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第62話:魔導列車の突撃――鉄路は聖域を貫く

 聖都『天秤の座』へと続く唯一の陸路、断罪の平原。

 そこには、教会の数千年の歴史が編み上げた絶対防御結界『断絶の白壁』が、空高く聳え立っていた。空中艦隊の放つ魔導砲撃さえも、鏡のように滑らかな光の膜に触れた瞬間、無力な火花となって霧散していく。


『……リリアーヌ様。無駄な足掻きはやめなさい。……神の庭に、鉄の玩具おもちゃが入り込む隙間などないのですよ』


 聖都の中枢から響くルカ枢機卿の通信。その声は、相変わらず慈悲深い仮面を被り、こちらの「技術」を時代遅れの産物だと嘲笑っていた。


「……あら。……玩具かどうか、その自慢の壁に直接訊いてみればよろしいですわ、ルカ様」


 私は、地響きと共に地平線の彼方から現れた「それ」を見据えて、不敵に微笑んだ。

 

(……ふふ。……反射魔法? 精神干渉? そんな高尚なルール、物理的な質量の暴力の前では何の意味も持たないのよ! ……前世のロボットアニメで学んだ、最もロマンに満ちた解決策……。……そう、音速を超える『列車突撃パイルバンカー』よ!!)


 地平線から、一本の銀色の線が猛烈な勢いで伸びてくる。

 それは、第53話でゼノス閣下と共に設計した『氷結滑走式・魔導列車』。……だが、今そこにある姿は、優雅な旅客列車ではない。

 車体全体が帝国の特級重装甲で覆われ、先頭車両には聖域の魔力を物理的に散らす『結界穿孔せんこうドリル』が装備された、鋼鉄の巨獣そのものだった。


「……全システム、臨界突破。……ゼノス閣下、準備はよろしくて?」


 私は、加速し続ける機関室の中で、操作レバーを握り締めていた。

 私の背後には、ゼノス公爵が影のように寄り添い、その強大な冷徹な魔力を列車の動力炉へと直接注ぎ込んでいる。

 

「……ああ。……リリアーヌ、君の描く『不可能な軌道』。……私が、この世界の摩擦すべてを凍らせて、正解ルートにしてやろう」


 ゼノスが私の肩越しに手を伸ばし、私の手の上に自分の手を重ねてレバーを押し込んだ。

 瞬間、レールの表面が絶対零度の氷に閉ざされる。……摩擦係数はマイナスへ。……重力制御魔法と相まって、数万トンの鋼鉄の塊が、物理法則を嘲笑うような速度へと跳ね上がった。


「……シオン! 摩擦熱の処理を!」


「……御意、お嬢様。……お嬢様の進む道を汚す熱など、私の影がすべて飲み干して差し上げましょう」


 列車の車輪とレールの間に生じる、大気を引き裂くほどの摩擦熱。……それを、並走するシオンの影が物理的に「捕食」し、エネルギーへと変換していく。

 

 ――キュィィィィィィィィン!!

 

 音速の壁を突破した衝撃波ソニックブームが、周囲の平原を更地へと変えていく。

 列車の先頭に集束された魔力は、もはや一つの「彗星」となって夜を切り裂いていた。


「……何だと!? ……あの速度、止まる気が……いや、制御する気すらないのか!?」


 聖都の門番を務める教会の魔導師たちが、蒼白な顔で絶叫する。

 彼らの展開した『断絶の白壁』が、接近する銀色の死神を前に、共鳴音を立てて悲鳴を上げた。


「……終着駅ですわよ、教会の皆様! ……アリアちゃんを返さない不届き者には、私の最新技術をその身に刻んで差し上げますわ!」


 ドォォォォォォォォォォン!!!!!


 衝突。……いや、それは「穿孔あけ」だった。

 数千年の歴史を誇る聖域の結界が、音速を超えた魔導列車の衝角に触れた瞬間、まるでもろいガラス細工のように、粉々に砕け散った。

 物理的な質量と、ゼノスの氷、そしてシオンの影。……それらが一点に集約された「リリアーヌの執念」は、神の守護さえも、単なる計算上の「端数」として処理したのだ。


 列車は結界を突き破り、そのまま聖都のメインストリートへと、激しい火花を散らしながら滑り込んだ。

 

 キィィィィィィィィッ!!

 

 耳を刺すようなブレーキ音と共に、大聖堂の目の前で、鋼鉄の巨獣がその巨体を停止させる。

 

 静寂。

 

 瓦礫の煙が舞う中、列車の重厚なハッチがプシュゥ、と蒸気を上げて開いた。

 そこから現れたのは、真っ赤なドレスを翻し、扇子を広げて優雅に、けれど凍てつくような笑みを浮かべたリリアーヌ。

 そして、その左右を固める、世界最強の二人の男たち。


「……ふぅ。……時間通りの到着ですわね。……ルカ枢機卿。……お迎えに上がりましてよ。……アリアちゃんを、今すぐ私の『指定席』へ戻してくださるかしら?」


 列車の背後では、完全に崩壊した結界の隙間から、ゼノスの帝国軍とハシムの黄金艦隊が、雪崩なだれのように聖都へと流れ込んできた。

 

(……これよ。……これこそが、開発者が一番強いって言われる所以ゆえんだわ! ……さあ、アリアちゃん! 待ってなさい、今、最高にカッコいいお姉様が助けてあげるからね!)


 聖都の石畳を踏みしめるリリアーヌの足音は、古臭い教会の終焉を告げる、非情なる鐘の音だった。


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