第20話 変身薬の調合
「――無理です」
数十分後。
最低限必要になる荷物を纏めていた僕から少し離れた場所で、ココナが絶望の声を上げた。
「どうしたんだ、ココナ」
「見てください、これ」
「「「??」」」
差し出された画面を、僕たち三人は覗き込む。
映し出されていたのはまとめサイトだ。何十、いや何百とあるそれらは全て僕たち──この迷宮の大図書館についてのもの。
サイトの注目度はどれも高いらしく、アクセス数は全て数万以上。
中には百万回近くを記録しているものまであった。
「うわぁ……これは、隠れてコソコソいかないと駄目ですね。このまま行ったら、街中で取り囲まれるどころの話ではないです。最悪、ロクに移動もできずに図書館へトンボ帰りすることになりますよ」
「そうでしょう。今の私ですら、街中は出歩けませんから。どうしても出歩く場合は変装が必須になります」
「で、そんなアルテミアさんよりも注目を集める存在である師匠は……」
「大騒ぎどころの話ではないです。最悪の場合、警察やらが出動する事態になります」
「それは大変だな」
「他人事のように言わないでくださいよ、師匠……」
ガックリと肩を落とすココナ。
事情はわかった。つまるところ、このままでは地上を出歩くことが出来ないと言いたいのだろう。配信で注目を集めているため、否応なしに視線を集めてしまうと。
だが、これはそこまでの問題ではない。
ついさっき、アルテミアが答えを言っていたのだから。
「なら、姿を変えればいいだろう」
「いやいや、師匠は顔面レベルが天元突破しているので、どれだけ変装していたとしてもバレます」
「僕の顔面に奇天烈な評価を下さないでくれ。そうじゃない。服装の話ではなく──」
僕は自分の胸に手を当て、告げた。
「――顔面と身体、双方を変えてしまえばいい」
◇
更に数十分後。
「師匠。一体、何を作るおつもりなんですか?」
「アルゴルポーションだ」
調合鍋、ビーカー、乳鉢、蒸留器などを用意し机上に並べる僕に問うたココナ。
疑問の視線をこちらに向ける二人にも聞こえるように答えるが、彼女たちは一様に首を傾げて頭上に『?』マークを浮かべるだけ。
まぁ、そりゃあそうか。
魔法の知識が何もないのだから、言ったところでわかるわけがない。
説明するなら、彼女たちが理解できるようにしないと。
「わかりやすく言うと、変身薬だ」
「「「変身薬??」」」
「服用すると、髪、瞳、背丈、声、骨格の輪郭までが変わる。従来品なら持続時間は十二時間だが……僕が調合するものは二十四時間の持続力がある。副作用はない。薬学系に特化した魔法使いなら誰もが作れた薬だ」
「なるほど。確かに、それを使えば誰にも気がつかれることなく通りを歩けますね。身バレの心配もない」
「そういうことだ……ただし、材料が結構なレアものが必要でね」
僕は机上に並べた素材たちを指さす。
「マンドラゴラの若葉。黄金林檎の果肉。帝銀水晶の粉末。ワームの脳髄。そして――飛竜の血。これらを適切な時間と温度、量で調合しなくてはならない。劣悪品は適当に放り込めばできるが、高品質のものは集中して作らなくてはならない」
「えっと、となると私たちは邪魔ですかね? 司書様一人にしたほうが?」
「いや、構わないよ。慣れているからね」
道具も材料も揃えた。
早速、調合に入るとしよう。
薬草を刻み、水晶を挽き、林檎を煮溶かし、順序を守って混ぜていく。
順序を一つでも違えれば、薬はただの毒になる。
丁寧に、それでいて手早く、調合を進める。
「――皆、聞きなさい。注意点がひとつある」
僕は中身が濁ってきた鍋をかき混ぜながら、三人へ告げた。
「この薬は飲んだ者の心を読み、その姿に変身する。だから、望む姿をはっきりと思い浮かべること。曖昧だと、曖昧な姿になる……そして、余計な願望を混ぜるな。『もう少し背が高ければ』とか、『胸が』とか」
「「「…………」」」
「わかりやすいな、君たち」
あわよくば余計な願望を、と思っていたのがバレバレだ。
まぁ、女の子は多少欲張りなほうが魅力的とも言うけれど。
――そうこうしているうちに、鍋の中身が、変化を始めた。
「……し、師匠。なんか、色が」
「うん。相変わらずキショイ」
ごぼり、ごぼり。
澄んだ翡翠色だった液体が、濁り、渦を巻き、次第に――紫がかった、灰緑色になっていく。表面に虹色の膜が張り、時折、意味ありげに泡が浮いては割れた。
だが、これだけでは終わらない。
この薬の本当にキツイところは──匂いだ。
「うぷっ」
「ぐ……っ、これは……」
「強烈ですね」
三者三様の反応をし、だが共通として顔を青褪め、不快そうに表情を顰める。
言葉にするのが難しい。
強いて言うなら、腐った海藻と、焦げた金属と、腐った卵を、全部まとめて煮詰めたような匂いだ。
これが図書館中に充満すると、書物に匂いがうつる。
僕は咄嗟に結界を展開した。
「さて……完成だ」
「こ、こんなに禍々しい薬品なんですか」
「見た目と匂いが完全に呪いのそれですよ」
「魔王の血液のような色ですね……」
「褒めているのか、それは」
僕は柄杓で、それを四つの硝子杯に注ぎ分けた。
とぷん、と粘度のある音がする。杯の縁に、うっすらと虹色の油膜が残った。
「――さあ、飲みなさい」
「「「……」」」
「味は匂いほど強烈ではない。ほら、覚悟を決めて……変身する姿を思い浮かべなさい」
さぁ、一気一気。
僕が手を叩くと、三人が杯を掲げた。
「い、いきます……せーの……っ」
――ぐいっ。
三つの喉が、同時に鳴った。
直後。
「「「──」」」
相当不味かったらしい。
言葉にならない呻き声を上げた三人は青い顔で口元を押さえ、瞬間──眩い光にd包まれた。
目を覆いたくなるほどの強烈な光。
それが室内を眩く照らしていた時間はおよそ十秒。
その後──光が晴れた。
この反応は成功だろう。
確信を胸に僕は、目の前の三人を眺めて――少しだけ、黙った。
まず、ココナ。
白かった髪が、艶やかな漆黒になっていた。背は頭ひとつ分伸びており、切れ長の目に、涼しげな眉。一切笑わなければ、どこかの令嬢か、あるいは女優にでも見える。
「――フフ、悩殺ナイス美女ですね」
「中身は子供のままだがな」
次に、ミル。
こちらは逆に、ぐっと背が縮んでいた。ふわりと波打つ亜麻色の髪、大きな碧の瞳。年齢にして十七、八というところか。抱えていた気苦労が全部抜け落ちたような、あどけない顔立ちだ。
「これは……暗黒だった私が十代の頃に夢見た超絶美少女の姿……うわぁ、私、メロい」
「願望が滲み出ているな」
そして、アルテミアだが……何というか、凄い。
結い上げていた金の髪は、緩く波打つ薄紅色に。背丈もかなり縮み、背は僕の肩ほど。深紅の外套の代わりに纏っているのは、儚げな空気だ。剣を握ったことなど一度もない、深窓の令嬢にしか見えない。
「……いかがでしょうか、司書殿」
「……見事だ。誰も君だと気づかないだろう」
「はい。何しろ、私の最も苦手な女性像を思い描きましたので。守られるだけの、か弱い姫君を」
「合理的だな」
「個人的なことを言えば、あまり好きな姿ではありません……ですが、発見が一つ」
彼女は、上目遣いで首を傾げた。
「……こういう娘の方が、お好みなようですね」
「調合は正常だったようだ。よろしい、次は僕の番だな」
「承知しました。では、夜は甘えさせていただきます」
「やめなさい」
僕は最後の杯を手に取り、鼻に抜ける匂いを無視して、一息に呷った。
直後──彼女たちと同様に、光が僕を包み込む。
そして、十数秒後。
光が晴れた僕が変身した姿は──。




