第24話 継ぎ接ぎの女の子
赤い鳩に導かれて到着した場所は──薄暗い路地の中。
表通りとは異なり人の気配がなく、何処となくひんやりと冷えているような気もする。
夜になれば完全な暗闇に包まれることが容易に想像できる空間の最奥。
『アンゲルス』と書かれた看板が光るバー。地下に続く階段の前、鳩はようやく地上に降り立った。
どうやら、ここが目的地らしい。
階段の手前で足を止めた僕は下を覗き込み、溜め息を零した。
嫌な作りだ。
窓のない地下空間。何かあっても逃亡することのできない袋小路。
そういう場所へ、わざわざ案内された。悪い目的があるようにしか思えない。
「十中八九、戦いは起きるだろうね」
「となると、少々面倒な場所ですね。私の武器は大きいですから、こういう狭いところでは不利になります」
「わ、私も、灯火しか使えないので……全部燃やしちゃいそうで」
「二人は自分を護ることだけを考えなさい。いざとなったら、僕が何とかするから」
よし……行こうか。
臨戦態勢を整え、全身に魔力を巡らせ、いつでも魔法を行使できるようにして、階段を一段下る。空間に反響する足音。果たして、この後はどんな展開が待ち受けているのか。
と、僕が眼前の扉を見つめながら、数段を下った──時。
「うぼろごがァァ──ッ!!」
勢いよく扉が開け放たれ、店内から一人の男が吹っ飛んできた。
バチバチ、と全身に微弱な雷を纏い、口から湯気を立ち昇らせ、白目をむいて気絶している。一応死んではいないが、暫くは動くことができないだろう。
目を丸くし、驚く背後の弟子たち。
彼女たちとは異なり、僕は思わず苦笑してしまった。
この電気。この魔力。
間違いない。全く、一体いつの間にここまで出力を上げることができるようになったのやら。
「な、なんですかこれ!? なんで、感電した人が飛んで……中で一体何が起こっているんですか!?」
「まさか……魔法使いが?」
警戒を露わにする二人。
彼女たちに片手をあげ、僕は言った。
「魔法使いは確かにいるよ。でも、敵じゃない」
「「?」」
「まぁ、安心してついてきなさい」
安心材料が増えた。
先ほどおりも早く階段を下り、開け放たれた扉を潜って中に入る。
よくあるバー──いや、パブのような内装だった。
カウンターと、四つほどのテーブル席。
硝子瓶の並んだ棚。天井は低く、室内には煙草と酒の香りが充満している。
「電話に出なかったのは、ここにいたからか」
呆れの言葉を吐きつつ、僕は床に転がっている帯電した男どもを踏み越え、カウンターの一番奥の席に歩み寄り──そこに座っていた小柄な少女に声をかけた。
「僕が知らない間に、随分と強くなったみたいだね……ミル」
「……司書様」
口元で琥珀色の液体が入った硝子杯──グラスを傾けていたミルは、外見年齢の十七、十八の少女には似つかわしくないハードボイルドな雰囲気を漂わせながら、此方に顔を向けた。
「今の私は──多分、神も殺れます」
「この短時間で何があったら神殺し宣言をするようになるんだよ」
「心に引っかかっていたものを全て倒してきました」
机上に座っていたペガサス──小型化──の頭を撫で、ミルは足を組む。
「アパートを解約。少なかった荷物は図書館に転送。ウイスキーをラッパ飲みしながら会社に退職届を出しに行って、最初は私だとわからなかったみたいですけど、怒鳴りつけてきた社長の顔面に電気バリバリビックサンダーパンチを炸裂してきたのです……今の私に怖いものは何もない」
「……良かったな」
どうやら、ハイになっているらしい。
それくらいしか、僕にはかける言葉が見つからなかった。
この子、こんなにワイルドだったっけ? 僕にヨシヨシされながら全力で甘えていた姿からは想像もできない。
「み、ミルさん、こんなに強かったんですか? いつの間に、こんな魔法を……」
「書物の修復作業の中に、電気を操って修復の補助をする工程があってね。コッソリ出力を上げる練習していたら、できるようになったんだよ。人を気絶させる程度の威力しかないけど」
「十分強いでしょう。屈強な男たちがこの有様なのですから」
「え、嬉しい。世界最強のお墨付きなんて」
「というかなんでお酒飲んでるんですか?」
「この素晴らしい世界に祝杯をあげたかったの。ほら、今日は素晴らしい天気だから」
「い、いつものミルさんじゃない……」
「ココナちゃん。この世界は暴力が全てなんだよ。拳を固めて世界平和を願おう」
「うわあああん! いつものミルさんに戻ってください!」
恍惚とした表情で天井を見上げるミルに、ココナはドン引きする。
ああいう大人にはなりたくないと考えているのがよくわかる。安心しなさい。世の中の厳しさを知ったら、君もあんな風になるから。
飲んだくれ、酔いつぶれながら世の中の不平不満を零してるココナを想像しながら、僕は此方に飛んできたペガサスを抱き留めて尋ねた。
「ミルはどうしてここにいるんだ?」
「え? あぁ、飛んできた赤い鳩に連れてこられたんです」
「? 君もか」
「もしかして、司書様たちも?」
「あぁ……だが、誰の招待なのかが全く──」
と、その時――かたん。
店の奥。カウンターの向こうの暗がりで。
何かが動いた。
僕は反射的に二人を背に庇う──すると。
「招待したのは──私ですよ」
暗がりの中に浮かんだ輪郭。
天井のライトに当てられて露わになった姿は──少女だった。
ココナと同等の背丈。
歳の頃は十代半ば。中性的な顔立ちをしており、神は赤と青が入り混じる派手な色。
大人の憩いの場である酒場には似合わない容姿。
だが、僕たちが最も注目したのは──肌だった。
「ひ……っ」
ココナが息を呑み、僕の服を掴む。
縫い目だ。顔だけではない。首も、手も、覗いている足首も。肌の色が、質感が、場所ごとに違う。そしてその継ぎ目には――グロテスクな縫い目があった。
太い糸で、丁寧に縫い合わされている。
人形の修理跡のように。あるいは――致命傷を負った本のように。
「人……だよな?」
猛烈に知的好奇心を刺激される容姿。
昂る好奇心を必死に抑えつつ、僕は彼女に尋ねる。
と、少女は棚の酒瓶を一つ手に取り、コルクを開けてラッパ飲みをし、言った。
「ぷはっ……貴方の認識に任せます」
「? どういうことだ?」
「主観が全てということです。貴方が私を人間だと思うのならば人間だし、人間以外であると思えばその通り。私は自らの在り方を他者に委ねる存在ですから」
「……奇妙な子だな」
「よく言われます……ラグロ=バティーシャ様ですね」
話を進めるらしい。
僕は頷いた。
「そうだ」
「大図書館の司書。迷宮の大賢者」
「……如何にも」
「我が主様より、伝言を預かっております」
ペコリ。
丁寧に一礼した少女は顔を上げ、カタッ、と首を傾け、告げた。
僕の逆鱗を逆撫でにする、ふざけた伝言を。
「ダンジョンの図書館に保管している全ての書物を──焼き払ってください」
「……あ?」




