第14話 結婚したいのなら僕を倒せ
突然の求婚。唐突の申し出。
あまりにも想定外の事態に、僕はその場で硬直してしまった。
結婚。結婚って、アレだよな。
清く正しい交際を経た男女が生涯の伴侶となり、雨の日も風の日も、なんか色々とエグくてパない時も支え合う関係だよな……いやいや、いやいやいや、流石に動揺する。
二千年以前だって、僕は一度だって求婚されたことはない。
そもそも求婚は男がするものであり、その逆はあり得ないこと……いや、今は昔とは違う。恋愛観も変わったのかもしれないけれど……。
自分でも驚くほどに混乱している僕は助けを求め、視線を横に向けた。
意味なかった。ココナは頭上にドローンを飛ばしたまま硬直しており、ミルは光の消えた瞳を此方に向けて首を傾けている。
両者ともに、僕を助けてはくれないようだ……ん? ドローン?
「……まさか」
僕は額に浮かんだ一粒の汗が筋となって肌を流れる感触を覚えながら、懐に入れていたココナのサブ端末を取り出し、配信の画面を映し出した。
◇
『は???????』
『いま なんて?』
『けっこん』
『けっこんつった⁉』
『人類最強、弟子入りじゃなくて求婚‼』
『壁ぶち抜いて登場してプロポーズは強すぎる』
『展開が予想の斜め上の斜め上』
『《七つの黎明》公式アカウント「」』
『公式が無言になってて草』
『ココナちゃんが金魚になってる』
『世界最強の司書、求婚に困惑』
『これはもう強さ関係なく『え?』ってなるだろ』
『俺の推しが推しに求婚してて喜んでいいのか泣けばいいのかわからん』
『笑えばいいと思うよ』
◇
「……配信中か」
滝のように流れるコメント。
求婚の様子が全世界に流れていることを確認した僕は深い溜め息を吐き、端末の電源を切って懐に仕舞う。
このまま黙り込んでいるわけにはいかない。
しかしかといって、頭が混乱している状態で下手なことも言えない。
なのでまずは──冷静になる時間を作ろう。
三人の眼が僕を見つめる中、僕は穿たれた壁の穴へと近づき、そこに向かって手を翳す。
「万物は原初に回帰せよ」
唱えた直後──壁は修復された。
砕けた石片が穴を埋め、元の位置に舞い戻り、粉塵まで吸い込まれ、壁は三秒で元通りになった。ついでに揺れて傾いた書架を直し、落ちた本を三冊、棚に戻す。
元通り。いつも通りの景色。
落ち着いた。思考が戻ってきた。
そして、整理ができた。まず第一に、言わなくてはならないことは──。
「壁を壊して入ってきたら駄目だろう」
「そ、それについては、その……申し訳ございません。扉がビクともしなかったので」
「ノックすれば開けたさ……まぁ、書物が傷ついたわけではないから、今回はいいのだけど」
さて、では次だ。
僕は膝を折って彼女と視線を合わせ、尋ねる。
「……アルテミアと言ったね。ひとつ、確認させてくれ」
「何なりと」
「僕たちは今日が初対面だ。君は僕の何を知って、その言葉を口にしている」
「勿論、配信を見て」
「……配信を通して見れるのは、一部分に過ぎないぞ?」
結婚とは、生涯を通して愛し合い、支え合う関係だ。
決める際は慎重にならなくてはならない。
配信の一部分だけを見た程度で決めてはならない。自分で言うのもアレだが、配信中の僕は多少なりとも取り繕っている。良い風に見せているのだ。
君の中の僕と、実際の僕は全く違う。
と、僕はそう伝えたかったのだけど──。
「私には、貴方しかいないのです」
自分の胸に手を当て、頬を朱に染めたまま、アルテミアは言った。
「死神を一瞬で滅する武。壊れた扉を巻き戻す理。地の底に星空を再現する詩情……そして、雨に打たれた見ず知らずの女性を不死鳥を遣わせてまで拾い上げる清い御心。これらは紛れもない事実です」
「あー……うん。まあ、それは……」
「画面の中の貴方を見た瞬間、私は魂で理解しました」
ほぅ、と、まるで極上の料理を食した直後のような、熱に浮かされた様子で、アルテミアは落とした。
言葉の爆弾を。
「―─この方の赤子を産むために、私はこの世に生を受けたのだと」
「……」
ヤバいのが来た。
僕は頭を抱えた。
◇
『おっも』
『感情的には軽く十トンを超えているんじゃあないか?』
『子宮で恋愛するな』
『初対面の相手に何を言っているの、このお姫様』
『司書さんドン引きしてんじゃん』
『そりゃあ初対面の相手に求婚された挙句に赤ちゃん産みたいみたいなこと言われたらねぇ』
『俺の推しが変な古代人に求婚してるんだけど夢だよな? 虚勢したら結婚してくれると思って虚勢手術受けてきたんだけど』
『↑こいつの遺伝子が後世に残らないだけでも素晴らしいことだ』
『キッショ。なんで結婚できると思ってんだよ』
『知ろっか。身の程。骨の髄まで』
『俺も司書さんの赤ちゃん産みたい』
『お前が産めるのは悲劇だけだぞ』
◇
「……なぁ、ココナ。ミル」
僕はそろそろ正気を取り戻しているであろう二人に問いかけた。
「現代の求婚は、こんなにも直球というか……野性的なものなのか?」
「「違いますから!!」」
二人が同時に否定する。
なるほど。つまりはこのアルテミアがおかしいということか。ちょっと安心した。
「あー……アルテミア?」
「はい。我が生涯の伴侶」
「その呼び方は勘弁してほしいんだが……まず、結論から」
下手に長引かせるよりも、ここはスパッと言ってしまったほうが本人のためにもなるだろう。
そう考え、僕は告げた。
「――結婚はできない」
図書館が、しん、と静まり返った。
「……理由を伺っても、よろしいでしょうか」
「僕は寿命を捨てた身だ。老いず、死ねず、悠久の時を生きてきた。それはこれからもなのだが……君はそうではない」
僕との結婚は苦しい選択に他ならない。
老いない僕と、老いる彼女。
遺される僕と、遺す彼女。
時間の残酷さを極限まで味わうことになる。
それは、僕が望むことではない。
「君には現代を生きる、相応しい人がいるはずだ。だから……諦めなさい」
「…………」
「気持ちは、光栄に受け取っておく。だが、答えは変わらない」
我ながら誠実に答えたと思う。
これでこの話は終わりだ。あとは彼女が肩を落とし、しかし胸を張って去っていくのだろう。人類最強なら、そのくらいの引き際は――。
「では」
「ん?」
「――子種だけでも頂けないでしょうか?」
諦めの悪さも世界最強クラスのようだった。
◇
『世界最強の求婚ヤバいな……』
『っていうかこんなキャラだっけ? もっとクールで淡々とダンジョン攻略する氷姫みたいな感じだと思ってた』
『超肉食系女子』
『寧ろケダモノ女子だろ』
『司書さん、こんなに動揺してるの初めて見た』
『壁と司書のメンタル壊すな』
『これ配信していいやつ?』
『いいんじゃね? 面白いし』
『これってクランのほうは把握してるのか?』
『把握してたらあんな反応しないだろ』
◇
「あの、師匠? どうするんですか?」
「はぁ……仕方ないな……」
僕は後頭部を掻いた。
現代的ではないかもしれないけれど……ここまで諦めが悪いのなら仕方ない。友人のやり方を真似することにしよう。
およそ三千年前、かつて最強と呼ばれた女性が行っていた、求婚の断り方。
──決して満たされない条件を突きつける。
「アルテミア」
「はい。準備はできております」
「何のだよ……君の熱意は伝わったから、チャンスを与えようと思う」
「!」
「待て、脱ごうとしないで」
アルテミアの両肩に手を置き、僕は彼女の輝く瞳を見つめて告げた。
「条件はひとつ。――僕を、倒してみせろ」
「倒す、ですか」
「そうだ。聞くところによると、君は世界最強のダンジョン攻略者なのだろう? 武の者であるならば、力尽くで勝ち取るのが筋だ。手合わせで、僕から一本取ってみせろ。それができたら――結婚するよ」
我ながら、完璧な条件だと思った。
なにせ不可能だ。
絶対にありえない。魔法を使えない相手ならば、僕に土すらつけられない。
唯一の懸念点は《スキル》と呼ばれる現代人特有の能力なのだが……まぁ、何とかなるだろう。
最初は何度も諦めずに挑んでくるだろう。
けれど、僕と彼女の間にある絶対的な壁に直面すれば、きっと諦めるはず。それが穏当な着地というものだ。
我ながら、実に賢明な――
「――謹んでお受けいたします」
アルテミアは恭しく首を垂れた。
「言質は取りました……逃がしませんからね? 我が伴侶様」
「……ん?」
なんだ、今の。
なんだ、その、獲物を見つけたような笑みは。
◇
『おいおいおい、死んだわあいつ』
『これ司書さん、地雷踏んだのでは? あ、もう爆発してるわ』
『世界最強に「倒せたら」は最悪の断り方なんよ』
『目標を与えてしまった……』
『人類最強、生き甲斐を獲得』
『これって……』
『あぁ。司書の詰みだ』
『交渉が下手すぎる』
『司書さんもしかして恋愛経験ないのでは?』
◇
「……師匠」
ココナが、憐れむような目でこちらを見た。
「あの人、今、めちゃくちゃ嬉しそうです」
「……みたい、だな」
「司書様、焚きつけちゃったみたいですよ?」
「……みたい、だな」
僕の傍によってきた二人に、同じ言葉を返す。
もしかしなくとも失策か? もしかしなくともこの子……達成するまで絶対に諦めないタイプの人間か? だとしたらマズイ。彼女からの手合わせに、一生付き合わされることになるかもしれない……。
「では、早速」
胃を痛める僕の気持など露知らず。
アルテミアはハルバードの石突を床に叩きつけ、宝石のように瞳を輝かせた。
「今すぐお手合わせを」
「待て待て、ここは駄目だ。断じて駄目だ。本が傷つく」
そこだけは、絶対に譲れない。
僕は嘆息して、指を鳴らした。
足元に転移の輪が広がっていく。
「少し離れたところに、大広間がある。あそこなら、何をどう壊しても構わない」
「感謝します」
はぁ……本当に、近頃は騒がしいな。
遠いものとなった静かで平穏な日々を恋しく思いながら、僕は転移の輪の輝きから目を背けた。




