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彗星のように  作者:
21/26

放課後陰陽道塾④

「また明日」

「じゃあな」


 夕陽が沈む方へあいつらは去っていく。あいつらを見送って俺も家路を急ぐ。

 ここ一週間くらい亜貴の事で、頭がいっぱいだった。あいつの騒動が一段落して、胸の内がふっと軽くなる。

 そういえば、晩飯はなんだろう。ほかほかのご飯に温かいみそ汁。食欲がそそられる。早く帰らないとな。

 でも、この頃は温かい飯を食べられていなかった。何故だろう。そうだ、彗との修行で帰宅が遅くなっていた。そのせいで、帰る頃には飯が冷めている。


……彗


 あ、やっべぇ。遅れちまう。今日も温かい飯はお預けだ。たまにはoffの日も欲しいな。


「遅かったですね」

「ごめん、忘れてた」

「もう、しっかりしてくださいよ……まったく」

「すまない」

「その様子だと亜貴さんのことは解決したようで良かったです」

「彗が色々教えてくれたおかげだ。ほんとにありがとな」

「お礼なんていりませんよ。それに貴方を陰陽師として教育するのにはいい機会でしたから。やはり人を動かす原動力は感情……ふふ」


 思惑が口に出ている。いつもこうやって呼吸するように毒を吐いてくる。

 他人の前ではそんなことを言わず、清楚な巫女としての威厳を保てている。だけど、俺の前は容姿端麗なのに口が悪い。俺に安心感を抱いているのだろうか。

 彗を好きな身からすると、そうだったら嬉しいな――


「さ、ぼんやりしてないで始めますよ」

「あぁ、今日は何をするんだ」

「今日はですね……」


 今日もいつもみたいに彗の鍛錬を受けて帰るのだろう。そして、御許さんが俺を家に送ってくれて……

 そんな最近の日常を考えていた。

 彗の言葉を遮るようにスマホの着信音がけたたましく鳴る。いつもメールで済ませているので、この音は聞きなれない。いったい誰からだろう。

 スマホに表示された名前は京介――

 京介から電話がかかることは一度もなかった。なんだか、胸元のあたりがざわざわする。


「彗、すまねぇ。少し電話してくる」


 あたふたしている俺を見て察してくれたのか彗はすぐに了承してくれた。

 俺は恐る恐る通話ボタンを押した。


「もしもし……」

「実はなぁ、あ、亜貴が病院に運ばれたって亜貴のお袋から聞いたんだけど……お前何か知ってるか」

「あき……あの亜貴が病院に運ばれた!?俺を驚かせようにもそれは不謹慎すぎるだろ」

「ほ…ん…となんだ。俺も亜貴のお袋から聞いて最初は「そんなことないだろ」と思っていたけどあっちの様子がやけに慌ただしくてさ」

「それで何があったんだ」

「俺にもまだ何も……亜貴が行った病院先は伝えとく。星ヶ嶺総合病院だ。また後でな」


 唐突にそんなことを言って、プツンと電話が切れた。

 頭の中をその言葉が何度もめぐる。亜貴が病院――

 俺はその場に立ち尽くしてしまった。


「何かありましたか」

「ちょっとな。俺、行かなきゃいけないところがある。もう、今日はできそうにない」

「分かりました。何か事情があるのですよね。今日はこれで終わりにしましょう」

「すまねぇ」


 俺は彗を背にして病院へと向かう――


「おーい、こっちだ」

「あぁ、京介」

「で、何か分かったか」

「病室に行ったら話す」


 俺は京介について病院の中を歩いていく。その間も絶えず、胸騒ぎがする。

 病室に入ると、そこには亜貴のお袋、そしてベッドで眠る亜貴の姿があった。

 どこか噓であってほしいという希望は、この現実の前に散っていく。


「亜貴……さっき別れたばかりなのに、なんでこんな」

「みんな、来てくれてありがとう。きっと、亜貴も喜んでるよ」


 こういう台詞は、ドラマやアニメの中だけでしか聞くことがないと思っていた。なのに本当になってしまうとはな。


「それで、亜貴に何があったんですか」

「帰ってる途中で、急に倒れてしまったらしいのよ。丁度、そこにいた人が救急車を呼んでくれたらしくてね。その人がいなかった今頃この子は……」

「それで原因は分かったんですか」

「原因は、まだ分からないのよ」

「そうですか……」


 亜貴の寝ている様子を見ていると、すぐにでも起きるんじゃないかと思う。でも、一向に起きる気配がない。そう思うと「このまま一生起きないんじゃないか」という考えが頭によぎる。

 昏睡状態の亜貴がいつか起きるという希望がそばに置かれた心電図にたくされる。この波が動いている限り、眠っていても亜貴が生きていると分かる。

 この波がどうか止まりませんように。

 彗から色々なことを教わったが、生命の営みの前で俺に出来ることは祈ることぐらいだった。俺の無力さを思い知らされるのだ――

 病室の窓を開けると凍てつくような空気が入ってくる。もう秋も終わり……

 最近まで聞こえていたはずの虫の音が聞こえない。虫の音が無い分、何かが終わってしまいそうな気配が大きくなっていく。


「人のけがれが滞るここに、清き風よ……舞い踊れ!」


 これで何か起こしてしまいそうな不安は、この部屋から外に出て行っただろう。

 この状態の亜貴が風邪を引くのもよくないので、すぐに窓を閉めた。


「今のはなんだい」

「これは亜貴がよくなるように、と込めたまじないみたいなものです」

「おばさん、ちょっと驚いちゃった。いつの間にか大きくなったんだね、健司くんに、京介くんに、亜貴も……」


呪いを唱えて空気は良くした。でも、亜貴を見ていると不安がつのっていきそうだ。この空間に居ずらさを感じる。


「俺はそろそろ帰りますね」

「それじゃあ、俺も」

「今日は亜貴に会いに来てくれてありがとう。もう、夜も遅いから気を付けてね」


 病室を出て、廊下を歩いていると向こうから誰かが歩いてくる。お医者さんか、看護師さんだろうと思って気にも留めなかった。

 近づいていくと、そのシルエットがはっきりしてくる。

 巫女服にその身を包み、白髪の姿は彗だ。


「奇遇ですね、健司さん」

「なんで、彗がここに……」

「お見舞いですよ。ただ、怪異が絡んでいる人のね」

「怪異が絡んでいるってなんだよ」

「前にお話ししましたよね、私の元バディの方が怪異のせいで入院しているって」

「なんだ、そのことかよ。びっくりさせないでくれ」

「なんだとは失礼ですね。ま、そちらの方にも少し用があってきたのですが……。健司さん、明日の9頃に星ヶ嶺大社でお待ちしています」

「あ、それは……」

「二人って付き合ってんの」

「「付き合ってない!」」


 そして、俺たちは別れた。夜も遅く、お互いに家路を急いだ。

 あの発言の後に京介が反応しなかったのは意外だったけど、こんな時だからそんな気力もないか。

 彗がここに来たのにも驚いたな。彗がお見舞いに来たのは元バディさんということで、少し安心した。

 さっきまで彗と話していたはずなのに会話を何一つ思い出せない。理解したくなくて拒絶したのだろうか。

 彗には「明日、来い」と言われたけど、今のセンチメンタルでは行けそうにもないな。

 嗚呼、早く良くなってくれよ。亜貴――

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