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第66話:騎士の贖罪――レオニダス、先陣を切る

 大聖堂へと続く大階段。

 そこは、教会の最後の牙とも言える『光の近衛騎士団』が、黄金の盾を連ねて鉄壁の亀甲陣を敷く、難攻不落の要塞と化していた。

 彼らはルカ枢機卿が放った不気味な「祝福」の魔力を全身に浴び、瞳からは理性の光が消え失せている。痛みも恐怖も忘れた「聖なる狂戦士」たちは、重厚な金属音を立てて槍を揃え、侵入者である私たちを、神の敵として排除せんと待ち構えていた。


「……鬱陶しいな。……これだけの数、まともに相手をするのは時間の無駄だ。……リリアーヌ、私の氷で、この階段も、その上に立つ狂信者どもも、まとめて彫像にしてやろうか」


 聖獣シルの広い背中の上で、ゼノス公爵が冷徹に指先を動かそうとした、その時。

 空中艦隊のタラップから、一人の男が地響きのような重い足音を立てて、石畳へと飛び降りた。


「……お待ちください、ゼノス閣下。……ここは、私の汚れた剣で道を作るべき場所だ。……お嬢様の美しい魔法を、このような泥に塗れた者たちのために消費させるわけにはいかない」


 現れたのは、元騎士団長、レオニダス卿だった。

 かつて彼が纏っていた、王国の象徴たる漆黒の近衛鎧はもうどこにもない。

 泥と返り血に塗れた麻の服の上に、リリアーヌが帝国の技術で打たせた『魔導強化外骨格』を、肉に食い込むほど強引に装着したその姿は、騎士というよりは、戦場を彷徨う飢えた獣のようだった。


 プシュゥ、と背後の排気ダクトから、魔力の過負荷を示す青白い蒸気が吹き出す。

 レオニダスの表情は、苦痛と、それ以上の「悦び」に歪んでいた。


「……レオニダス卿。……その外骨格は、装着者の生命力を魔力に変換して駆動する、試作段階の劇薬ですわよ? ……開拓地での草むしりに戻った方が、まだ命を繋げますのに」


 私は、シルの真っ白で柔らかな首元の毛を握りしめ、高みから彼を見下ろした。

 

(……レオニダス。……前世のゲーム『純七』では、彼は最後まで『正義の騎士』として、リリアーヌという悪女を処刑台へ送り、アリアの騎士として歴史に名を残した。……けれど、今の彼は、自分の正義がいかに脆弱なものだったかを知り、その反動として、かつて自分が虐げた私への『狂信的な忠誠』に逃げ込んでいる。……ああ、なんて美しく、そして救いようのない転落かしら)


 レオニダスは、地面に突き立てた巨大な大剣を引き抜き、正眼に構えた。

 彼の周囲の空気が、魔導装置の放電によってパチパチと爆ぜ、大気そのものが低重音を立てて震え始める。


「……リリアーヌ様。……私は、貴女を罪人として扱い、その両手に冷たい鎖を嵌めた。……その際、貴女がどれほど絶望し、私を恨んだか。……その痛みを、私は一生をかけても、この命を千回散らしてもすすぎきることはできないでしょう」


 レオニダスの瞳に、ギラリとした、死を恐れぬ光が宿る。


「……ですが、せめて今だけは、貴女の歩む道に落ちた石ころを、この汚れた剣で払い除けさせてください! ……貴女がアリア様を取り戻し、高らかに勝利を宣言する……そのための踏み台に、このレオニダスの骸をお使いください!!」


「……っ!? ……裏切り者のレオニダスか! ……死に損ないが、どの面を下げて聖域を汚すか!」


 階段の上から、黄金の盾を構えた騎士たちが一斉に咆哮を上げた。

 彼らが放つ『聖なる審判』の光弾が、レオニダスに向かって雨あられと降り注ぐ。


 だが、男は一歩も引かなかった。

 

「――うぉォォォォォォッ!!!」


 レオニダスが地を蹴った。

 魔導外骨格が悲鳴を上げ、彼の太腿の筋肉が弾け飛ばんばかりに膨れ上がる。

 彼は音速に近い速度で階段を駆け上がり、第一列の盾の壁に、その巨体を真っ向から叩きつけた。


 ドゴォォォォォンッ!!!

 

 衝撃波が広がり、数トンの重さを誇る黄金の盾の陣が、まるで紙細工のように無残にひしゃげ、四散した。

 レオニダスの一振りが、空間そのものを切り裂くような重圧を伴って、教会の狂戦士たちをまとめて薙ぎ倒していく。


「……ははっ、いいぞ! もっと来い! ……この程度の痛み、あの日、お嬢様の尊厳を踏みにじった私の心の痛みに比べれば、愛撫にも等しい!!」


 槍が彼の脇腹を掠め、鮮血が舞う。……だが、レオニダスは止まらない。

 むしろ、傷を負うたびにその魔力は赤黒く変色し、狂気的な熱量を帯びて増大していく。

 

(……ああ。……ゾクゾクするわね。……自分を死に追いやった男が、今や私の名を叫びながら、血反吐を吐いて戦っている。……これこそ、乙女ゲーのバッドエンドを乗り越えた先にある、最高の『再編』!)


 血飛沫が舞い、鋼鉄が軋む音が大階段に木霊する。

 レオニダスが振るう大剣は、もはや騎士の洗練された剣技ではなく、己の罪を叩きつけるための鈍い鉄塊と化していた。魔導外骨格の排気孔からは、過負荷による真っ赤な火花が散り、彼の皮膚を内側から焼いている。


「……ハァ、ハァ……ッ! さあ、次はどいつだ! 我が主の御前ごぜんを汚す不浄なる盾ども、一兵残らず薙ぎ払ってくれる!!」


 レオニダスの咆哮に呼応するように、教会の騎士たちが死兵となって殺到する。

 彼らの槍がレオニダスの肩を深く貫き、返り血が彼の視界を赤く染めた。……だが、男は一歩も引かなかった。むしろ、その痛みを悦びであるかのように受け入れ、さらに深く敵陣へと踏み込んでいく。


「…………見ていられませんね。……泥臭い忠義など、お嬢様の高潔な瞳には毒でしかありません」


 シルの背中の上で、シオンが不快そうに目を細め、影の中から一振りの漆黒の短剣を抜き放った。

 シオンの影が、レオニダスの死角――背後から迫っていた教会の暗殺者の喉元を、一瞬にして刺し貫く。


「……勘違いしないでください、元騎士団長。……私は貴方を助けているのではありません。……貴方がここで無様に果て、その死体がお嬢様の歩く道を汚すのが耐えがたいだけです。……死ぬのなら、すべての『掃除』を終え、お嬢様から見えない場所で塵になりなさい」


「……ククッ、……ははっ! 違いないな、影の執事殿! ……お嬢様の道に、私の汚れた血は一滴たりとも残さん!!」


 シオンの冷酷な言葉が、逆にレオニダスに狂気的な活力を与える。

 二人の攻略対象による、互いを嫌悪しながらもリリアーヌ一点のみに捧げられた歪な共闘。

 

 そこへ、ゼノス公爵がとどめと言わんばかりに指先を動かした。


「……レオニダス、道を開けろ。……残党は、私の氷で永遠の静寂の中に閉じ込めてやる」


 ゼノスが放った絶対零度の魔力が、レオニダスの周囲をすり抜け、階段を埋め尽くしていた教会の騎士たちの足を、武器を、そして叫びを上げる口内までもを一瞬で凍りつかせた。

 パキパキと、肉が凍り、金属が収縮する不気味な音が響き渡る。

 

「……リリアーヌ。……階段の『整理』は終わった。……さあ、あのアナログな祭壇の主を引き摺り下ろしに行こうか」


 ゼノスがシルの背から飛び降り、私を抱きかかえるようにしてエスコートする。

 レオニダスが最後の一人をなぎ倒し、血まみれの剣を杖代わりに、大聖堂の巨大な扉の前で膝をついた。


「……お、お待たせいたしました……。……どうぞ、我が主……。……あのアリア様を、……あの子の笑顔を……取り戻して……」


 レオニダスの肩で、魔導外骨格が役目を終えたように煙を吐き、動かなくなる。

 私は彼を一瞥もせず――けれど、その献身を「有能な駒の働き」として心に刻み、重厚な扉を押し開けた。


 ギィィィ……。

 

 扉の奥に広がっていたのは、教会の外の喧騒が嘘のような、不気味なほどに静まり返った暗黒の空間だった。

 高い天井からは、不浄な魔力を帯びた『七つの誓約』の鎖が、まるで死を招く藤の花のように垂れ下がっている。

 その中央、巨大な天秤を象った祭壇の上。

 

 純白の衣を血のような赤に変え、無数の黒い鎖に縛られたアリア様が、虚ろな瞳で宙を見つめていた。


「……リリアーヌ様……。……来ないで……。……私が、この世界のシステムを……修復……するから……」


 アリア様の声には、幾重にも重なったノイズが混じり、彼女の背後からは、巨大な「魔導演算機」のような不気味な脈動音が聞こえてくる。


「……いらっしゃい。……ようやく、主役たちが揃いましたね」


 祭壇の影から、ルカ枢機卿がゆっくりと姿を現した。

 彼の瞳は、もはや聖職者のそれではなく、バグだらけのプログラムを強引に再起動させようとする、狂った管理者オペレーターの輝きを放っていた。


「……ルカ枢機卿。……貴方のその『神のシステム』。……私の最新魔導理論で、根こそぎフォーマット(消去)して差し上げますわ!」


 私は、黄金の『シル・フォン』を構え、闇の祭壇へと一歩を踏み出した。

 

 背後には、凍てつく怒りを湛えた公爵、影を研ぎ澄ませた執事、そして満身創痍で道を切り拓いた騎士。

 悪役令嬢リリアーヌと、彼女に魂を売った男たちの、世界を書き換えるための「最後の戦い」が幕を開ける。


(待ってなさい、アリアちゃん! ……世界が貴女を燃料にしようとしても、私が新しいエネルギーパッチをぶち込んで、貴女を自由なアイドルに戻してあげますわよ!!)



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