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第72話:魔導映画館の建設――推しの尊さを大画面で

 聖都奪還から数日。アステリア特別区の復興は、ハシム様の圧倒的な資金援助と、私の魔導技術によって、恐ろしいほどの加速を見せていた。

 だが、ハード面の整備が進めば進むほど、私の心にはある「渇き」が生まれていた。


「……足りませんわ。圧倒的に足りていませんわよ、アリアちゃんの供給が!」


 私は王城のテラスで、焼き立てのスコーンを頬張るアリア様を眺めながら、拳を震わせた。

 今や王都全域に『魔導波』が飛び、誰もが手元の端末でアリア様の動画を見られるようになった。……けれど、それはあくまで個人の楽しみ。

 オタクの真骨頂は、同じ志を持つ同志たちと、巨大なスクリーンで、最高の音響と共に推しを「共有シェア」することにあるのだから!


「……リリアーヌ様? さっきから、少しお顔が怖いですわ……。私の食べ方が汚かったかしら?」


「いいえ、アリアちゃん! 貴女は存在しているだけで芸術アートですわ! ……決めましたわよ。この王都の広場に、世界初の『魔導シネマコンプレックス』を建設いたしますわ!」


(……ふふふ。……前世の映画館の構造を、私の魔導演算で再構築して差し上げますわ。……三次元投影(3D)機能、全座席に最高級のクッション、そしてシオンの影を使った『完全遮光システム』……。これこそが、新時代のエンターテインメントよ!)


 私はさっそく、不眠不休で魔導回路を刻み続けているアルベルトを呼び出し、王都の目抜き通りにある空き地に、巨大な白い壁――スクリーンを設置させた。


「……師匠。……これ、ただの白い板じゃありませんよね? ……裏側に仕込まれたこの感応石、私の魔力じゃ一瞬で干上がりますよ……」


「あら、アルベルト。……これは『魔力増幅型・光子投影機』よ。……貴方の魔力じゃなくて、シルの『聖なる残り香』をエネルギーに変える設計にしておきましたわ。……さあ、テスト投影を始めるわよ!」


 夕闇が迫る王都。

 広場に集まった民衆たちは、突如現れた巨大な白い壁を不思議そうに見つめていた。

 私はシオンに目配せをし、広場全体の『影』を操作して、余計な街灯の光を遮断させた。


「…………お嬢様。……まさか、私の影をこのような『見世物』の暗幕として使う日が来るとは。……お嬢様の遊び心には、私の深淵な闇さえも、ただの黒い布切れに成り下がってしまいますね」


「……あら、シオン。……貴方の影は、最高の『黒(漆黒)』を表現できるのよ? ……誇りなさいな。……さあ、点火ロール!」


 私が『シル・フォン』を操作した瞬間。

 巨大なスクリーンに、真っ白な光の粒子が躍り、やがて鮮明な「映像」が浮かび上がった。

 

 映し出されたのは、昨日、私が隠し撮り……いえ、記録した、アリア様がシルの背中で無邪気に笑うスロー映像。

 

 ――ズドォォォォォン!!

 

 私が設置した超低周波スピーカーが、シルの咆哮(甘え声)を地響きのような重低音で再現する。

 広場を埋め尽くした民衆から、悲鳴にも似た感嘆の声が上がった。


「……なんだ、これは!? ……アリア様が、空に……!? ……あんなに大きく、美しく……!」

「……まるで、そこに聖女様がいらっしゃるようだ……! ……おお、神よ!」


(……キターー!! ……これよ! これが『大画面の暴力カタルシス』! ……アリアちゃんの睫毛一本一本まで鮮明に映し出すこの解像度! ……全人類が彼女の信者になるのも時間の問題だわ!)


「…………ほう。……私のリリアーヌは、ついに『幻』を現実に固定する術まで編み出したか」


 背後から、氷のような冷気と共にゼノス公爵が歩み寄ってきた。

 彼はスクリーンのアリア様を一度も見ることなく、その巨大な光に照らされた私の横顔を、熱く、独占的に見つめていた。


「……ゼノス閣下。……見てください、この色彩の深さ! ……次は閣下の演習風景も撮って、上映しましょうか?」


「……私を撮るのは構わん。……だが、それを不特定多数に見せるのは許可できんな。……リリアーヌ。……君が望むなら、私の屋敷にこの『劇場』を作れ。……誰にも邪魔されず、君と二人きりで、君という物語を眺めていたいものだ」


 ゼノスが私の腰を引き寄せ、耳元で囁く。

 周囲の歓声に紛れて届く、公爵のあまりにもストレートな求愛。


(……ゼノス様、最近デレの出力設定がバグってませんか!? ……でも、映画館デートなんて、前世の夢のまた夢……。……あ、でもシオンが隣でポップコーンを影に変えそうな勢いで睨んでるわ……)


 その時。

 最高潮に達した映画館の熱狂を、一筋の「冷たいノイズ」が切り裂いた。

 

 スクリーンに映し出されていたアリア様の笑顔が、一瞬だけ激しく歪み、そこにノイズ混じりの「別の映像」が重なった。

 

 ――漆黒の祭壇。……そこに座る、銀髪の、名前さえ思い出せないほど美しい青年の後ろ姿。

 

 彼はゆっくりとこちらを振り返るような素振りをし、私の端末にだけ、不気味なメッセージがポップアップされた。

 

『……いい演出だね、リリアーヌ。……次は、私の「真実」も……その大きな鏡で、世界に見せてあげようか』


 心臓が、跳ねるように脈打つ。

 

(……最推し様……!? ……今、私のシステムをハッキングして……逆メンション(言及)を送ってきたの!?)


「……お嬢様。……今、このネットワークに、不快な……とても不快な男の魔力が混じりました。……私の影を、これ以上汚さないでいただきたい」


 シオンがサングラスを外し、鋭い瞳で空を見上げた。

 ゼノスもまた、無意識に腰の剣を握り締め、周囲の空気を凍りつかせている。


 平和と娯楽の裏側で、世界の最深部から忍び寄る「真の最推し」の鼓動。

 

 私の「もふもふ平和開発」は、意図せず彼を現実へと引き摺り出すための『触媒ツール』になろうとしていた。


「……さあ、皆様! ……上映はまだまだ続きますわよ! ……次は、シルの『肉球大解剖』ドキュメンタリーですわ!!」


 私は不安をかき消すように叫び、次なる「癒やし」をスクリーンに叩きつけた。

 

 運命は、より華やかに、より狂おしく、加速していく。


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