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84話:完璧なセーブ――私の選んだハッピーエンド

 アステリア特別区の独立、そして世界の理を書き換えたあの日から、ちょうど一年。

 王都『セント・ルミナス』の夜空は、私が設計し、ハシム様の商会が量産した最新の『魔導花火』によって、かつてないほどの色彩の暴力カタルシスに包まれていた。


 石畳の街路を埋め尽くすのは、帝国の軍服を脱ぎ捨てて笑い合う兵士たち、そして教会の重圧から解放され、自由に歌い踊る民衆の波。

 街中の街灯は、シルの聖なる魔力を中継した黄金の輝きを放ち、広場に設置された巨大スクリーンには、アリア様がこの一年の平和を祝して歌う『希望の調べ』が映し出されている。


「……ふふ。……壮観ですわね。……一年前、処刑台の露と消えようとしていた悪役令嬢が、今や一国の『建国の母』……いえ、この世界の愛されるべき『創造主エンジニア』になったのですわ!」


 私は、城のバルコニーから、宝石箱をひっくり返したような街の灯りを眺め、満足げに扇子を広げた。

 私の開発したインフラが世界を繋ぎ、私のデバッグによって悲劇のシナリオは霧散した。……今、私の目の前にあるのは、前世のゲーム『純七』のどのルートにも存在しなかった、私だけの『トゥルーエンド』そのものだった。


「……リリアーヌ様。……こんなに、……こんなに世界が優しくなるなんて、私……夢を見ているようですわ」


 隣でバルコニーの欄干に手をかけ、夜風に金髪をなびかせていたアリア様が、慈しむような瞳で私を見つめた。

 彼女の指先が、私の手にそっと重なる。その温もりは、かつてのシステムの冷たいノイズではなく、一人の少女としての、生きた血の通った親愛の証だった。


「……リリアーヌ様。……貴女が私の手を引いてくださったから、私は今、こうして自分の足で立ち、自分の声で歌えています。……どんな未来が来ても、……たとえ空が落ちてきても、私は貴女の隣で、貴女の信じる世界を歌い続けますわ。……ずっと、……ずっと私の、唯一のお姉様パートナーでいてくださいね」


 アリア様がはにかむようにして、私の肩にその小さな頭を預けてきた。

 

(……はぁぁ……。……尊い。……これよ! ……Wヒロインが互いの存在を全肯定し、永遠を誓い合うこの瞬間! ……前世の私が課金してでも見たかった、究極のエピソードだわ……!)


「……ええ、アリアちゃん。……約束ですわ。……貴女が笑うこの世界を、私は私の全知全能を以て、永遠にアップデートし続けて差し上げますわよ」


 私は彼女の柔らかな手を握り返し、一点の曇りもない多幸感に浸った。

 

 その時。

 バルコニーの影から、絶対零度の冷気と共に、帝国最強の公爵――ゼノス・ガルディナが姿を現した。

 彼は軍服を完璧に着こなし、その胸元には、私が彼に贈った特別な『魔導通信機』を勲章のように誇らしく飾っている。


「……アリア殿。……悪いが、この後の時間は私が買い取らせてもらった。……リリアーヌ。……君に、どうしても見せたい景色がある。……ついてきてくれるか?」


 ゼノス様が、跪いて私の手を引く。

 その瞳には、一年前の冷酷な拒絶など微塵も残っていない。

 ただ、手に入れた唯一の光を、一生をかけて守り抜こうとする、狂おしいほどの情熱と執着だけが、静かに燃え上がっていた。


 ゼノス閣下は、私の細い手をその逞しい掌で包み込み、城の最上階――王都を一望できる『天啓の尖塔』へとエスコートした。

 そこは、かつて教会の高官たちが神の託宣を待つために使っていた、地上で最も星に近い場所。けれど今、そこにあるのは冷たい偶像ではなく、私が設置した温かな魔導の灯火と、眼下に広がる数百万の「幸福な営み」だった。


「……リリアーヌ。……一年前、私は君を処刑台へ送るために剣を握っていた。……だが、君は私の凍りついた冬を溶かし、この世界に新しい春を……いや、眩しすぎるほどの黄金の時代を連れてきてくれた」


 ゼノス様が、私の正面に立ち、その場に静かに片膝を突いた。

 帝国最強の守護神、冷徹な氷の公爵。その彼が、一人の少女を見上げる瞳には、もはや隠しきれないほどの深い、深い、狂おしいまでの熱情が宿っていた。


「……君の知性、君の傲慢さ、君の……私を『駒』として完璧に使いこなすその手触り。……すべてが、私の魂にとって唯一の救いだ。……リリアーヌ。……帝国の全領土、私の全魔力、そして……私の残された全人生を、君に捧げよう。……私の隣を、永遠に君の居場所にさせてくれ」


 ゼノス様が差し出したのは、帝国の家宝をリメイクし、シルの鱗粉を練り込んだという『永遠の誓い(エターナル・セーブ)』の指輪。

 

(……ギャーー!! ……帝国公爵による、全領土を賭けたガチのプロポーズ! ……これ、乙女ゲーなら絶対に『トゥルー・ハッピーエンド』の最終スチルだわ! ……背景の花火も、作画も、すべてが完璧……!!)


 私が感極まって頷こうとした瞬間、背後の影から、祝福と執着が入り混じった涼やかな声が響いた。


「……おめでとうございます、お嬢様。……公爵閣下のその重すぎる誓い、私が影の証人としてこの世界の全記録に刻み込んで差し上げましょう。……お嬢様が選んだ未来が、この『完璧な幸せ』であるのなら……私はどこまでも、その影を支え続けるのみです」


 シオンが影の中から音もなく現れ、私たちの周囲に、誰にも邪魔されない「絶対的な守護の結界」を編み上げた。シオンの瞳には、お嬢様が最も輝く瞬間を完成させたという、執事としての至上の悦びが満ち溢れていた。


「……ありがとう、ゼノス閣下。……シオンも。……私、……今、本当に、幸せですわ。……これ以上のハッピーエンドなんて、この世のどこにもありませんもの!」


 私はゼノス様の手に自分の手を重ね、夜空に向かって高らかに、勝利と愛を宣言した。

 

 祝宴の喧騒を遠くに聞きながら、私はシオンにエスコートされ、自室へと戻った。

 扉を開けると、そこには既に祝祭の疲れで泥のように眠っているアルベルトと、その腹部を枕にしてスピー、スピーと平和な寝息を立てるシルの姿があった。


「……あら、アルベルト。……本当に、お疲れ様。……シルも、今日も最高に可愛かったですわよ」


 私はそっと二人の頭を撫で、窓の外に広がる平和な王都の灯りを見つめた。

 

 アリアは自由になり、ゼノスは私の隣にあり、シオンは私の影となり、ハシムは私の資産となり、……そしてシルとアルベルトは、私の日常を守っている。

 一点のノイズもない。

 一欠片のバグもない。

 私が望み、私が課金し、私がデバッグした、完璧な、完璧な世界。


(……ああ。……これこそが、私の探し求めていた、真のコンプリート・データ。……私の物語は、ここで美しく、完成いたしましたわ……)


 私は、枕元に愛用の『シル・フォン』を置き、自分自身に満ち足りた微笑みを向けた。

 

「……おやすみなさい。……明日も、ずっと……この幸せな夢の続きを……」


 私は、深い、深い、幸福な闇へと落ちていった。

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