第11話 実質NTR配信
「いぇ~い! 『ラビリンス・マッピング社』の社長くん、見てる~?」
周囲に何もない、薄暗い空間の中心。
ココナのスマホの画面に映るのは、暗がりに浮かぶソファと、そこに座る僕。
膝の上には、すやすやと眠る使用人──ミルの姿。
異様で、異質で、やや不気味な絵図。
僕はレンズに向かってヒラヒラと片手を振り、先ほど学習した『ビデオレター』の作法に則って挨拶をした。
□
『は?』
『誰!? いや司書さんなんだけど誰!?』
『見ろ。二千歳オーバーがはしゃぐ姿は滅多に見られないぞ』
『口調どうしたww』
『てか待って、この構図なに』
『膝枕!? 膝の上の子、三日間座り続けてたやつじゃ……』
『部屋暗いし膝枕だし、なんかNTRが始まったんだが?』
『NTRの波動を感じて飛んできました』
『違うそうじゃない でも目が離せない』
『俺は純愛しか認めないのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!』
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カメラの裏で、ココナが頭を抱えていた。
「……また師匠が、変な知識をぉ……本当に、ネットは止めさせないと……」
よし、掴みは十分だな。いんたーねっとでは『いぇ~い、オタクくん見てる~?』だったが、名指しなので社名と社長でいいだろう。
呻くココナを無視して、僕は続けた。
「さて、社長くん。夜分遅くに悪いな。だが君、確実にこの配信を見ているだろう? 自社の株価に関わるものなぁ……ご苦労なことだ」
「的確な煽りですね」
「他の視聴者も待っているだろうから、本題から入ろうか」
長話をするつもりはない。僕はパチン、と指を鳴らした。
途端──封印の輪から黒い得物が滑り出て、僕の掌に収まる。
――拳銃。
ミルが握っていたものだ。
僕はそれを、レンズによく見えるよう静かに掲げた。
「この子は僕を殺しに来たぞ。こんな物騒なものを持参して……ラビリンス・マッピング社の命令を受けて」
コメントが一瞬、完全に止まった。
「迷宮の地図が白紙になった責任を取れと怒鳴られ、この銃を持たされ、その上『魔法使いを殺して書物を奪ってこい、済むまで帰るな』と社命を受けて……で、彼女は撃たなかった。撃てるわけがない。だから雨が降る中、入口前に三日間座っているしかなかった――帰っても地獄、帰らなくても地獄だから」
□
『え』
『えっっっ』
『うそだろ……あの座り込み、そういう……』
『殺害命令って、犯罪では???』
『ラビリンス・マッピング社って上場ベンチャーだよな……闇が深すぎる』
『社員に銃持たせて放り出す会社が存在するのかよ』
『三日間の雨、そういうことだったのか……』
『これ社会が動く案件だぞ』
□
拳銃を掌から消滅させ、僕は声を低くした。
「――社長くん。それから、この国の然るべき機関の諸君。よく聞きなさい」
ランプの炎が僕の呼吸に合わせて細く揺れる。
「僕は、この件に『然るべき対応』が取られることを望む。この一件で、彼女の心は酷く傷ついた。君たちの法で、君たちの手で、正しく裁きなさい。僕は手を出さない……ただし」
一拍置き、そして、僕は告げた。
「それがなされないのであれば――僕は、日本国の王と……ああ、いや。今は王はいないのだったな。政府と今後千年、対話の門を閉ざす」
□
『千年wwww規模www』
『笑えない、この人の千年はガチの千年だ』
『外交断絶のスケールがおかしい』
『王→政府の言い直し、二千歳を感じて好き』
『政府、今ごろ官邸の電気ついたぞ絶対』
『一企業の不祥事が国家問題になった瞬間である』
『魔法技術が他国に流出する危険性大』
『というか、他国が魔法技術で色々やる中、日本だけ取り残される可能性だってあるんじゃ?』
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「それから二つ目――彼女の身柄は僕が貰い受ける。丁度使用人が欲しいと思っていたところだからね」
膝の上の寝顔は、騒ぎも知らず、安らかなものだ。
よほど疲れていたらしい。僕は空いた手で、その頭をひとつ撫でた。
「あまりにも酷い。こんなに可愛い女の子に人殺しをさせようなんて、どうかしている。人道に対する罪と言ってもいい。君が彼女を不幸にした以上に、僕は彼女を幸せにするとしよう」
少なくとも、人殺しをさせるような輩の下にいるよりは百倍マシだろう。
「そして、三つ目。これは社長くんだけでなく、世界中の、僕をどうにかしたい諸君に向けてだが……今後、僕やうちの者に危害を加えようというのなら」
僕は暗がりの天井へ、指を三度鳴らした。
一度目。
書架の谷の闇から、白い巨躯が滑り出る。
全長四十メートルの古代白竜が、とぐろを巻いて、ソファの背後に鎌首をもたげた。
二度目。
緋色の炎が羽ばたき、不死鳥が竜の角の上に舞い降りる。
翼の火が、暗闇に燃える。
三度目。
金の鷲頭に獅子の躯。
グリフォンが音もなく着地して、琥珀の瞳でレンズを射抜いた。
怪物。
かつてそう形容された者たちの三対の眼光が、画面の向こうの世界を、静かに見下ろす。
僕たちは強いぞ。
笑みを浮かべ、僕は静かに告げた。
「――容赦はしない」
◇ ◇ ◇
配信終了後。
「師匠……凄いことをしましたね」
宙に浮かんでいたドローンを回収したココナは、やや呆れた様子で僕に言った。
「政府と企業を脅迫するなんて……もうネットニュースになってますよ? 日本政府、深夜に緊急会議かって」
「案外、政府には働きものが多いようだな」
「他人事のように……で、この子たちは?」
「あぁ、そういえば何の説明もしていなかったか」
忘れていた。
僕は肩越しに背後を見やり、ココナに紹介した。
「僕の使い魔たちだ。この子たち以外にも、まだまだ沢山いるけれど」
「と、とんでもない使い魔たちですね……伝説の生物たちばかり……」
「周りが勝手に伝説などと言っているだけだ。この子たち自体は……とても可愛らしい子たちだよ。皆、甘えん坊でね」
「へぇ……あ、もしかして師匠が甘やかし上手なのって」
「この子たちを甘やかしていたからかもしれないな」
顔を寄せ、此方に甘えてくる三体の使い魔を撫でつける。
不思議なことに、僕の使い魔は皆全て、かなりの甘えん坊だ。彼ら彼女らに二千年も構っていたら、自ずとその手の技術は上達する。
人も使い魔も、どちらも心があるのだから。
「さて、じゃあ──そろそろ君も甘やかしてあげないとな」
「へ? な、なんで私をッ!?」
「わかっているよ。少し嫉妬しているのだろう? 存分に甘えるミルに」
「ち、ちが──」
否定の言葉を言いかけたココナはそれを途中で呑み込み、暫くの沈黙の後、僕の隣に腰を落とした。
「今日は、ちょっとだけ……自分に素直になります」
「良い子だ」
此方に身体を傾け、体重を預けてくるココナ。
僕は控えめに甘える彼女の頭を優しく撫でつけた。




