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第7話:さらば腐敗した王国、こんにちは自由

 ガタゴトと激しく揺れる馬車の車輪が、石畳を叩く音だけが夜の静寂に響く。

 王都の喧騒は、既に遠い。背後に見えるはずの王城の灯りも、高く聳え立つ城壁に遮られ、今はもう見えなくなっていた。


「……はぁ。終わったわね。本当に、終わったんだわ……」


 私は馬車のふかふかな座席に深く身を沈め、ようやく張り詰めていた糸を緩めた。

 隣では、アリア様がまだ現実についていけない様子で、震える手で膝の上のショールを握りしめている。その瞳には、今にも零れそうな涙が溜まっていた。


(……ああああああ、アリアちゃん! そんな顔しないで! 私の胸を貸してあげたい! いや、私が彼女の膝枕で癒やされたい……じゃなくて!)


 内面の結衣が荒ぶるのを、私は淑女の微笑みで必死に抑え込む。

 まずは、この怯える天使を安心させることが最優先事項だ。


「アリア様。……もう大丈夫ですわ。あのバカ王子も、腐りきった司教も、ここにはおりません。貴女を傷つける者は、私が一人残らず排除して差し上げます」


「リ、リリアーヌ様……。どうして、私を……。私は、偽聖女だと、あんなに大勢の前で言われたのに……。公爵令嬢である貴女が、私のような者を助けたら、貴女まで……」


 アリア様が、消え入りそうな声で訴える。

 その純粋すぎる心配に、私の心臓は「尊さ」で撃ち抜かれた。


(なんて良い子なの……! 自分の心配より先に私の心配をするなんて。やっぱり、ゲーム画面越しに見ていた通り、いや、それ以上の大天使だわ!)


「あら。私がそんな小さなことを気にするとお思い? あんな国、こちらから捨ててやったまでのことですわ。……それよりも、貴女、お腹は空いていなくて? 緊張すると、甘いものが欲しくなるものですけれど」


 私は座席の脇に置かれたバスケットを指差した。

 中にはシオンが用意した、まだ温かいスコーンと、自家製のベリージャムが詰まっている。

 アリア様は驚いたように目を瞬かせ、それから、恥ずかしそうに小さく頷いた。


「……はい。実は、今日のパーティー、何も喉を通らなくて……」


「ふふ、正直でよろしいわ。さあ、召し上がれ。シオンが作ったものですから、味だけは保証いたしますわよ」


 アリア様が小さな口でスコーンを頬張る姿を、私は「最高のスチルを至近距離で見ている」気分で眺めた。

 ……幸せだ。転生して、断罪されて、追放されて。

 普通なら人生のどん底のはずなのに、推しが目の前でお菓子を食べているだけで、私の幸福度は限界を突破している。


 ――だが。

 その幸福な時間を引き裂くように、馬車の御者台からシオンの声が届いた。


「……お嬢様。お楽しみのところ恐縮ですが、少々『鼠』が紛れ込んだようです」


 シオンの声は、いつものように穏やかだったが、その背後には隠しきれない殺意が渦巻いていた。

 私は窓の外を見た。暗闇の向こうから、複数の馬の蹄の音が迫ってきている。エドワード王子が放った追っ手だろう。


「……シオン。任せてもよろしくて?」


「もちろんでございます。お嬢様の旅路を邪魔する不届き者は、一匹残らず土に還して参りましょう。……アリア殿、お嬢様をしっかりとお守りするように。もしお嬢様の御髪一筋でも乱れるようなことがあれば……分かっていますね?」


「ひっ……! は、はいっ!」


 シオンの凄まじい圧に、アリア様がスコーンを口に含んだまま硬直する。

 シオンは馬車の速度を落とすことなく、並走する馬へ飛び移るような身軽さで、御者台から姿を消した。


「……さて。シオンがいなくなったわね」


 私はアリア様の方へと向き直り、リリアーヌの冷徹な仮面を少しだけ外して、結衣としての柔らかい笑みを向けた。


「アリア様。……これからは、リリアーヌと呼んでくださる? 私たち、共犯者(お友達)になったのですから」


「えっ……。お、お友達……? 私と、リリアーヌ様が……?」


 アリア様の瞳が、ぱあっと輝いた。

 その光景に、私は確信した。

 この逃避行は、悲劇などではない。

 私が私のために、そして大好きな推したちのために勝ち取った、最高の「自由」への第一歩なのだ。


 暗闇の森の中から、微かに男たちの悲鳴が聞こえてきた気がしたが、私はあえて耳を塞ぎ、アリア様が二個目のスコーンを手に取るのを、慈愛に満ちた目で見守り続けた。


(さらば王国。私はこれから、この子と、あのヤンデレ執事と一緒に、世界で一番幸せになってやるんだから!)


 夜の街道を、馬車はさらに速度を上げて、国境の森へと突き進んでいく。


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