「ほら。あれだ。あの、杯を傾けた形の七つ星。【二日酔いの元凶座】という」


「へ、変な名前ですね……」


「言っただろう? 悪ふざけだと。命名したやつは大真面目だったが」


 □


『星空を「少し戻す」www』

『昨日も思ったけど時間に干渉するってヤバいからな?』

『二日酔いの元凶座で泣き笑いしてる』

『二千年前の友達の悪ふざけが、今夜世界中に配信されてるのエモすぎる』

『その友達、天国で腹抱えて笑ってるよ』


 □


「……そうだと、いいな」


 僕は最後のコメントに、小さく笑って答えた。


 二千年前の悪ふざけを、二千年後の八十万人が笑っている。

 悪くない夜だ。あいつが聞いたら、見物料を寄越せと言い出すだろうが。


「さーて! 名残惜しいですが、そろそろお時間です!! 最後に定番のやつ、聞いておきましょうか。コメントでもちょいちょい来てました、『隕石って落とせますか?』」


「落とせるが、落とさない」


「理由を聞いても?」


「本が消えてしまうだろう」


「どこまでも図書館ですねッ!」


 □


『できる前提なの怖すぎる』

『抑止力:本』

『世界平和、司書さんの本好きに守られる』

『この人だけで世界征服できるんじゃねーか?』

『隕石連発で終わりやで』


 □


「それでは、本日はここまで! ご視聴ありがとうございました! チャンネル登録と高評価、よろしくお願いします!」


 ココナが配信を締める。

 天蓋の星空を、僕はゆっくりと解いていった。淡い光を放つ星は集い、元の疑似太陽を形成。柔らかな光で、図書館を明るく照らす。


「ふー……お疲れ様でした、ラグロさんっ! 今日も最っ高でした! 登録者、五百万人いきましたよ、五百万!」


「五百万……ローマの人口の五倍くらいあるな」


「例えの桁がいちいち歴史なんですよ」


 彼女はスマホを操作しながら、ふと手を止めた。


「あ。見てください、終わったのにコメントがまだ流れてます……『図書館の中、もっと見たい』『他の区画も気になる』『ツアーやって』……わ、すごい数」


「ツアー?」


「館内を案内する企画です! ……どうでしょう? ここって、その、見せちゃまずい場所とかも──」


「構わない」


 僕は答えた。少し、早口になったかもしれない。


「ここの設備は、友人たちが遺した傑作揃いだ。案内のしがいがある……ふむ、どこから見せるか。第七区画の飛翔書架か、いや、精霊の間から順に──」


「楽しそうですね、ラグロさん」


「自分の自慢を見せびらかす時は、いつだって心躍るものだろう」


「ふふっ。じゃあ決まりですね! 明日は【大図書館、丸ごと案内してもらった】!」


 ココナが元気よく宣言し、機材を抱えて客間へ駆けていく。

 僕は紅茶を淹れ直し、読みかけの本に視線を落とした。


 ……開いたが、視線は文字の上を滑っていく。

 頭の中で、明日の案内順ばかり組み上がっていくのだ。


 困ったものだ。

 二千年守ってきた場所を誰かに見せたい夜が来るなんて、昨日までは、思いもしなかった。

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