遅刻〜!遅刻〜!(3)
……白いタオルが、俺の腹から顔までを覆った。
モブAが背後から俺を強く抱きしめ、動きも視界もふさがれた。
俺はまるでミイラ男のようになり、ただもがくことしかできない。
「くさっ! お前のタオル、兵器かよ! くせぇんだよ!」俺は声を荒らげた。
「ジュゴ!今だ、やれ!!!」モブAが叫んだ。
ジュゴは学校の旗がついたプラスチックの棒を武器に持っている。
奴はもう槍使いのように身構え、前へ突き出そうとしていた。
ジュゴの隣では、モブZがただ可愛らしい傘の陰で雨宿りをするように立っている。
「礼を言うぞ!さあ、喰らえ!」ジュゴが俺を攻撃しようと言い放った。
——素早い動きで、奴はプラスチックの棒で俺の太ももを突き刺し、さらに別の部位へとランダムに突きを繰り出してくる。
その攻撃は速く……さらに速く……そして、もっと速くなっていく。
【 HEAVEN SPEAR 】
無数のプラスチック棒の突きが、ミイラのようになった俺の体に降り注ぐ。
ジュゴの攻撃が当たるたび、その棒はしなるように曲がっていたが、折れるまでには至らない。
空気が弾けるたび、道に散らばった紙くずがふわりと浮き上がり、吹き飛んだ。
俺はモブAに抱きしめられたまま、ただ身悶えするしかなかった。
「いてえええっ!!」それは俺の悲鳴ではなかった。
……その悲鳴の主は、後ろで俺をきつく羽交い締めにしているモブAだった。
モブAは痛みに顔を歪めている。俺の動きを封じるために、両腕をジュゴの攻撃の真正面に晒していたからだ。
奴の両腕はプラスチック棒の突きをまともに食らい、指先が痛みに耐えかねてランダムに踊るように震えている。
その光景を見て、ジュゴの隣に立つモブZは、ゆっくりと傘をしっかりと閉じた。
「よせ、ジュゴ。お前の攻撃は仲間を傷つけただけだ」
モブZはジュゴを見ようともせず、冷ややかな視線で言い放つ。奴の口には、まだパンがくわえられたままだ。
モブZが攻撃の構えを取る。
モブZの左手は真っ直ぐ前へと伸ばされた。
左手の指先は綺麗に揃えられ、右側を向いている。
右手はプラスチック製の傘の先端で突きを放てるよう、引き絞るような位置にある。
まるで手のひらで敵を狙い定める槍術士のようだ。
「俺がやる」モブZが威厳のある口調で言う。
ジュゴが攻撃を止める。
「クソ……わかった、任せたぞ」
モブZの視点からは、俺の全身が奴の手のひらによって覆い隠され、もがいている俺の頭だけが見えている状態だ。
さながら標的を狙うスナイパーのようである。
「……お前のパンはこれで、終わりだ!」
——奴は傘の突きで俺に襲いかかってきた、だが……
「終わってぇぇ……ねぇ!!」俺は叫んだ。
……右足をモブAの足の後ろに滑り込ませる。
足首が奴の足にしっかりと引っかかったその瞬間。
モブZの攻撃が届く前に、俺は力いっぱい相手の足を上に跳ね上げた。
俺たちの足が宙に浮き、バランスが一気に崩れる。
モブAの背中が地面に叩きつけられ、俺はそのままモブAの上に重なるように倒れ込んだ。
おかげで、傘の攻撃は最後まで俺に触れることはなかった。
地面に落ちた勢いのまま、俺はすぐに足を回して後方へ回転し、着地する。
そこからさらに後ろへ2回ジャンプして距離を取った。
「パンを落としておけば、痛い目に遭わずに済んだんだからな」ジュゴが言う。
俺は少し体を前傾させた。
息は絶え絶えで、体はボロボロだった。
右手には丸い木の棒を握り、左手にはモブAの白いタオルを掴んでいる。
パンはまだ、俺の口にしがみついている。
「舐めるなよ……俺のパンは……」
俺は左手のタオルの端を素早く回転させた。
タオルは大きく広がりながら風を切る。
「俺が守る!」俺は強い決意を込めて言い放った。
「まさか!あの技は!」モブAが驚愕の声をあげる。
そして……
俺はその回転するタオルを、前方にあるモブZの顔めがけて投げつけた。
「SPINING HELL」
タオルは布地を大きく広げ、宙で激しく回転しながら飛んでいく。
「無駄な技だ」モブZが言った。
モブZは即座に傘の柄にあるボタンを押し、その傘を真っ直ぐ前へと突き出した。
傘が防壁のように大きく開く。
「BUTTERFLY SHIELD」
「なに!?」俺は声を上げる。
俺の視界の中で、飛んでいったタオルは開いた傘に完全に阻まれた。
……そして、力なく床へ落ちていく。
蝶の模様があしらわれた傘が、鮮明に目の前に現れた。
「本物のSPINING、お前に見せてやる」傘の向こうからモブZの声が響く。
……次の瞬間、傘が猛烈な勢いで回転を始め、周囲の空気を全方位へと吹き飛ばした。
俺たちの周りで紙くずが激しく舞い上がる。
俺の額を、少しの焦りとともに汗が伝った。
(あの技は……強い!)
モブZの目が血走るように見開かれる。奴は一瞬も目を離さず、傘のつかに全神経を集中させていた。
モブZの指先が、目にも止まらない速さと巧みさで傘のつかを回転させていく。
「喰らえ!」
モブZの手のひらが、傘の持ち手の先を思い切り叩きつけた。
傘は大砲みたいに、すごい速さで俺に向かって飛んできた。
空気が爆発したみたいに弾けて、残った新聞紙を空へ巻き上げる。
「SPINING BUTTERFLY」
——傘はすさまじい勢いで回転し、布の部分がわずかに反り返っていた。まるで空を飛ぶ槍のようだった。
俺は木の棒を強く握り締めた。
左足を踏み出し、重々しく一歩前へ進む。
「ここで、俺が……!!」
傘が俺の間合いに入った瞬間――
左足首をひねり、体を回転させる。
一瞬で、俺は傘の真横に回り込んでいた。
「……止める!」
俺の木の棒が、その傘を木製の壁へと縫い付けるように突き出された。
バリィン! 木の棒が木製の壁を激しく突き破る。
傘は木の棒に貫かれ、そのまま木壁へと深く突き刺さった。
木の棒にロックされたせいで、傘は半分しか開くことができず、完全にその機能を停止している。
「馬鹿な……!俺の技を止めただと!?」
モブZが驚愕に目を見開く。
モブAも目を丸くして俺を凝視していた。
俺は壁に刺さった木の棒を抜こうとしたが、うまく抜けない。
それを隙と見たモブAが、再び俺を羽交い締めにしようと両腕を広げた。
そして、奴は背筋をピンと伸ばしたまま、しかし体を少し前に倒したまま、こちらへ突っ込んできた。
足は高速で動いているが、上半身はほとんどブレていない。
その動きはまるで横歩きするカニのようであり、あえて背を向ける変則的な動きで俺の死角から隙を狙ってきている。
「俺のチャンスだ」
モブAがその苛立つような妙な構えを取ったのを見て、俺は直感した。
「かかったな」
俺は不敵に、深く笑みを浮かべる。
ジュゴがその笑みに気づいた。
「下がれ!……罠だ!」
パンをくわえたまま、ジュゴは背中を向けてつっこんでくるモブAを見て、パニックになりながら叫んだ。
まるで俺をつかまえようとするやつを止めるみたいに。
モブAが俺との間合いに入った瞬間。
俺は、壁に突き刺さっていた木の棒を、今度は何の手ごたえもなく簡単に引きぬいた。
その木の棒の真ん中には、まだ傘が引っかかったままだった。
——モブAが俺を捕らえようと、飛びかかってくる。
「捕まえた……」着地する直前、モブAが勝利を確信して呟いた。
フッ! 俺は軽やかに真横へと跳んだ。
モブAの両腕は、ただの虚空を抱きしめる。
空中へ跳び上がると同時に、俺は体をひねりながら一回転した。
傘を取り付けた木の棒もそれに合わせて振れ、回転の勢いが一気に増す。
強いスナップを利かせて、俺はその傘をモブAの顔めがけて放り投げた。叩きつけるような軌道だ。
木の棒に挟まれていた状態から解放された瞬間、傘は一気に開く。まるで突然落ちたカーテンのように広がり、モブAの視界を完全に覆った。
「な、何これ!?」モブAが慌てる。
モブAが傘を押し下げた時……
「どこだアイツは?」奴の目は完全に困惑していた。
時間がゆっくりと流れる。
……次の瞬間、俺は両足を綺麗に揃えた状態で、すでに奴の腕の上に飛び乗ってしゃがみ込んでいた。
俺の口元に、はっきりとした深い笑みが浮かぶ。
そのままモブAの体を木製の壁へと押し付け……そして……
ドカァン! 俺は両足をまっすぐ宙へと蹴り出した。バネのように奴を突き放す。
木製の壁が粉々に大破した。
モブAは地面を幾度も転がり、奴のパンが宙へと高く吹き飛んでいく。
攻撃の反動で、俺はそのまま地面へ着地した。すぐ近くには、大きく開いた傘が落ちていた。
……俺が立ち上がるよりも早く、突如としてジュゴの攻撃が襲いかかってきた。
奴は空中でコマのようにくるくる回りながら跳んできた。
プラスチックの棒を上から下へと回しながら振り下ろし、まるで必殺の一撃すべての力をその一振りに込めているかのようだった。
「こっちだ!」ジュゴが叫ぶ。
その脅威を前に、俺はすぐさま足元にあった傘を掴み取り、ジュゴの攻撃の方へと突き出した。
「BUTTERFLY SHIELD」
ジュゴの渾身の一撃が、プラスチック棒を傘の表面へと激しくしならせる。
ギィィン!……ジュゴの棒と傘が激しくぶつかり合った、その瞬間だった。
——ジュゴのプラスチック棒は強烈に跳ね返り、奴自身の額を直撃した。
「いてえええっ!!」
額を押さえながら、ジュゴは悶絶の表情を浮かべて数歩後退する。
ジュゴの視界には、大きく開いた傘の陰でまだしゃがみ込んでいる俺の姿。そして……
その傘はものすごい勢いでぐるぐると回り始め、布の部分が少しずつ閉じていく。
「ありえない!その技は!」
モブZが、自分の得意技を完膚なきまでに模倣されたことにショックを受け、絶叫した。
——俺の手のひらが、傘の柄を強く叩く。
周囲の空気が爆発し、道端の紙くずが宙へ舞い上がった。
回転する「槍」と化した傘が、真っ直ぐジュゴへと飛ぶ。
「しまった!」ジュゴが冷や汗を流す。
「——どけ!」
刹那、モブZが横からジュゴを突き飛ばし、その位置に入り込んだ。
奴は両腕を左右に大きく広げ、まるでその攻撃を正面から受け止めるかのような姿勢を取る。
「来い!」モブZが挑戦的な顔で叫んだ。
——ドシュゥゥッ!!!傘は激しい回転のまま、モブZの胸にそのまま直撃した。
モブZはパンをくわえたまま、痛みに顔を歪める。そして……
——ドカァン!!!
時間がゆっくりと流れ始める。
空気が一気に弾けるように広がり、道に落ちていた新聞紙が宙へ舞い上がる。
モブZのパンが空へと弾き飛ばされ、同時に奴の体も後方へと吹き飛んだ。
……そして、奴は立っていた場所から数メートル先へと吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。
モブZは胸を押さえながら、苦しそうな顔でなんとか俺を見ようとする。
「さすが……俺の……技……」
間もなくして、モブZの目は白目を剥き、そのまま意識を失った。
◆◆◆
傘はゆっくり回りながら、俺のほうへ静かに戻ってきた。
俺はそれをつかんで、持ち手を肩にのせるようにして背負う。
今や、ここには俺とジュゴの二人だけが残り、互いを見つめ合っている。
左手には傘、右手には木の棒。
風が吹き抜け、紙くずが俺たちの間をただ通り過ぎていく。
「これは4対1だぞ!なぜお前はそんなに強いんだ!一体、お前は何者なんだよ!!!」
ジュゴが叫ぶ。
「ふっ、ついにこの日が来たか」俺は小さく呟いた。
俺は口にあったパンをすべて一気に口内へと押し込み、無理やり飲み込んだ。
ジュゴの視界の中で、俺の左手は背中の後ろへと回される。
両足は綺麗に揃えられていた。
大きく開いた傘が、まるで背景のように俺の背後を飾っている。
右手には、胸の近くで先端を上へと向けた木の棒を握っていた。
その木の棒は、ちょうど俺の顔の真ん中のラインと重なっている。
その構えを取る俺の目はひどく静かで、まるで洗練された剣士のような佇まいを見せていた。
風はまだ静かに吹き、俺の髪を揺らし、周囲を通り過ぎていく紙くずをただ舞い上げている。
「俺は闇の使い、闇を刻む者……鴉……」
そして、俺は木の棒を真横へと一瞬で振り抜いた。
「CROW」
ゆっくりとジュゴの顔に青筋が浮かび上がっていく。奴は怒りを必死に堪えていた。
「CROW?……お前、ただの中二病じゃねぇか!!!」
刹那、ジュゴが攻撃の姿勢で動き出す。
「ふざけるな!!!」
俺は傘を前方へと突き出し、盾のように構えた。
「BUTTERFLY SHIELD」
瞬時にジュゴは一歩を踏み出し、俺との距離を極限まで縮める。
「HEAVEN SPEAR」
ジュゴの視点からは、プラスチック棒の無数の突きが、猛烈な速度で傘の布地を何度も何度も叩いているように見えた。
「無駄だぁぁぁぁ!!!!」
その突きは傘の布地を激しく貫き、穴だらけにする。
ジュゴが攻撃を止めた時、奴の目の前にあったのは、力なくゆっくりと落ちていく傘だけだった。
しかし、その傘の裏にはもう俺の姿はない。
傘に開いた無数の穴からは、薄い煙が静かに宙へと立ち上っていた。
「どこだ?」ジュゴの目が困惑に泳ぐ。
そして……
「ガハッ!?」突然、ジュゴが苦悶の声を漏らした。
——ジュゴは首の横に強烈な一撃を食らったかのように、パンを激しく噛み締めながら後ろへとよろめく。
そこには、すでにジュゴの後ろへと回り込んでいた俺の姿があった。
お互いの背中が向かい合っている。
俺は低くしゃがみ込んだ姿勢のまま、木の棒を刀のように突き出し、一閃で斬り抜いたかのような構えを取っていた。
そして……空気が全方位へと激しく爆発し、散らばっていた紙くずを上方へと巻き上げた。
ゆっくりと、ジュゴの口からパンが地面へと落ちていく。
「この俺が……」
奴は静かに地面へと崩れ落ちた。
俺はゆっくりと立ち上がり、ジュゴの方を冷ややかに見据える。
「傘に集中しすぎなんだよ」
俺は気絶した奴らの真ん中を、ふらふらと、よろめきながら歩いていく。
「遅刻〜、遅刻〜……」体中に残る痛みに耐えながら、俺の声はすっかり力なく掠れていた。




