第4話:聖女アリア、その尊さは国宝級
「リリアーヌ! 貴様、今さら何を企んでいる!」
エドワード王子の怒声が響く中、私は優雅な足取りで、震えるアリアの前へと歩み寄った。
周囲の貴族たちが「またいじめる気か」と蔑みの視線を送ってくるのがわかる。背後ではシオンが、いつでも暴発できる殺気を放ちながら私の影のように付き従っている。
(……ああ、近い。本物のアリアちゃんが、目と鼻の先に……!)
私の内面――結衣のテンションは、この瞬間、最高潮に達していた。
画面越しに見ていた、あの儚げな美少女。
ミルクティー色の柔らかな髪、零れ落ちそうなほど大きな瞳。今にも消えてしまいそうなその姿は、保護欲をこれでもかと刺激してくる。
(尊い……。えっ、何この可愛さ? CGより三割増しで天使じゃない。この子を『偽聖女』なんて呼んで追放しようとする奴ら、全員正座させて三時間説教してやりたいわ!)
私は溢れ出るニヤケ顔を必死に抑え込み、リリアーヌとしての「冷徹な仮面」を貼り付けた。
そして、怯えるアリアの顎を、扇子の先でクイッと持ち上げる。
「……アリア様。貴女、随分と顔色が悪いわね。エドワード殿下の隣にいるのが、そんなに苦痛なのかしら?」
「えっ……。あ、あの、リリアーヌ様……」
アリアの声が、小刻みに震える。
その反応さえも小動物のようで愛くるしい。
王子は自分の所有物を侮辱されたと思ったのか、顔を真っ赤にして私とアリアの間に割り込もうとした。
「貴様! アリアを怖がらせるな! 彼女は慈悲深い聖女だ。貴様のような性根の腐った女とは違うのだ!」
「あら、殿下。私はただ、彼女が今夜の主役にしては、少々装いが地味だと思っただけですわ。……シオン、予備のショールを持ってきてちょうだい。アリア様が風邪でも引いたら、この国の損失ですもの」
私の言葉に、会場が静まり返った。
一番驚いているのは、名前を呼ばれたシオンだ。
彼はアリアを「リリアーヌを脅かす敵」として認識していたはずだ。その主人が、敵に塩を送るような真似をするのだから無理もない。
「……お嬢様。その小娘に、私が選んだ品を与えるとお仰るのですか?」
シオンの声が、地を這うように低い。
瞳の奥には、明らかな嫉妬と困惑が渦巻いている。
(あ、ヤバイ。シオンが拗ねてる。でもアリアちゃんが寒そうなのは見逃せないの!)
「ええ、構わないわ。……ほら、アリア様。これを」
私はシオンから奪い取った最高級のカシミアショールを、アリアの細い肩にふわりと掛けた。
アリアは驚きに目を見開き、私を呆然と見上げている。
「リ、リリアーヌ様……? どうして……。私、貴女に酷いことをされているって、殿下からは聞いていて……」
「殿下の仰ることなんて、話半分に聞いておけばよろしいのよ。……貴女、自分が今、どんな立場に置かれているか分かっているの?」
私はアリアの耳元に顔を寄せ、周囲に聞こえないような低い声で囁いた。
「今夜、貴女を捨てるのは私じゃない。……あそこに立っている、貴女の騎士様(王子)の方よ。もし行き場に困ったら、私の背中を追いなさい。分かったわね?」
アリアの瞳が、大きく見開かれた。
その瞳に宿ったのは、恐怖ではなく、言い知れぬ戸惑いと――微かな期待の光。
(よし、フラグ管理完了! これで断罪イベントが始まった時、アリアちゃんは私についてくるはず!)
私は満足して身を引くと、鼻で笑ってエドワード王子を睨みつけた。
「殿下。茶番はこれくらいにしましょうか。……貴方が用意した『罪状』とやら、早く読み上げたらどうです? 私の執事は気が短いので、あまり待たせると何をしでかすか分かりませんわよ?」
「くっ……! そこまで言うなら後悔させてやる! 近衛兵! アステリア公爵令嬢、リリアーヌを包囲せよ!」
王子の合図と共に、武装した兵士たちが一斉に私を囲む。
会場の令嬢たちから悲鳴が上がる中、私は優雅に扇子を広げ、口元を隠した。
隣ではシオンが、いつでも主人の合図で皆殺しを始められるよう、獲物を狙う獣のような笑みを浮かべて控えている。
(さあ、いよいよ始まるわね。私の人生で、一番スカッとする婚約破棄イベントが!)
私は高鳴る鼓動を抑え、冷徹な悪役令嬢として、堂々とその場に立ち続けた。




