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第60話:特別区の危機――教会の巡礼と、ルカの牙

 私が心血を注いで再建したアステリア特別区の朝は、かつてない「白」に染まっていた。

 王都の正門から中央広場にかけて、延々と続く行列。それは帝国の軍勢でも、商人王の商団でもない。真っ白な法衣を纏い、胸に『光の天秤』の紋章を掲げた、数千人にも及ぶ教会の巡礼団だった。


「……リリアーヌ様。……あの方たち、みんな私の名前を呼んでいます。……『聖女様を教会へお返しせよ』と、祈るような声で……」


 王城のバルコニーから広場を見下ろすアリア様の声が、微かに震えていた。

 巡礼団は武器を一切持たず、ただ跪いて祈りを捧げている。だが、その「静かな圧力」は、どんな重火器よりもたちが悪かった。彼らはリリアーヌが整備した『魔導列車』を使い、私が広めた『魔導波』の地図を頼りに、最短距離でこの場所へ集結したのだ。


(……皮肉だわ。……私が民を救うために作ったインフラが、教会の組織的な侵攻を助ける『道』になってしまうなんて。……ルカ枢機卿、貴方の狙いはこれだったのね)


 私が設置した街中の魔導モニターには、今や公式なニュースではなく、教会による「アリア様は教会の所有物であり、帝国による拉致は神への背信である」という、巧みなプロパガンダ映像が流れ始めていた。


「……お嬢様。……広場のゴミを一掃する準備はできています。……私の影を解き放てば、数分後にはあの白い法衣を、真っ黒な絶望の色に染め変えて差し上げましょうか?」


 シオンが私の背後に立ち、今にも影の刃を放たんばかりの殺気を放っている。

 彼の瞳は、平和を愛でるお嬢様の庭を荒らす侵入者に対して、一切の容赦を捨て去っていた。


「待ちなさい、シオン。……今ここで彼らを傷つければ、それこそ教会の思うツボですわ。……彼らは『無抵抗な信徒』として、世界中の通信端末シル・フォンにその惨状を配信させるつもりよ。……暴力は、今の私たちの正義を汚すだけですわ」


「……リリアーヌの言う通りだ。……だが、看過もできん。……軍を動かせば『弾圧』と言われ、動かさねば『無能』と罵られる。……ルカという男、こちらの打つ手をすべて封じてきているな」


 ゼノス公爵が、不快そうに腕を組み、冷徹な『解析眼』で巡礼団の魔力波長を分析していた。

 

 ――チリン。

 

 その時、私の手元の『シル・フォン』が、昨夜のルカとの通信と同じ、冷たく澄んだ音を立てた。

 画面が強制的に切り替わり、そこには優雅に紅茶を嗜むルカ枢機卿の姿が映し出される。


『……ごきげんよう、リリアーヌ様。……貴女の作ったこの通信網、実に見事だ。……おかげで、私の慈悲深い言葉が、一瞬で王国の隅々まで届きましたよ。……民衆も、やはり古い『信仰』を求めていたようです』


「……ルカ様。……他人のネットワークを土足で荒らすなんて、随分とお行儀が悪いですわね。……今すぐその発信元を、私のドローンで物理的に消去して差し上げましょうか?」


『……フフ、怖いですね。……ですが、手遅れですよ。……今夜、中央広場で『聖夜祭』を執り行います。……そこでアリア殿を、本来あるべき神の祭壇へとお迎えする。……貴女も、特等席で見守っていてください。……最後の一つ、七つ目の誓いが、彼女を私の元へ導く瞬間を』


 通信が一方的に断たれ、画面には「アリア様を教会へ」という民衆の書き込みが滝のように流れ始めた。

 

(……ルカ。……貴方の『精神汚染』的な扇動、本当に胸糞が悪いわ! ……でも、アリアちゃんを渡すなんて、一秒たりとも考えたことはありませんわよ!)


 私が対抗策としての『情報遮断プログラム』を構築しようと端末に指をかけた、その時だった。

 

「……リリアーヌ様。……私、行かなければなりません」


 アリア様の声が、今まで聞いたこともないほど無機質で、冷たい響きを帯びていた。

 彼女の美しい金色の瞳が、ルカの予言通り、不気味な赤い光を宿して広場を見つめている。


「アリアちゃん!? 貴方、何を……!」


「……あの方の声が、聞こえるのです。……私が、世界を救うための『いしずえ』にならなければならないと。……それが、私の逃れられない運命だと……」


 アリア様が、吸い寄せられるようにバルコニーの手すりに手をかける。

 

「……っ!? ……アリア殿、正気に戻れ!」


 ゼノスが慌てて彼女を抱き止めようとしたが、アリア様の身体から放たれた強大な「聖なる拒絶」の魔力が、帝国の公爵を数メートルも弾き飛ばした。

 

「…………。……邪魔をしないで。……私は、神の元へ戻るだけですから」


 アリア様はそのまま、バルコニーからふわりと、重力を無視して広場の中心へと降りていった。

 巡礼団が地鳴りのような歓声で彼女を迎え入れ、教会の騎士たちがアリア様を囲むようにして、リリアーヌの手の届かない「白い檻」を作り上げる。


「……アリア様!!」


 私の叫びも、民衆の熱狂の中にかき消されていく。

 

「…………お嬢様。……もう、手加減の必要はありませんね。……お嬢様の『推し』を奪ったあの生臭坊主。……その魂を、一億年かけて影の毒で溶かし尽くして差し上げます」


 シオンの背後から、王城全体を飲み込むほどの巨大な影が立ち上がる。

 ゼノスの周囲には、絶対零度の吹雪が荒れ狂い、王城がパキパキと凍りつき始めた。

 

 第5フェーズ、完結。

 

 リリアーヌの築いた平和は、最悪の形で崩壊し、物語はいよいよ世界の存亡と、アリアの魂を賭けた**第6フェーズ【聖域の決戦と七つの誓い】**へと突入する。


(……ルカ。……よくも、よくも私のアリアちゃんに手を出したわね。……貴方のその腐りきった神の庭、私の魔導理論で根こそぎ『デバッグ』して、跡形もなく消し去ってあげますわよ!!)


 怒りに震えるリリアーヌの背中で、聖獣シルがかつてないほどに不気味な低い唸り声を上げ、その瞳を「絶滅」の光へと変えていた。


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