第5話:断罪の幕開けと、バカ王子の高笑い
「リリアーヌ・アステリア! 貴様の罪は最早、太陽の下に晒され、裁かれるべき時が来たのだ!」
エドワード王子の朗々たる声が、静まり返った大広間に響き渡る。
彼は懐から一枚の羊皮紙を取り出し、芝居がかった動作でそれを広げた。その背後には、彼に同調する有力貴族の子息たちが、正義の味方にでもなったつもりか、誇らしげに胸を張って並んでいる。
(……出たわね。バカ王子の『ぼくが考えた最強の罪状リスト』。前世で画面越しに見ていた時も相当だったけど、生で聞かされると寒気がするほどの中二病感ね)
私は扇子の陰で、そっと溜息を吐き出した。
隣に立つシオンの殺気は、既に臨界点を超えている。彼の指先が、いつでも懐の暗器を射出できるよう、微かに、だが正確に動いているのが分かる。
「シオン、抑えなさい。見苦しいものを見届けるのも、高貴な者の務めですわ」
「……御意のままに。ですがお嬢様、あの男が貴女の名を汚すその口を、今すぐ縫い合わせてやりたい衝動を抑えるのは、至難の業にございます」
シオンが耳元で、氷のように冷たい声で囁く。
そんな私たちのやり取りなど目に入っていない様子で、エドワード王子は声高らかに読み上げを開始した。
「第一の罪! 貴様は嫉妬に狂い、我が愛しきアリアを学園の階段から突き落とそうとした! 第二の罪! 彼女の教科書を切り裂き、私室に汚物を投げ込んだ! 第三の罪! 王家との婚約を笠に着て、他の令嬢たちを恫喝し、学園の秩序を乱した!」
次々と読み上げられる「罪」の数々。
会場の貴族たちからは、「なんて恐ろしい」「悪女の鑑ね」といった罵声が飛び交う。
だが、私は知っている。階段の件はアリアが躓いたのをリリアーヌが(不器用に)助けようとしただけだし、教科書の件にいたっては王子の取り巻きがリリアーヌを陥れるために自作自演したものだ。
(……突っ込みどころが多すぎて、どこから手をつけていいか分からないわ。第一、私がそんな面倒なことするわけないじゃない。推しを愛でる時間の方が大事なんだから!)
私はリリアーヌの記憶と結衣の理性を総動員し、冷ややかな視線を王子に向けた。
「殿下、お言葉ですが……。その罪状、証拠はどこにあるのかしら? まさか、そちらの『証言者』の方々の言葉だけで、公爵令嬢である私を裁こうというわけではありませんわよね?」
「黙れ! 証拠ならここにある! アリアが流した涙こそが、何よりの証拠だ!」
(……はい、出ました。証拠=涙。論理破綻の極致ね。これが一国の第一王子だなんて、この国の将来が不安で夜も眠れないわ)
王子はさらに追い打ちをかけるように、震えるアリアの肩を抱き寄せた。
「そして……アリア、貴女もだ。貴女を『聖女』として祭り上げ、利用しようとした教会の腐敗も、私は見逃さない!」
その言葉に、会場が今日一番のざわめきに包まれた。
教会の司教が一歩前に出、冷酷な表情でアリアを指差す。
「その通りです、殿下。調査の結果、この娘――アリアには、聖女としての資質が全くないことが判明いたしました。彼女は魔導具を使い、奇跡を捏造していた『偽聖女』なのです!」
「えっ……!? そんな……私、そんなこと……!」
アリアが絶望に顔を白くし、崩れ落ちそうになる。
王子は彼女を守るどころか、汚らわしいものを見るような目で彼女を突き放した。
「偽聖女め、私をたぶらかした罪は重いぞ。……リリアーヌ、貴様は国外追放。そしてアリア、貴様は教会の地下牢への収監を命じる!」
これこそが、ゲーム『純七』の隠された「絶望ルート」の始まりだ。
王子はリリアーヌを排除するついでに、自分の思い通りにならないアリアをも切り捨て、教会と結託して新たな「自分に都合の良い聖女」を擁立しようとしているのだ。
(……バカね。本当に、救いようのないバカだわ)
私はゆっくりと扇子を閉じ、パチンと小気味良い音を立てた。
その音は、静まり返った会場に驚くほど大きく響いた。
「殿下。……貴方は今、この国で最も価値のある二つの宝を、自らの手で捨てると宣言なさいましたのね?」
「何を……!? 負け惜しみか、リリアーヌ!」
「いいえ。……感謝しておりますわ。これでようやく、私も、そしてアリア様も、貴方のような無能から解放されるのですもの」
私は一歩、アリアの方へと歩み寄った。
兵士たちが槍を向けるが、シオンがその場に一歩踏み出しただけで、その圧倒的な重圧に兵士たちは動けなくなった。
「シオン、道を開けなさい。……アリア様、先程の約束、覚えているかしら?」
私は絶望の淵にいるアリアに、優雅に、そして力強く右手を差し出した。
「行き場がないのなら、私の背中を追いなさいと言いましたわ。……さあ、偽りの聖女と悪役令嬢、セットで追放されるというのも、乙なものではなくて?」
アリアが、涙に濡れた瞳で私を見上げる。
その指先が、微かに私の手に触れた。
「……はい、リリアーヌ様。……私、貴女についていきます!」
その瞬間、私は勝ち誇ったように、顔を真っ赤にした王子へと向き直った。
「それでは殿下、皆様。ごきげんよう。……後のことは、私の有能な執事が、存分に『お片付け』してくれるはずですから。ほほほ!」
私はリリアーヌらしい高笑いを会場に響かせた。
混乱と怒号の渦中、私の物語は、ここから本当の「自由」へと向かって加速し始める。




