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第67話:聖域の迷宮――魔導ドローン網の索敵

 大聖堂の巨大な扉が、レオニダスの血に濡れた咆哮と共に、その重い口を開いた。

 だが、その先に広がっていたのは、石造りの厳かな礼拝堂などではなかった。


「……何ですの、これは。……空間の整合性が、完全に狂っていますわね」


 私は、シルの背中から飛び降り、目の前の光景に眉をひそめた。

 一歩踏み込んだ先。右へ続く廊下は、数メートル先で物理的にねじれ、天井へと繋がっている。左の階段を上れば、なぜか自分たちの背後に戻り、上を見上げれば、無限に続くステンドグラスの窓が深淵へと吸い込まれていた。


 ルカ枢機卿の魔力によって構築された、精神と空間の混濁――『無限回廊・天秤の迷宮』。

 ここは、侵入者の「方向感覚」と「理性」を奪い、永遠に神への懺悔を繰り返させる、教会の最終防衛機構だ。


「……リリアーヌ、下がれ。……この空間、私の氷で無理やり凍結させて固定しようとしたが、魔力が『無』に吸い込まれる。……物理的な干渉を拒絶する、概念の牢獄だな」


 ゼノス公爵が、不快そうに目を細め、腰の剣に手をかけた。

 彼の『解析眼』を以てしても、この迷宮の出口(出口という概念そのもの)が見当たらないのだ。

 

「……お嬢様。……影を広げてみましたが、影さえも自分の尾を食む蛇のようにループしてしまいます。……不愉快極まりないですね。……いっそ、この聖都の基盤ごと、私の影の胃袋で咀嚼してしまいましょうか?」


 シオンが、私の影の中から姿を現し、ドロリとした殺気を周囲に撒き散らす。

 彼らにとって、自分たちの「武力」が届かないこの空間は、お嬢様を守れないという屈辱以外の何物でもなかった。


「……いいえ、二人とも。……魔法で解決できないなら、物理演算マッピングで解いて差し上げますわ。……アルベルト! 例の『カラス』を放ちなさい!」


「……ハ、ハイッ! ……師匠、もう予備の魔石がありませんよ!」


 私の指示で、背後で震えていたアルベルトが、十数機の小型自律偵察ドローン『シル・アイ・マークII』を、一斉に空間の裂け目へと射出した。


(……ふふ。……ルカ様、貴方の迷宮は『精神』を騙すもの。……でも、私のドローンが放つ超音波と魔導レーザーには、感情も信仰もありませんわ。……物理的な距離と、反射の遅延……その『バグ(繋ぎ目)』を計算すれば、貴方の隠れ家への最短ルートは丸裸ですわよ!)


 私は『シル・フォン』の画面に投影された、刻一刻と更新される3Dマップを凝視した。

 ドローンたちが放つ信号が、ねじ曲がった空間の「継ぎ目」を特定し、疑似的なナビゲーション・ラインを床に映し出す。


「……さあ、皆様。……私のドローンの『目』を信じて、この不条理を駆け抜けますわよ!」


 私たちは、光のラインに沿って走り出した。

 右へ曲がれば壁にぶつかるはずの場所が、ドローンの特定した「位相のずれ」を通過した瞬間、隠された回廊へと繋がる。

 

 ――ガタッ!!

 

 その時、突如として足元の空間が反転した。

 

「……っ!? ……リリアーヌ!」


 ゼノスの叫びと共に、視界が激しく回転する。

 気づいた時、私は真っ暗な、冷たい風が吹き抜ける小部屋に一人で立っていた。……いいえ、隣には、私の手を力強く握りしめたままのゼノス公爵がいた。


(……ギャーー!! 出た! 乙女ゲー特有の【迷宮で二人きりに分断される強制イベント】! ゼノス様の心拍数が、手のひらを通じて伝わってくる……。……この暗闇、この閉塞感。……作画の良い公爵様が近すぎて、私の脳内のCPUが熱暴走しそうだわ……!)


「……リリアーヌ。……怪我はないか」


「……大丈夫ですわ、閣下。……ただ、ドローンとの通信が一瞬途絶え……」


「……じっとしていろ。……この空間、君の匂いだけが唯一の現実だ。……出口が奈落であろうと、私が君を抱いて飛び降りてやる。……誰にも、君をこの闇の中に置き去りにさせはしない」


 ゼノスが私の腰を強く引き寄せ、その冷徹なはずの瞳に、熱い独占欲を宿して私を見つめた。

 至近距離で重なる吐息。……だが、その甘い空気を切り裂くように、シルの「もふもふ紐」が私の手首をぐいと引いた。


「キュ、キュアァッ!!」


 シルの鳴き声と共に、壁を影が突き破り、シオンが形相を変えて飛び込んできた。

 

「…………公爵。……お嬢様の腰に回したその腕、今すぐ影の錆にして差し上げましょうか? ……お嬢様、道は見えました。……アリア殿の『悲鳴』が、この先に響いています」


 シオンの言葉に、私は正気に戻った。

 

 ドローンの最深部カメラが捉えた、戦慄の映像。

 そこには、大聖堂の祭壇中央、巨大なクリスタル――『世界の最終端末』に埋め込まれ、全身を魔導のコードで繋がれたアリア様の姿があった。


「……アリアちゃん……!」


 私たちが最深部の扉を蹴り開けた、その瞬間。

 鎖に繋がれたアリア様が、カッと目を見開いた。

 

 だが、その金色の瞳には、私への親愛も、あの優しい光も宿っていない。

 ただ、無機質な、冷酷な光。


「……システム・エラー。……排除対象、認識。……教会の敵を、抹消します」


 アリア様の声が、幾重にも重なったノイズ(合成音声)となって響き渡る。

 彼女が指をかざすと、空間そのものが牙となって、私たちに襲いかかってきた。


(……ルカ枢機卿……! よくも、よくも私のアリアちゃんを、無慈悲な『防衛プログラム』に書き換えたわね……!!)


「……皆様、攻撃はしないで! ……アリアちゃんを傷つけず、その『呪い(バグ)』だけを私が書き換えて差し上げますわ!」


 私は、黄金の『シル・フォン』を構え、感情を失った「推し」の正面へと立ちはだかった。

 

 悪役令嬢リリアーヌ。

 今、彼女の人生最大級の「デバッグ作業」が、世界の命運を懸けて幕を開ける。


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