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第6話:婚約破棄、喜んでお受けいたします!


「リリアーヌ・アステリア! 国外追放の命、謹んで受けるがよい!」


 エドワード王子の勝ち誇ったような宣言が、大広間の高い天井に反響した。

 周囲の貴族たちは、まるで汚物を見るような目を私に向け、あるいは「当然の報いだ」と嘲笑を浮かべている。

 一方で、私の隣でへたり込んでいたアリア様は、絶望に身を震わせ、その大きな瞳から大粒の涙を零していた。


「……リリアーヌ様……っ。ごめんなさい、私のせいで……。私、本当は、何も……」


 消え入りそうなアリア様の声。

 その細い肩を、私は力強く、それでいて優しく抱き寄せた。


(……ああああああ、アリアちゃん! 泣かないで! その涙は宝石よりも価値があるのよ! 大丈夫、お姉さんが今すぐこの地獄から連れ出してあげるからね!)


 内面の結衣が荒ぶり、アリア様への「尊い」という感情で爆発しそうになるのを、私はリリアーヌの冷徹な理性でねじ伏せた。

 そして、私はゆっくりと顔を上げ、エドワード王子を真っ向から見据えた。


 王子の顔には、「絶望して泣き叫ぶ悪女」を期待する下品な好奇心が透けて見えている。

 残念だったわね、殿下。貴方の期待通りには動いてあげないわ。


「……殿下。今一度、確認させていただきますわ」


 私はあえて、これまでで最も優雅で、最も美しいカーテシーを披露した。

 指先一つ、背筋の角度一つに至るまで、公爵令嬢としての矜持を込めた完璧な礼だ。会場のざわめきが、一瞬で静まり返る。


「私、リリアーヌ・アステリアとの婚約を破棄し、国外追放を命じる。……それで、間違いありませんわね?」


「……あ、ああ。そうだ! 今更命乞いをしたところで遅いぞ!」


 王子がたじろぎながらも吠える。私はフッと、慈しむような笑みを浮かべた。


「左様でございますか。……それでは、そのお言葉、謹んでお受けいたしますわ」


「……何?」


 王子の口が、間抜けに開いた。

 会場のあちこちからも、「えっ?」「泣かないの?」という困惑の声が漏れ始める。


「聞こえませんでしたか? 婚約破棄、喜んでお受けいたします。……むしろ、こちらから願い出ようと思っていたところでしたの。あのような稚拙な罪状を並び立て、あまつさえ真の聖女であるアリア様を『偽物』と断じるような審美眼の無い方の隣に居続けるのは、苦痛以外の何物でもございませんでしたから」


「き、貴様……! 今、何と言った!」


「事実を申し上げたまでですわ。……シオン、準備は?」


 私が名前を呼ぶと、背後で控えていたシオンが、静かに一歩前に出た。

 その瞬間、会場の温度が数度下がったかのような錯覚を覚えるほどの、圧倒的な殺気が放たれた。


「お嬢様。既に、王都を出る準備は整っております。……ゴミの片付けも、お望みであれば今この場で行いますが?」


 シオンが指をパチンと鳴らす。

 その刹那、私たちを包囲していた近衛兵たちの槍が、目に見えない圧力によって飴細工のようにへし折れた。


「ひっ……!?」「な、何だ、今の魔法は!」


 悲鳴を上げて後ずさる兵士たち。

 シオンは冷笑を浮かべ、懐から一通の書面を取り出した。


「殿下、並びにご列席の皆様。公爵家専属執事として通告いたします。……リリアーヌお嬢様は、これをもってアステリア公爵家との縁を切り、一人の自由な女性としてこの国を去ります。なお、アリア殿も我々が保護いたします。異論のある方は……今すぐ、私のナイフの錆となってください」


 シオンの瞳が、獣のようにギラリと光った。

 その圧に押され、王子は言葉を失い、司教は腰を抜かして床にへたり込んだ。


「……さあ、行きましょうか、アリア様。貴女の居場所は、ここにはありませんわ」


 私は呆然としているアリア様の腰を抱き、エスコートするように歩き出した。

 シオンが先導し、誰もがその威圧感に気圧されて道を開ける。


 出口の大きな扉を自らの手で押し開け、私は一度だけ振り返った。


「エドワード殿下。……貴方が手放したものが、どれほど大きな損失だったか。いつか、血の涙を流して後悔なさるとよろしいわ。ほほほほほ!」


 リリアーヌらしい高笑いを会場に置き去りにして、私たちは夜の闇へと飛び出した。

 背後で王子の怒声が聞こえた気がしたが、そんなものはもう、風の中に消えていく。


「お嬢様、馬車はこちらです。……アリア殿、お怪我はありませんか? お嬢様の隣に並ぶのであれば、少しはシャンとなさってください。見苦しいですよ」


「シオン、アリア様を苛めないで。……さあ、乗りましょう。新しい人生の始まりよ!」


 夜空には満天の星。

 前世の結衣が夢にまで見た、最高の「ざまぁ」からの脱出。

 馬車の車輪が回り始めた時、私はようやく、自由の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


(さらばバカ王子! 私は推しと一緒に、幸せになってやるんだから!)


 馬車は夜の街道を、猛烈な勢いで駆け抜けていった。


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