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第73話:七つの誓いの断片――第一の封印解除

 王都に建設した『魔導映画館』の熱狂が冷めやらぬ中、私は王城の地下に新設した『魔導演算センター』に籠もっていた。

 周囲には、ハシム様が「君の知性の燃料にしろ」と惜しげもなく提供してくれた最高級の魔石が山積みになり、アルベルトが涙目でハンダ付けした巨大な演算サーバーが、低く、力強い駆動音を上げている。


「……ここを、聖域で回収したクリスタルの破片と同期リンクさせて。……全パケット、再構築リビルド……!」


 私の指先が、空中に投影された青白い数式の間を激しく踊る。

 画面には、かつてアリア様を縛っていた『七つの誓い』……その崩壊したはずのプログラムの断片が、ジグソーパズルのように組み合わさっていく。


(……ふふ。……ルカ様は『誓約は消えた』と言ったけれど、消えたんじゃないわ。……私が『デバッグ(解体)』したことで、世界を縛るエネルギーから、一人の男を解放するための『鍵』へと書き換えられたのよ……!)


 その時だった。

 

 ――チリン、と。

 

 サーバーの中心部から、水滴が水面に落ちたような、清廉な音が響いた。

 

 画面に映し出されたのは、真っ黒な闇の中に浮かぶ、一本の『光の鎖』。

 それが、私の魔力に触れた瞬間、まばゆい銀色の光を放ち、実体化して私の手元へと零れ落ちた。


「……これが、『第一の封印・孤独の鎖』の残滓……?」


 私は、掌に残る冷たい、けれどどこか懐かしい感触に目を見開いた。

 

 その瞬間。

 私の脳内に、前世で一度だけ見た「設定資料集の没カット」の映像がフラッシュバックする。

 ――暗い水底で、一人の青年が、この鎖に繋がれたまま、ただ静かに「プレイヤー(私)」を見つめていたあのスチル。


「…………リリアーヌ。……また、私に隠れて『危険な火遊び』をしているな」


 背後から、室温を一気に氷点下まで下げるような冷気と共に、ゼノス公爵が姿を現した。

 彼は軍服を少し崩し、不機嫌そうに私の手の中にある『銀の鎖』を解析眼で射抜いた。


「……閣下。……これは、ただの演算結果の副産物ですわ」


「……嘘をつけ。……その鎖から漂う魔力の質。……この世界の誰のものでもない、不気味なほどに純粋な『個』の匂いがする。……リリアーヌ、君は、あのルカさえも手を出せなかった『深淵』に触れようとしているのではないか?」


 ゼノスが私の背後に回り込み、私の首筋に冷たい指先を這わせた。

 彼の独占欲は、聖域の決戦を経て、もはや隠すことさえ不可能なほどに剥き出しになっている。


「……私は君を救うために、神の理さえも凍らせた。……それなのに、君はまだ、私の知らない『誰か』を求めているというのか」


「……っ、……閣下、近いですわ。……今は物流ルートの計算で忙しいんですのよ!」


(……ギャーー!! ゼノス様の『束縛モード』が、物理的な鎖を見てさらに加速しちゃったわ! でも、この銀の鎖……これこそが、最推し様が眠る『海の底』への招待状なのよ……!)


 私は慌てて話題を逸らすように、別のモニターを起動させた。

 

「……見てください、閣下! この『第一の封印』から抽出したエネルギーを使えば、海上ルートを妨げる『永遠の嵐』を無効化デバッグできるんですわ! ……これで、帝国と諸島連合を繋ぐ、巨大な海上輸送網が完成しますわよ!」


「…………。……物流か。……君がそう言うなら、今は信じよう。……だが、その鎖を、肌身離さず持っているのは許さん。……没収だ」


 ゼノスが私の手から鎖を奪い去ろうとした、その時。

 室内の影が爆発するように膨れ上がり、ゼノスの腕を影の触手が絡め取った。


「…………閣下。……お嬢様の私物に勝手に触れるのは、教育しつけがなっていないようですね。……その鎖は、お嬢様が大切にされている『宝物』。……たとえ貴方であっても、奪うことは許されませんよ」


 シオンが影の中から不気味な微笑みを浮かべて現れ、私の手から銀の鎖をそっと受け取ると、それを私の首にかけるようにして、影の結界で保護した。


「……お嬢様。……これがあれば、お嬢様が夢に見た『海の向こう』へ行けるのですね。……ならば、私がその波をすべてなぎに変えて差し上げましょう。……お嬢様の進むべき道は、常に私の影が支えておりますから」


(……シオン。……貴方、相変わらず私の考えを読みすぎよ。……でも、これで第一のステップは完了。……次は、海上ルートの視察という名目で、あの『水底の祭壇』へ向かう準備を始めなきゃ!)


 その時、私の端末シル・フォンの画面が、一瞬だけ青く発光した。

 

 ――『……見つけたよ。……私の鎖に、触れてくれたんだね』

 

 音のない声が、私の脳髄に直接響き、甘い痺れが走る。

 

 聖域の崩壊は、終わりではなかった。

 リリアーヌが手にした『断片』は、世界の理をさらに激しく書き換え、彼女を、そして狂愛を捧げる男たちを、未知なる深淵へといざなっていく。


「……さあ、皆様! ……明日からは、世界一の『豪華客船』の設計に取り掛かりますわよ! ……海の底の掃除も、忘れずにね!」


 私は、首元で冷たく光る銀の鎖を握りしめ、不敵な笑みを浮かべた。

 

 悪役令嬢リリアーヌの「最推し救済計画」。

 第一の封印が解かれ、物語は青き深淵の海へと、その舞台を広げていく。


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