闇の烏
室内には緊張感が漂っていた。
俺の後ろにいる忍びが、鋭い眼光で俺の首を後ろから斬り落とそうと刀を振り下ろす。
「死ね!」
—— シュリン! 刀の振りが水平に走り、刃が煌めく月光を反射する……
……だが、斬撃が通り抜けた瞬間、俺の姿はすでに消えていた。残されたのは、紫の炎にわずかに包まれた空の椅子だけであり、俺を縛り付けていた鎖は傷ひとつなく椅子にぶら下がったままだった。
その光景を目にした数十人の忍びたちが驚愕する。
「消えた?!」 「どこだ?」
忍びの一人が恐怖に怯えながら数歩後ずさりした。
「相手がオーラ使いなら……逃げた方がいいんじゃないか!?」と恐怖に満ちた声で叫ぶ。
俺を斬ろうとした忍びは、俺の居場所を探して左右を見回した。
『まずいぞ……! アキラのやつ、今まで貴族どもに力を隠してたとは! あいつの力、今やもはやMYSTIC級だぞ!!』と忍びは心の中で呟いた。
◆
CROWモード。
今の俺の身に纏う衣装と、その性格は完全にCROWそのものだ。
室内でパニックに陥る忍びたちの只中、俺は光の届かない部屋の暗闇の中を静かに歩を進める。
「ふんふ〜ん♪」 俺は鼻歌を口ずさみながら、彼らの背後を一人また一人と通り抜けていく。
俺が鼻歌を歌っていても、彼らは俺の存在にまったく気づいていない。
そして……
静かに、俺の人差し指が近くにいる忍びの首元に触れる。
俺の人差し指は赤黄色に染まり、熱せられた金属のごとく熱く燃え盛っていた。
それと同時に、小さな火花が俺の人差し指からわずかに舞い散る。
人差し指が近くの忍びの首に触れた瞬間、俺は歩みを止めず静かに指を引き戻すだけだ。まるで人差し指で生クリームケーキをちょんと撫でるかのように。
—— シュッ……指を引き戻すと、忍びの首元には赤黄色の痕跡が残されていた。その痕跡はまるで燃え盛る熾火のようだった。
そして……
「ぐはっ!!」その忍びの首の横から大量の血が吹き出し、空中に舞った血の全てが紫の炎によって焼き尽くされた。
一斉に忍びたちがその方向を振り返るが、そこに俺の姿はなかった。
「魔力どころか、気配すらまったく感じられない。まるで幽霊と戦ってるみたいだ!」と一人の忍びが叫ぶ。
一方で、パニックに陥った顔の忍びの一人が叫んだ。
「逃げ—— !」
……一瞬のうちに、俺の片手が伸びて彼の口を強く塞ぎ、それ以上叫ぶのを遮る。
俺が口を塞いでいる間……
……その忍びは恐怖に満ちた目の端で俺を横目で見つめた。しかし、俺の顔は一切彼を振り返ることなく、冷たい表情のまま前を見据えていた。
「静かにして」俺は淡々と言った。
そして俺の手は徐々に赤黄色に熱を帯び、忍びのマスクをゆっくりと焼き払っていく。
そして……部屋中のパニックの最中、彼の声が響き渡った。
「ぐあぁぁぁっ!」忍びが苦痛に悶えて悲鳴をあげる。
忍び全員が一斉にその声の方向を向く……
……彼らは、俺が忍びの口を抱え込み、その全身が紫の炎に完全に包み込まれていく姿を目撃した。しかし俺の服には、ほんのわずかに紫の炎が燃え移っているだけだった。
「そこだ!」一人の忍びが叫ぶ。
即座に彼らは各自の腰から苦無》や手裏剣を取り出し、俺に向かって投げつけた。
武器が俺に向かって猛スピードで飛んでくる中……
……俺は背中に回した手から大きな黒い布を素早く取り出し、それを翻して自分の全身を覆い隠した。
ザクッ! ザクッ! ザクッ! 彼らの苦無》や手裏剣は木の壁に張り付いた黒い布に突き刺さった。しかし、そこに俺の姿はすでに無かった。
「チッ、また消えた!」
「相手はオーラ使いだ! ここから逃げろ!!!」一人の忍びがパニック状態で叫ぶ。
彼らが行動を起こす前に、突如として仄かな赤黄色の光が疾風のごとく滑らかに走り、彼らの首元を一人また一人と素早くかすめていった。
そして……ガラス窓を通り抜ける月光の下、俺はすでにそこに優雅に立ち尽くしていた。その出現はまるで一筋の影が立ち現れたかのようだった。
ヴォッ!……俺が立った瞬間、足元でも紫の炎が一瞬にして燃え上がり、二重の輪を描いた。だがその輪は完全な形ではなかった。
その時、俺の片手が五本の指で彼らを切り裂くかのように振るわれた。赤く熱せられた金属のように燃え盛る俺の手のひらから、紫の炎が軌跡を描いて伴う。
そして……
ゴォッ!! 炎が激しく燃え盛る音。彼らの首から噴き出した血は、黄色と紫が入り混じる炎となって空中に舞い散った。
そのまま彼らは倒れ伏し、周囲の紫の炎が広がり始めた。
その時、俺の首筋と頬に血管が青くくっきりと浮き出ていた。
木造の部屋が震える。周囲の空気は、俺が必死に抑え込んでいる怒りによって切り裂かれるかのようだった。
「逃げる? この俺から?」抑えきれない怒りを込めた重い声で、俺は下を見つめながら呟いた。
そして……
ガシャン! 木の壁に整然と嵌め込まれていたガラスが一斉に激しく砕け散り、一瞬、紫の炎が外へと舞い散った。
◇
ウィリアムが部屋のドアを出て帰路につこうとした時、彼は野望に満ちた思いを巡らせていた。
「まさか……私の手でアキラを殺すことになるとは……
勇者どもが魔王を倒した暁には、私の娘たちに命じてこの王国を滅ぼさせよう。
そして……この国は私のものになるのだ……」
部屋の中で起きた全ては一瞬の出来事だった。全てが終わった時、ウィリアムは出口のドアからまだ十メートルほどしか歩いていなかった。
間もなく……
ガシャン! 激しいガラスの割れる音がウィリアムの耳に届き、彼は先ほどまで俺がいた部屋のドアの方を振り返った。
「おかしい! 何の音だ?」ウィリアムは不審そうに呟いた。
ウィリアムは慌てて走り寄り、ドアを開けて何が起きたのかを確かめた。
「な—— !!!」ウィリアムは目を丸くして驚愕した。
そこには……
……テーブルの脇に沿って、忍びたちの死体が真っ直ぐ整然と並べられていた。まるで敷かれた木製の絨毯の両脇を死体が彩っているかのごとく。
忍びの死体はそれぞれ一輪の薔薇を抱きかかえており、一部は紫の炎に包まれ、一部は燃えていなかった。それはどこか優雅な死の印象を与えていた。
部屋のあちこちが紫の炎に包まれ、テーブルや板張りの床には割れたガラスの欠片が飛び散っていた。
椅子はどこかへ転がり落ち、倒れたワインボトルから床へ零れたワインが紫の炎を上げて燃えていた。
整然と並ぶ忍びたちの死体の合間には、床に突き立てられた俺の刀、先端が突き刺さった傘、そして同じく突き刺さった鉄の杖が鎮座していた。
俺はテーブルの上に優雅に腰掛け、左手をテーブルに預けながら、夜風になびく広い黒布を手にしていた。背後に整然と並んでいたガラス窓は全て打ち砕かれ、夜風が室内へと吹き込んでいた。
右手は胸元で一輪の薔薇を包み込み、まるで喪に服しているかのように、僅かに頭を垂れていた。
「……全滅だと……? こ……これは一体!」ウィリアムは自分の目が信じられないといった様子で声を発した。
「我が闇の世界へ、ようこそ」俺はウィリアムを見つめることもなく、静かに呟いた。




