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第13話 世界最強の求婚

 一週間後。


「おお~、大分維持できるようになってきたな」


 大図書館の玄関口である第一区画。

 静かに集中した様子で灯火の修練に取り組んでいたココナに、僕は両手を叩いた。


 今日も普段と変わらない修行に励んでいるわけだが……大分記録は伸びた。

 当初は数十秒で限界を迎えていたが、今では五分程度は消さずに維持することができるようになった。目標の三十分までの道のりは遠いが、確かな前進である。


「一週間で維持時間を数倍に伸ばした……やはり、魔法の才覚はあるようだな」


「ありがとうございます。でも、まだまだ、全然です。まだ、魔法を扱うステージにも立てていないです」


 驕らず、鼻を伸ばすこともなく、己を律して謙虚を貫く。

 良いことだ。過度な謙虚は不要だが、驕りは魔法の上達を妨げる障害となる。

 ただ、ココナに至ってはその心配は不要だろう。

 僕が──魔法の師が傍にいる限り、天狗になることは絶対にない。

 何故なら──。


「二千年も魔法を維持し続けている師匠の足元には、到底及びません」


 ココナは天井に広がる疑似太陽と空を見上げた。

 二千年間、この図書館の天井には何かしらの魔法が展開され続けている。否、天井だけではない。あらゆる区画に最低でも二十の魔法が、常時施されている。


 ココナはそれを知っている。

 だから、決して驕ることはない。

 その意気だ。と、僕が微笑んで言うと、次いでココナは問うた。


「ところで師匠」


「うん?」


「ミルさんは、今日のご褒美中ですか?」


「あぁ、そうだ」


 頷き、僕は僕の膝に頭を預けてソファに横たわり、だらしないにやけ面を浮かべているミルを見下ろした。


「まだ昼過ぎだが……我慢できなくなったらしい」


「へぇ……師匠、何だかルミさんには甘くないですか?」


「フフ、わかりやすいくらいの嫉妬だな。今日は一緒に入浴してあげるから、今は修行に集中だぞ?」


「し、しなくていいですよ、エッチですね! そ、そんなに私の裸が見たいんですかッ!?」


「? 赤子の裸に情欲を掻き立てる者などいないだろう」


「あぁ、そうでした……この人からすれば全人類が赤子同然なんでした……」


 頭痛を堪えるようにこめかみに手を当てたココナは次いで、欲望のままに僕へオギャるミルに、引き気味に声をかけた。


「あの、ミルさん……恥ずかしいとか、遠慮とか、そういったものは……」


「良いことを教えてあげるよ、ココナちゃん」


 僕に頭を撫でられたままココナに顔を向けたミルは、キリッ、と無駄に凛々しい顔と声で告げた。


「どんなことでも、我慢が一番身体に悪いことなんだよ。ストレスは蓄積する前に発散するべし。欲望は満たせる時に満たすべし。オギャっていいならオギャるべし。ガンジーの格言よ」


「絶対に言ってないですよね。偉人の言葉捏造しないでくださいよ……修行のほうはいいんですか?」


「……灯火は、一分は維持できるようになったよ」


「あ、意外と成長してる」


「ここまでの二人を見た感じだが」


 僕は二人を交互に見た。


「魔法に関して、天性の才能はミルが上。だが、成長の才能はココナに軍配が上がる。0から1はミル。1から10はココナ。後者に関しては、ココナの性格もあるだろう。諦めを知らないからな」


「ふふん♪ この調子で、どんどんミルさんを突き放して──」


「僕が定めた修行の限界を超えてやろうとするのは悪癖だが」


「うっ……」


 バツが悪そうに視線を逸らすココナ。

 自らの悪癖を自覚しているらしい。直す気があるのかは、別だが。


「……まぁ、二人とも自分のペースで成長すればいい。無理に急げばゴールは遠のく」


「はい。地道に頑張ります」


「司書様。もっと撫でてください……」


「フフ、本当に甘えん坊だな、ミルは──」


 と、その時──凄まじい轟音が響き渡った。

 図書館全体が震え、本棚に収納されていた書物が数冊落下するほどの振動。まるで迷宮内で大爆発でもあったかのような衝撃だ。


 何だ? 迷宮内の魔獣が大暴れでもしているのだろうか。

 だとしたら早急に対応しなくてはならない。大切な書物を頻繁に落とされるのは困るのだが──と、僕が膝上のミルを横に退け、ソファから腰を上げた──瞬間。


 ──ピシ。


「「「──は???」」」


 大図書館の正面扉。

 魔法によって固く閉ざされた扉の横の壁に、巨大な蜘蛛の巣状の亀裂が産まれた。

 過去二千年間、一度も起きたことがない事象だ。何せ、この壁は分厚い。メートルの単位を用いるほどの厚さだ。高ランクの魔獣でさえ、砕くことはできない……はずだったのだが。


 ──ドゴォォォォォォォォンッ!!!


 砕けた。粉砕された。侵入者を阻み続けた絶対の壁に大穴が穿たれた。

 壁の大きな破片が周囲に飛び散り、小山となって積みあがる。威力を調整したのだろう。本棚や書物には、破片は一切降りかからない。


「全く……ドアくらい開けて入って来い」


 心底呆れつつ、僕は壁を穿った予期せぬ来訪者──金糸の髪と深紅の瞳が特徴的な女性を見つめた。

 迷宮の探索者には珍しい、ドレスのような軽装の装備。

 どうやら単身でここまで来たらしく、連れはいない。

 歳の頃は二十歳前後か。美しい乙女の右手には、物騒なハルバードが握られている。


「か、彼女は……ッ!」


「う、嘘、でしょ……?」


 姿を現した乙女を二人は知っているらしい。

 各々、驚愕の表情を浮かべていた。しかも反応から察するに、かなりの大物らしい。勿論、現代の有名人だとしても、僕は全くわからないが。


「遂に、見つけた……」


 ゆらり。

 覚束ない足取りで館内に足を踏み入れた金髪の乙女は震えた声で呟き、次の瞬間──僕との間にあった距離を一気に殺し、僕に向けてハルバードを振り下ろした。


 鋭い刃。直撃すれば間違いなく命を刈り取る一撃。

 だが、僕は一切平静を乱さず、それどころか回避行動も防御もせず、冷静に乙女を観察した。


 分厚い壁を砕く破壊力。俊敏性。行動力。そのどれもがトップクラス。恐らくはダンジョン探索者の中でもかなりの上位にいる実力者なのだろう。ココナとミルが知っているのも納得だ。


 だが……妙だな。

 彼女からは殺意が感じられない。いやそれどころか、好意的な感情すら感じられる。このハルバードからも、僕を害するものは何も感じられない。


 唯一感じられるものといえば──信頼だ。

 貴方ならば、こんな攻撃は簡単に防いでくれるでしょう? という。

 襲撃者の期待に応えてしまうのはアレだけれど……応えよう。でなければ、死んでしまうからな。


「──王を守護する絶対の壁(バログラーザ)


 僕を護る、不可視にして絶対の壁。

 一瞬で魔法を展開した直後、乙女の刃がそれに衝突し、火花を散らした。

 強烈な反作用によって彼女のハルバードは跳ね返り、これ以上の攻撃は不可能だと判断した彼女は即座に後方へと跳躍。


 判断力も申し分ない。

 勿論、威力も。壁を破壊できたことも納得だ。


「嗚呼……やはり、貴方こそが……」


「ん?」


 両手でハルバードを強く握り、何故か恍惚とした笑みを此方に向けている乙女。

 どうしてそんな表情をしているのだろう。

 理解が追い付かず、僕が彼女に直接尋ねようとした──時、配信用のドローンを起動させたココナが言った。

 眼前の乙女の詳細を。


「だ、ダンジョン探索者ランキング第一位クラン──《七つの黎明》の師団長、アルテミア=ヴェリンティ!」


「第一位?」


 「世界最強のダンジョン探索者ですよ、司書様!」


「ほぉ……」


 二人の説明を受け、僕は乙女を注視する。

 アルテミア、か。世界最強の探索者。となれば、目的は察することができる。恐らく、更なる力を手に入れに来たのだろう。そのために、この図書館の魔導書を奪いに来た、と。


 であれば、容赦はしない。

 強奪者は全て屠ると決めているのだ。それは乙女であろうと、例外ではない……が、本人の口から聞いておく必要がある。ここまでは全て、憶測にすぎないから。


「君は一体、何をしにここへ来た」


「……」


 問いかけから、十数秒。

 カラン、と何故か唯一の武器を地に落とした彼女はゆっくりとした足取りで僕のもとへと歩み寄り──その場に跪き、僕の手を取り、頬を朱に染めていった。

 全く予想外の言葉を。


「大図書館の司書様」


「う、うん?」


「どうか私と──結婚してください」


 …………………………ぇ。

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