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第63話:電子の汚染(ハッキング)――聖都の沈黙

 聖都『天秤の座』の中央広場。

 突入した魔導列車のハッチが開くと同時に、待ち構えていた数千人の教会員たちが、一斉に複雑な印を結び、声を合わせた。

 

 ――「おお、神よ。不浄なる知恵を……鋼鉄の傲慢を……聖なる言霊コトダマで撃ち払いたまえ……!」


 広場に響き渡る、地を揺らすような重層的な詠唱。

 それは聴く者の精神を直接削り、魔導回路を狂わせる教会の秘術『聖域の共鳴ホーリー・ノイズ』。並みの魔導師であれば、その場に跪き、自らの罪を告白して廃人となるほどの強力な精神干渉だ。


「……不快な周波数ですわね。……シオン、これ以上のノイズはお嬢様の耳に毒よ」


 私は、耳元に装着した『アクティブ・ノイズキャンセリング魔導具』の感度を最大に設定し、優雅に扇子を広げた。

 私の周囲だけは、シオンが展開した影の防音壁によって、真空のような静寂が保たれている。


(……ふふ。……教会の皆さんは、まだ『声を出せば魔法が出る』というアナログな理屈に縛られているのね。……残念ながら、今のこの街の空気は、私の『魔導波(Wi-Fi)』で既に飽和パケット・ジャムしているのよ!)


 私は、手元の純金製『シル・フォン』の管理者画面を開いた。

 王都全域に広めた『マギ・グラム(SNS)』。その普及の裏で、私は密かに、教会の魔導中継器ベル・タワーに「バックドア(裏口)」を仕掛けておいたのだ。


「……全アクセスポイント、強制オーバーライド(支配)。……対象、聖都内の全音響設備、および個人の通信端末。……パケット、送信!」


 私が画面をフリックした瞬間。

 広場を埋め尽くしていた教会員たちの詠唱が、物理的な「音」ではなく、魔導的な「エラー」によって掻き消された。

 

 ――ピキィィィィィィン!!

 

 大音量のハウリング音が聖都中に響き、魔導師たちが耳を押さえて転げ回る。

 彼らが紡ごうとした「聖なる言葉」は、リリアーヌが送り込んだ膨大な「ジャンクデータ」によって霧散し、魔法そのものが不発バグを起こしたのだ。


「……な、何だ!? 祈りが届かない!? ……神の力が、遮断されたというのか!」


「……いいえ。……単なる『通信障害(圏外)』ですわ。……さあ、次は私の番。……皆様に、本当の『奇跡』というものを見せて差し上げますわよ」


 私が再び指先を滑らせると、聖都の白亜の壁、大聖堂のステンドグラス、さらには空に浮かぶ教会の旗……そのすべてが、巨大なモニターへと変貌を遂げた。

 

 そこに映し出されたのは、ルカが語る「生贄としての聖女」の姿ではない。

 リリアーヌの離れで、シルの腹部を枕にして無防備に昼寝をし、綿菓子を口いっぱいに頬張って「美味しいですわ!」と笑う、等身大のアリア様の姿だった。


「……皆様。……ご覧なさい。……これが貴方たちが『神の器』として監禁し、命を削らせようとしている少女の、真実の幸福ですわ。……教典の文字よりも、この『一枚の画像』の方が、よほど神の慈悲に近いと思いませんこと?」


 リリアーヌが保存していた「推し(アリア)の尊い日常動画」。

 それが、高画質(4K)かつ高音質で、聖都全域に強制投影される。

 

 巡礼団の信徒たちが、呆然とその映像を見つめる。

 彼らの心に植え付けられていた「聖女は苦行に耐えねばならない」という教義が、アリア様の屈託のない笑顔によって、内側から崩壊していく。


「……ああ、アリア様が……あんなに幸せそうに笑っていらっしゃる……」

「……俺たちは、あの方からこの笑顔を奪おうとしていたのか?」


(……キターー!! ……これこそオタクの真骨頂、**『敵の本拠地を乗っ取って、自分の推しの尊さを全土配信パブリック・ビューイング』**! ……情報の汚染ハッキングは、暴力よりも確実に、彼らの『信仰』という名のOSを書き換えていくわ!)


「……リリアーヌ。……君のやり方は、実に合理的で……そして恐ろしいな」


 ゼノス公爵が、私の肩に手を置き、感嘆の吐息を漏らした。

 彼は、自らの『解析眼』を帝国の旗艦とリンクさせ、聖都内のあらゆる機密データを、私の端末へと吸い上げ始めていた。


「……教会の隠し口座、および異端審問の記録。……すべて確保した。……これを公にすれば、教会の権威は明日には灰になるだろう。……リリアーヌ、君の指先一つで、世界が黙るのだな」


「……あら、閣下。……私はただ、アリアちゃんのファンクラブ(教会のことね)の規約を、私好みに修正しているだけですわよ?」


「…………お嬢様。……データの処理は、私の影に任せて、お嬢様はもう少し私に頼ってください。……この大聖堂の地下に、なにやら不快な、ドロリとした『バグ』の匂いがします」


 シオンが私の足元に跪き、私の指先に執着を込めた口づけを落とした。

 彼の瞳は、画面越しの情報戦よりも、地下に潜む物理的な「敵」をどうやって引き裂くか、という本能的な狂気に染まっている。


「……ええ、わかっているわ、シオン。……ルカ枢機卿。……貴方の立てた『神のシナリオ』、私の手でBAN(永久追放)して差し上げますわ!」


 私は、通信に割り込もうとしていたルカの魔力署名を検知した瞬間、迷いなく「拒否」と「ブロック」の術式を叩き込んだ。

 

 聖都は沈黙し、情報の主導権は完全に悪役令嬢の手へと渡った。

 

 だが、その静寂の底から。

 地響きのような、不気味な震動が王都全体を揺らした。


(……来るわね。……情報の次は、物理的な『デバッグ』の番かしら)


 リリアーヌは、黄金の『シル・フォン』をドレスのポケットに収めると、不敵な笑みを浮かべて大聖堂の地下へと続く階段を見据えた。


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