第58話:世界からの視線――招待状と、新たな利権の影
アステリア特別区の正門前には、今や見たこともない意匠を凝らした豪華な馬車が列をなしていた。
雪国の白銀の紋章、龍の国の荒々しい鱗の装飾、そして海を越えた諸島連合の極彩色の旗。……魔法帝国ガルディナの庇護下で爆発的な復興を遂げたこの地に、世界中の好奇心と、剥き出しの欲望が注がれていた。
「……信じられん。……あの死の霧に包まれていた国が、なぜこれほどまでに明るいのだ?」
「……見ろ、あの街灯を。……魔石の消費を極限まで抑えつつ、太陽に近い光を放っている。……我が国の魔導師たちが束になっても届かぬ技術だ」
馬車の窓から顔を出す各国の大使たちが、口々に驚愕の声を漏らす。
彼らが目にするのは、石造りの古風な街並みの中に、突如として現れた「未来」の断片。……エアコンの室外機が静かに回り、民衆が『シル・フォン』を片手に談笑する、リリアーヌによって書き換えられた新しい世界の姿だった。
(……ふふふ。……計画通り。……情報の拡散は、最高の広告ね。……さて、寄ってきたハイエナ……いえ、大切なお客様たちを、どう料理して差し上げましょうか?)
私は王城の『謁見の間』で、シオンが用意してくれた特注の『外交用ドレス』を纏い、玉座の横に設けた私の執務デスクに座っていた。
足元では、巨大化したシルが「玉座」の上で大きなあくびをし、その隣ではアリア様が、少し緊張した面持ちで私の袖を握っている。
「……リリアーヌ。……連中は、君の技術を軍事転用する契約を狙っている。……特に雪国のバルフレア侯爵は、かつて私の氷の魔法を盗もうとした油断ならぬ男だ。……隙を見せるなよ」
ゼノス公爵が、軍服の正装で私の隣に立ち、冷徹な殺気を隠そうともせずに広間を睨み据えていた。
「お嬢様。……もし、あのような無能な男たちが、お嬢様の知性に不躾な値を付けるような真似をすれば……。……その瞬間に、この広間の影ですべてを飲み込み、彼らの国に『通信障害』以上の絶望を届けて差し上げますからね」
シオンもまた、完璧な執事の微笑みを浮かべつつ、その背後の影を不気味にうねらせていた。
「……皆様、お静かに。……会議を始めますわよ」
私が指を鳴らすと、重厚な扉が開かれ、各国の使節団が入場してきた。
彼らは、私が玉座ではなくその横のデスクに座り、王家の象徴である椅子に巨大な聖獣が寝ている光景に一瞬絶句したが、すぐに気を取り直して、慇懃無礼な挨拶を並べ立てた。
「……リリアーヌ様。……我が雪国は、貴女の『魔導エアコン』の寒冷地仕様を、ぜひとも独占契約したい。……対価として、我が国の第一王子との縁談を……」
「……お黙りなさいな、バルフレア侯爵。……言葉が通じにくいようですから、これをお使いになって?」
私は、アルベルトに徹夜で作らせた最新のデバイス――『同時通訳魔導イヤリング』を、魔法の手で彼らの前に差し出した。
「……これは、装着者の脳波と発声される魔力の波長を瞬時に解析し、言語の壁を無効化する最新の魔導具ですわ。……これがあれば、貴方の拙い誘い文句を、私が聞き間違えることもありませんでしょう?」
(……出たわ! 現代知識による【言語の壁、物理破壊】! これを使えば、外交交渉の主導権は完全に私のもの。……翻訳のラグすら、私の魔導理論が許さないわ!)
使節団たちは、そのデバイスの驚異的な性能に顔を青ざめさせた。
自分たちの隠し持っていた「外交術(言葉の裏)」さえも、このリリアーヌの前では透けて見えるのではないかという恐怖が、広間に伝播していく。
「……リリアーヌ様。……我が国は、貴女を『世界の至宝』として迎え入れたい。……帝国の公爵などに縛られるのは、貴女の才能への侮辱だと思わないか?」
龍の国の武官が、リリアーヌを力ずくで連れ去ろうとするかのように一歩踏み出した、その時。
――バリバリバリッ!!!
武官の足元が、一瞬にして数センチの厚さの氷に閉ざされ、彼の動きを完全に封じた。
「……私の前で、誰を誘っているのだ。……その舌、今すぐ凍りつかせて粉砕してやろうか?」
ゼノス公爵の瞳が、絶対零度の光を放つ。
同時に、武官の背後の影から、シオンの鋭い暗器が首元に突きつけられた。
「……お嬢様に触れる許可など、世界中の誰にも与えられていません。……死にたいのであれば、もっと静かな場所を用意して差し上げますよ」
二人の攻略対象による、息の合った(?)拒絶。
……あ、これ。私が言う前に解決しちゃったわね。
「キュ、キュアァ……」
騒がしさに目を覚ましたシルが、面倒くさそうに頭を上げ、大きなあくびをした。
その瞬間に漏れ出した、伝説の聖獣特有の圧倒的な「魔力圧」が広間を席巻する。
他国の精鋭騎士たちが、その神聖な威圧感に耐えきれず、一斉に膝を突き、中には失神する者さえ現れた。
「……あら。シルはお腹が空いただけですわよ? ……皆様、交渉を続ける元気は残っていらして?」
私は優雅に扇子を広げ、立ち上がれない使節団たちを見下ろした。
技術、武力、富、そして聖獣の加護。
旧王国の「悪役令嬢」だったはずの少女が、今や世界中の利権を掌で転がす、唯一無二の支配者であることを、誰もが確信した。
会議の終盤。
一人の教会の使者が、震える手で一通の手紙を差し出した。
「……枢機卿ルカ様より、リリアーヌ様へ。……『聖域の祭壇にて、貴女のために空席を用意した。……近々、面白い余興をお見せしよう』とのことです……」
手紙を受け取った瞬間、シオンの影が激しく波打ち、ゼノスの周囲に吹雪が舞った。
(……ルカ。……あのアナログな腹黒枢機卿、私のネットワークをジャックしただけじゃ飽き足らず、今度は何を企んでいるのかしら?)
世界からの視線、そして教会の不穏な胎動。
私の「もふもふスローライフ」への道は、さらに巨大な国際紛争の渦中へと突き進もうとしていた。
「……さあ、皆様。……本日の商談はここまで。……続きは、ハシム様の船で用意した『最新エステ』でも受けながら、ゆっくりと考えなさいな。……私の技術は、高くつきますわよ?」
私は高笑いと共に、愕然とする使節団を追い出し、次なる開発――『全自動・国境防衛ドローン網』の設計図を脳内で描き始めるのだった。




