放課後陰陽道塾②
「昨日は、貴方に不快な思いをさせて申し訳ありませんでした」
神社に来ていきなり彗に謝られた。
「どうしたんだ」
「だから、その……怪異を弄んでいたのがはしたないと思いまして」
確かにあの時の彗は子供が悪戯するような感覚で怪異を傷つけたり、回復させたりしていた。
……少し怖かった。
「昔、怪異と何かあったのか。じゃなきゃ、あんな事しないと思うが」
一瞬、目が泳いだ。やっぱり、あれをするにあたる理由があるんじゃないか。
「いえ、何もありませんよ。陰陽師にとってあれは効率がいいんです。心を無にして出来ますから」
「あの時の彗の顔は少し歪んでいたんだぜ。本当に何も無かったのか」
彗は「しつこいですね」と引き気味だったけど、少し考えてから話を切り出した。
「誰にも話しませんか」
「嗚呼、話さないぞ。彗の頼みだからな」
「約束してくれるなら」そう言って重たげに話す彗は何処か辛そうだ。
「私が中学生の頃に一緒に除霊をしてくれる方がいたんです」
俺の前にもそういう人が居たんだ。でも、今は俺が彗と除霊をしている。
……ということは。
「私の元バディはとある怪異に巻き込まれて……」
「その人は逝ってしまったのか」
「生きていますよ。ただ、生気が吸われて植物状態になって入院中です」
「医者はなんと」
「原因は分からないと……怪異案件だから仕方ないですよね」
彗は辛い思いをしているんだな。
「それで怪異を憎んでいるんだな」
「憎んでいるって訳でもないですけど……」
あの顔は怪異を恨んでいる顔だった。全く、どこまで本心を隠したいんだろう。
「その怪異は祓えたのか」
「いえ、今もどこかを放浪していると思います。だから、昨日みたいに怪異に同情するのはやめてくださいね」
強い眼差しで念押ししてくる。俺はくれぐれも怪異に同情しないように心に誓った。あの人のように植物状態になるのが嫌っていうのもある。でも、一番嫌なのは彗を悲しませることだった。
「さ、前置きも長くなりましたね。今日は何を教えましょう」
えっ、今のが前置き。彗のことが知れるとっても大事なところなのに!?
「昨日みたいなのはやめてくれよ」
「分かっていますから。では、あれにしましょう」
俺は本殿の賽銭箱の近くに案内された。ここで何をするというんだろう。
「ここの空気、ちょっと淀んでいますよね」
言われてみればそんな気もする。でも、気がするくらいでどんな風に空気が淀んでいるかは分からない。
「そうは思うけど、こういうのって当たり前の事じゃないか。街とか行けばこんな所ばかりだし、どうしようもないだろ」
「それです。そういう気の揺らぎにも気にしてください」
「だから、気にしたって……」
急に空気の淀みが晴れていく。森のように澄んでいるようで、空気がおいしい。
「今、何かしたか。空気が綺麗になった気がするんだけど」
「こういう事もできるんです。これには気の揺らぎに敏感にならないと……まあ、「空気の淀みが当たり前の事」とか言って、感覚を研ぎ澄まさない誰かさんにはいつまでも出来ないでしょうけど」
「俺もそれをできるようになりたい。でも、空気の淀みの正体が何なのか分からない、教えてくれ」
「分かりました。やっと貴方もやってくれる気になりましたね、感激です」
「待ってました」と言わんばかりの顔をしている。俺は彗の策略にまんまとはめられたか。彗の操り人形のようになるのは不甲斐ない。
「この空気の淀みを端的に言うと、人間の感情ですね」
全く理解できない。空気に人間の感情が流れているとはどういう意味だ!?
どうやら俺は間抜け面をしていたらしい。彗がニマニマしているから。
「失礼。そのちんけな頭では何言ってるか分かりませんでしたよね。貴方にも分かるように説明してあげます」
さっきの説明で誰が分かるっていうんだ。あれで分からないと「ちんけな頭」なんて言うのは、乱暴すぎる。
「貴方も辛い事があった日は心が重く感じたりするでしょう」
「友達と喧嘩した次の日には、そんな事を忘れてるみたいなことか」
「そんな事です。私たちが呼吸する時に、感情も吐き出しているんです。それに、深呼吸すれば怒りがおさまるなんて話を聞いたことありませんか」
「それが、空気の淀みは人間の感情ってことか。どうやって見るんだ」
「視認するには生まれつきの能力が影響しますが、怪異が見えれば感覚を研ぎ澄まして見えるようになるでしょう」
今の俺には空気は透明で淀みなんて見えない。本当に見えるようになるのかな。
刹那、周りが紫の煙霧に包まれた。息苦しいほどに強烈な負の感情を感じる。それが胸の奥に流れ込んできて、吐き気がこみ上げる。
こんなものどこからやってきたんだろう。怪異の仕業だろうか。
早くここから出たいとばかりに走った。だが、霧が身体に絡みついてくる。走っても、走ってもこの中から抜ける気配がない。
息ができなくなってきた。走ったせいで体力ももう無い。視界が霞んでいく。
だんだん、瞼が重くなって……
◆◆◆
気が付くと社殿の縁側で寝かされていた。すぐ目の前の彗にうちわを仰がれる。心地良い風が頬を触る。
「目を覚まされましたか」
「嗚呼、それでさっきのは何の怪異だったんだ」
「さっきのは……私がやったんです。苦しめるつもりはなかったんですけど、あれを鎮めるのに戸惑ってしまったんです。すみません」
起き上がって近くを見渡す、『封』と書かれた紙が張られた壺が見えた。あれに悍ましい負の感情が入れたんだな。
「それで、何か見えませんか」
そう言われると、透明だったはずの空気が緑や青に見えた。目を擦っても薄く色がついている。
俺、どうしちゃったんだ。
「困惑していますね。最初はそうなるでしょ、私もそうでした」
「なんか、視界が緑っぽいんだけど……」
「それが人の感情の色です」
後ろから彗に眼鏡をかけられた。眼鏡をかけられると空気はすっかり透明に戻っている。
また眼鏡を外すと空気が緑色になる。
「この眼鏡は?」
「それは、感覚を遮断する眼鏡です。私なら眼鏡を付けなくても感覚を遮断したりできますが、貴方はそれを付けていてください……予想通り、眼鏡が似合ってる」
最後に変な事言われた気がする。でも、小声で聞こえなかった。
「それで、この感覚はなにに役立つんだ?」
「亜貴さんに憑いた生霊の主を探しているんでしょ」
「そうなんだ。早く解決してやりたくてさ」
「生霊というのは負の感情の集合体です。空気の淀みが見えれば生霊がどこから出ているかくらいは分かると思います」
彗は元々、見えていたはず……
なのに何故解決してやらなかったんだろう。
「彗、生霊の主を知っているんじゃないか」
「知りませんけど」
「嘘だ。元々、空気の淀みが見えていたんだろ」
「嗚呼、気づかれましたか。貴方が力をつけるために良いと思って。それに、私にはあれを解決出来ませんもの」
友人を俺の修行に使ったのは許さない。亜貴本人にも生霊の主を言わなかったのは酷いと思う。
彗でも解決できないとはよほど強力なんだろう。でも、今はそれよりも早く解決してやりたい。
「亜貴に憑いた生霊の主は誰なんだ?教えてくれよ」
「それは……教えられません。貴方が見つけてください。きっとすぐに分かりますよ。これで終わりにしましょう。今日は早く帰ってください」
そう言い残して、彗は家へと去っていく。
辺りは暗くなっているし、俺もそろそろ帰ろうか。
そして、後ろを振り向く。
「うわっ、いつからそこにいたんですか」
「さっきから居ましたよ」
そこには御許さんが立っていた。
「それでは帰りましょうか」
「今日も送っていてくれるんですか」
「お嬢様の言伝なので当然です」
こうしてまた、御許さんに送ってもらってしまった。気遣ってもらって悪いな。
でも、彗の不安を取り除くにはこれが一番なのだろう。
明日ぐらいには生霊の主を見つけて解決したいな。




