1-3話 聖剣の守り人
「う~ん・・眠い。 流石に一晩中山の中を走るのはきつい・・」
祖父の無理な特訓に付き回されながらも寝ぼけた頭で無事に学校を終えたリアムは、今目の前に布団があればすぐにでも寝れる自信を持ちながら家に帰っていた。
「そういえばクレア先生、今日休みだったから、一日の授業がいつも以上にきつかった」
いつもならハキハキと喋るクレアであれば眠くても多少なりとも意識を保つことができるのだが、体調不良で休みと言う事もあり、よぼよぼでいつも何を言っているのか分からない校長先生が代理で授業を進めていたのだ。
小さい声でボソボソと喋る校長の声は、まさに揺り籠に揺られる赤ん坊に子守歌をうたっているような感覚を覚えさせるものがある。
「よし・・とりあえず今日はジジイに見つからないように部屋に戻って夕飯まで寝よう。 これはもう・・限界・・」
歩きながらでも寝てしまいそうな状態でようやく家が見え始めた時、家の入り口に立派な馬車が止まっており、その周辺には近所の人たちが物珍しそうに集まっていたのが見えた。
「・・なにあれ?」
「ん? あぁ! リアム君! おかえり~」
声をかけてきたのは隣に住む近所の元気なおばちゃん。
祖母とすごく仲が良く、いつも朝から晩まで一緒に縁側でお茶して喋っている。
「ただいまおばちゃん。 ・・で、あれなに?」
「それがよく分からないのよ。 せっかくアンナさんと楽しくお話をしてたのに急に訪ねてきてね?」
ここでおばちゃんが口にしたアンナとは祖母の事だ。
「なんでもエデンの政治に関わっているお偉いさんらしいんだけど」
「・・エデン?」
「そう! まったく、都会の人がこんな田舎になんの用・・ってリアム君!?」
おばちゃんの呼び止めも無視してリアムは急いで馬車の前まで駆け寄る。
車高が高く、何度か飛び跳ねて馬車の中を見ると、誰でも分かるくらい高級なつくりをしている。
さらには馬車の引く2頭の馬。
村の荷運びをしている馬と同種とは思えないほど大きく凛々しい姿は子供ながら呆気に取られてしまうものがあった。
これは間違いなくかなり高貴な人が来たに違いない。
リアムは急いで出入口から家の中に入り、いつも近所の人達を招く時ばかりに使う客間に足を運ぶ。
・・が、そこに普段なら祖母が手編みをしているか祖父が昼寝をしているはずの姿がない。
他に客を招くような部屋があるかと考えていると、稽古用の道場から人の話声が聞こえてきた。
誰にも悟られないように忍び足で道場に近寄り、換気用にある小さい窓から中の様子を伺うと、中には祖父と祖母が並んで座っており、その前に煌びやかなマントに色々な宝石のようなものを取り付けた服を纏った小太りな男と、猛獣のような巨体で顔の中心に大きな傷を付けた男の2人が座っている。
「それで? わざわざ官僚がこんな田舎に何用か?」
腕を組み声のトーンから歓迎していないオーラを出す祖父に、官僚であろう小太りの男は怖気る様子を見せずに返答する。
「そう邪険しないでくださいな。 ご連絡もなく突然な訪問をしてしまい大変申し訳ないと思っているのですが、何せ5年間も我々の提案を無視されては流石に直談判するしかないと思いましてな」
「ふん。 残念じゃったな。 あんな馬鹿な事しか書いていない手紙の事か。 あんなもん中身を確認してすぐに燃やしてやったわ」
提案など飲むわけがないと意気込む様子を見せる祖父に官僚は肩を落として首を振った。
「そんなこと仰らずに。 確かに貴方様からして見れば簡単な話ではないことは重々に承知しています。 ですが時間がないことは貴方様もご理解されているでしょう?」
「・・・」
言い返さないあたり官僚の言う【時間がない】と言う事は理解しているのか、祖父はただ睨み返すだけでそれ以上何も言う事はなかった。
静寂ではあるが肌を強張らせる雰囲気の中、祖父は官僚の横に座る巨体な男に視線を向ける。
「この男が気になりますか?」
それに気づいた官僚が小さく息を吐き巨体な男の話題を出した。
「この者は私の護衛として今回同行してもらったレオンというものです。 エデンで彼の事を知らない者はいないと言わしめる名声と剣の腕を持ちます」
「・・・だろうな」
「おや。 流石は剣聖。 この男を見ただけで実力がお分かりに?」
「さぁの。 ただ・・さっきから儂に向かって殺気を向けてくると同時にこの敷地に入ってから血の匂いをただ寄せておるからの。 ただ者でないことは理解できる」
「え? 殺気?」
隣にいる巨体な男に顔を向ける官僚が少し青ざめたような表情を向けるが、男はそんなことを気にも留めず祖父と視線を合わせた。
男は何かを言うわけでも祖父と祖母を襲うわけでもなくしばらく視線を合わせていると、瞼を閉じた。
その様子に祖父も何か理解したのか、何も言わずに再び官僚に視線を向ける。
「兎に角じゃ。 儂たちは貴様らエデンの提案を受ける事も了承することもない。 分かったらとっとと戻って上に伝えてこい」
「~~~ッ・・・わかりました。 今日のところは引き下がりますが、また明日も顔を出しに来ます」
そうして官僚は深くお辞儀をして巨体な男を連れて家を出た。
「・・さて、いつまでそこにおるつもりじゃ馬鹿者」
視線だけを小窓に向けて聞き耳を立てていたリアムに道場の中に入るように声をかけてきた。
一体いつから気づいていたのかと思っていると「最初っからじゃ」と心を読まれたように答えられた。
「それで、いつから聞いておった?」
「えっと・・なんか提案がどうのこうのってとこから」
一応素直に答えると、祖父は小さく息を吐く。
「まぁ、お前にもいずれ聞かれる話じゃからな。 良い機会だったのかもしれん」
祖父は服の袖から一枚の手紙を取り出してリアムに手渡す。
手紙の判にはいかにも偉い人が出したように分かる立派な鷹の型が押されており、宛先にはホーリー様と記載されていた。
「それはエデンの政治家たちが送ってきた提案と名ばかりの報告書じゃ」
「報告書?」
「あぁ、エデンの奴らはの。 儂たちホーリー一族を由緒正しく守られてきた聖剣が眠る土地を明け渡せと書かれておる」
「この土地を? なんで?」
「さぁの。 ただ明け渡すように書かれているのと、土地を明け渡した対価の報酬だけしか書かれておらぬ」
「ふ~ん」
まだ難しい文字と意味は完全に理解できないが、確かに手紙の内容をある程度見てみると、確かに祖父がいうように土地を明け渡してほしいという内容が記載されている。
「・・・へ?」
「ん? なんじゃ。 気になることでもあったか?」
「へぁ? い、いやいやいやいやいやいや! なんでもない! あっ! そうだ! 俺宿題あるんだった! 部屋に戻って勉強してくるわ! じゃ!」
有無を言わさずに道場を走り去るリアムの後ろ姿を、祖父はただポカーンと口をあけて眺めているしかなかった。
(まってまってまって! この手紙に書いてる内容マジなの!)
部屋に戻ったリアムは思わず持ってきてしまった手紙をもう一度見る。
最初の文面は正直小難しい話でよく分からなかったが、問題は最後の土地を明け渡した際にホーリー家に渡される対価。
「土地を明け渡した際には多額な報酬とエデンへの居住場所と土地、そして家を譲りますぅぅぅうううッ!!??」




