放課後陰陽道塾③
星ヶ嶺大社の境内にたどり着いた。
だが、彗の姿がどこにも見えない。
少し待っていると、俺が上ってきた階段の方から人の気配がした。
彗だ。
「遅くなってすみません……今日はやけに早いですね」
「たまには、早く来てみようと思って」
亜貴のことを早く彗に聞きたくて来たんだ。
でも「亜貴が生霊の主」と答えられるのが怖くて言い出せない。本当は、独りよがりな考えで不安が大きくなる前に聞いておきたかった。
聞きたいのに、聞けない。このもどかしさが俺の胸を締め付けていく。
「今日は何を教えましょうか、ふぅん。昨日は、空気の見方を教えたので、浄化の方法にしましょう。さ、眼鏡を取ってください」
「嫌だ!」
眼は見たくないものまで映してしまう。それがどうしょうもなく恐かった。彗はそんな事を知らず眼鏡のフレームに手をかける。
「空気の色が見えないと教えられません。だから、外してください」
頑なに外そうとしないのを見て、フレームから手を離す。
「何かありましたか」
彗の声が俺の心に問いかける。その声につい、口を滑らせた。
「なぁ、彗。生霊の主を知ってるって言ったよな」
「ええ、言いましたよ」
「亜貴は……生霊の主じゃないよな」
「あぁ……気づかれましたか」
……へっ
「あの方の周りに紫黒の空気が見えました。生霊を祓っても、その空気は消えなくて……」
「彗も嘘つくのか」
「私は、事実を述べているだけです」
その言葉に動揺を隠せない。
亜貴が、あの亜貴が生霊を飛ばすはずが……
あいつが生霊を飛ばすほど、人を恨んでいるところを俺は見たことが一度もない。
きっと、京介も彗も俺を脅かしたかったんだろう。これが現実だったら受け入れられない。
なんだか、頭が狂ってしまいそう。
「アハハ、アハハ……そんなわけがない。アハハ、アハハ……」
パシッ!
彗の強烈なビンタを顔に食らった。親にもされたことがないのに……
「痛った、いきなり何するんだよ」
「はぁ、正気に戻って……良かった」
その顔は、少し涙ぐんで安心していた。
「いい加減、現実を見てください。現実受け入れないと亜貴さん、助けられないでしょ!」
「でも……」
「いつまでも蛆虫みたいにうじうじしないでください。反吐が出ます」
ここまでされたら、現実だと受け入れられる。この現実と向き合わなければ、問題を解決できないことくらいは分かっていた。
ただ、喉につっかえていたものが取れなかっただけなんだから。
「もう問題ない」
「それじゃあ、眼鏡を外してください」
まだ少し恐かったけど、現実と向き合うために眼鏡を取った。
眼鏡を取ると、やはり色のついた空気が宙を舞っている。
「眼鏡外したけど……」
「えらいですよ。よしよし」
さっきみたいにまた壊れないように、よしよししてくれたのだろう。
でも、俺は認められた気と好きな女の子によしよしされたのがとっても嬉しかった。亜貴を助けなきゃいけないって時なのに、下心が出る俺を許せない。
「それで、どうやって空気を浄化するんだ」
「一旦、見ていてください。人の穢れが滞るここに、清き風よ……舞い踊れ!」
彗がそう言うと色のついた空気が空高く舞って、消えていった。
ここから、どんよりとした感じが消えて澄んだ空気が流れ込んでくる。清々しい。
「透き通った感じがしますね」
「そうだけど……どうやってやった」
「ただ呪文を唱えるだけですよ。前に祓いの呪文ができた貴方ならできるでしょう。一旦、やってみましょう」
そう言うと、懐から壺を出す。
昨日、俺はあの壺の中に入っている穢れた空気に気絶させられた。その記憶が脳内に蘇って身体がビクンと震える。
「壺の蓋を取ったりなんてしないよな……頼むからそれだけはやめてくれ」
俺の声に耳を傾けず、慣れた手つきで蓋を取ってしまう。
瞬時にその場が紫黒の空気に支配される。気分が悪い。
頭をフル回転させて、彗の唱えた呪文を思い出す。
「人の…穢れが、滞る…ここに、清き風よ………舞い踊れ!」
そう言うと、靄は晴れていく。彗は、いつの間にか遠の方へ離れていて、俺を見ていた。俺が靄を払ったのに気づくとこっちに走って来る。
「何であっちに居たんだ」
「巻き込まれたくないんで、蓋取ってすぐにあっちに行きましたよ」
「良くやりましたね。よしよし」
俺がちょっと苛々していたのを見越したのか、今日、2度目のよしよしをする。
「今のは、亜貴を救うのに役に立つのか」
「亜貴さんの周りを漂う空気を追い払うくらいは出来ますよ」
「そうか……昨日、彗には解決できないって言ってたけどどういう事だ。彗は俺よりも能力あるだろ」
「生霊というのはその人の心の問題を解決しない限り、何度祓っても生まれ続けるっていう話はしましたよね」
「その話は聞いたけど、それがどうって言うんだ」
「だから、祓う能力があったところで、亜貴さんの心の問題は解決できないです。亜貴さんと親しい貴方や友達の方にしか解決できないんです。だから、あなたがたで頑張ってください」
「色々ありがとな」
「いきなり何ですか」
「ウジウジしてた俺を励ましてくれたり、役に立つこと教えてくれたじゃん」
「あれはただ、貴方を陰陽師として教育しただけですから……」
そう言い捨てると、スタスタと家へと去っていった。
「それでは帰りましょうか」
何で御許さんは、こうもタイミング良く居るんだろう。超能力者なのだろうか。
「いつもありがとうございます」
明日こそ、亜貴から生霊を飛ばすほどの感情を鎮めてやりたい。




