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第57話:魔法の通信網と、王都の噂話――Wi-Fi(魔導波)の氾濫

 旧王国の王都『セント・ルミナス』の空に、目に見えない「魔力の糸」が張り巡らされたのは、アルベルトが半狂乱で中継塔の最終調整を終えた、ある晴れた日の午後だった。

 私が『シル・フォン』と名付けた魔導通信端末は、今や帝都だけでなく、この特別区の市民たちの間でも爆発的な普及を見せている。


「……接続リンク、完了。……さあ、世界を繋ぎましょう!」


 私が王城の屋上に設置したメイン・サーバー水晶に触れた瞬間、王都全域に設置された「マギ・アクセスポイント」が一斉に淡い青色の光を放った。

 

(……ふふ。……これで王都のどこにいても、アリアちゃんの最新ライブ映像をストリーミング再生できるわ! ……前世のギガ不足に悩まされた日々よ、さらば! ……これからは、高画質(4K)の『もふもふ』が、二十四時間体制で民衆の心を癒やすのよ!)


 私が開発した情報共有基盤『マギ・グラム』。

 それは、誰もが自由に文字や画像を投稿できる、この世界初のソーシャル・ネットワークだ。

 運用開始からわずか数時間。王都の広場では、人々が手元のプレートを食い入るように見つめ、一喜一憂する現代的な光景が広がっていた。


「……見てくれ! 聖女アリア様が、今朝食べたパンの写真を上げているぞ! ……『美味しかったです』だって! ……ああ、尊い……!」

「……こっちは聖獣シル様の寝顔だ! ……このお腹の毛の質感、たまらんな……。……速攻で『共鳴いいね』を送らねば!」


 民衆が新しいおもちゃに熱狂する中、私は執務室でシオンが淹れてくれた冷たい果実水を飲みながら、管理者用モニターでデータの流れを確認していた。

 ……だが、そこに流れてくる「呟き」のいくつかに、私は冷や汗を流すことになる。


『……リリアーヌ様の後ろにいるあの銀髪の執事、格好いいけど目が笑ってなくて怖くないか?』

『……昨日、お嬢様に近づこうとした商人が、影の中に引きずり込まれるのを見たんだが……』


(……ヒェッ! ……バレてる。……シオンの裏の顔が、匿名の投稿で可視化され始めてるわ。……これ、炎上案件にならないかしら?)


 私が不安げに画面をスクロールしていると、背後から不自然なほどに静かな、けれど心臓を握り潰されるような圧迫感を伴う気配が近づいてきた。


「……お嬢様。……先ほどから、この『マギ・グラム』という空間に、非常に不愉快なゴミが散乱しているようです。……具体的には、私がお嬢様を独占していることへの嫉妬や、私の警護方法に対する……根拠のない誹謗中傷ですね」


 シオンが、私の肩越しにモニターを覗き込んできた。

 彼の手には、特注の『ブラック・シル・フォン』が握られており、画面上には、私にメンション(言及)を送った全ユーザーの現在位置が、地図上に真っ赤な点として表示されていた。


「……位置特定(GPS)、完了。……お嬢様の髪のハネ具合について不遜な感想を呟いた不届き者が三名。……それから、お嬢様のドレスの隙間を拡大しようとした変態が一名。……今すぐ、彼らの端末ごと影の底へ沈め、物理的な『通信制限』をかけて参りますね」


「……シオン! 待ちなさい、それはただの感想よ! ……それに、拡大しようとした人は……まあ、成敗してもいいけれど、殺しちゃダメよ!」


(……出たわ。……ハイテク・ストーカーと化したヤンデレ執事。……情報の高速化は、彼の監視能力を数倍に跳ね上げてしまったみたいね……!)


 私がシオンを宥めていると、不意に、私の手元の端末が激しく振動し、画面全体を覆い尽くすような巨大な「緊急通知」が表示された。

 

 ――ピキィィィィィィン!!

 

 画面に映し出されたのは、軍服の襟を少し寛がせ、こちらを真っ直ぐに見つめるゼノス公爵の顔だった。


『……リリアーヌ。……私の専用回線を通さず、不特定多数の民衆と繋がる趣味ができたのか。……君の関心が、私以外の雑音に向くのは好ましくないな』


「……閣下!? なぜ私の管理者権限を上書きして、強制ポップアップを出しているのですか!」


『……我が帝国の魔導演算機を舐めるな。……君が作ったこのネットワーク、非常に便利だが……。……君と二人きりで話すための『密室』が足りない。……今夜、列車の展望車両を用意した。……通信越しではなく、直接、君の声を独占させてもらおう』


 ゼノスが不敵に微笑み、画面越しに私の瞳を射抜く。

 ……公爵様。その使い方は、帝国の軍事予算の無駄遣いですわよ。


 一方、そんな男たちの小競り合いを余所に、アリア様とシルは新しい技術を最大限に楽しんでいた。

 アリア様は、私が作った「自撮り棒(魔導固定具)」を使い、隣で欠伸あくびをするシルの動画を投稿していた。


「……ふふ、リリアーヌ様! 見てください! ……世界中の人たちが、シルに『可愛い』って言ってくれています! ……みんなの心が、一つの歌を聴いているみたいに繋がっていますわ!」


「キュ、キュアァッ!」


 シルも、画面に映る自分の姿を不思議そうに鼻で突き、自分の投稿に付いた『いいね』の数が増えるたびに、満足げに尻尾を振っている。

 

(……ああ、癒やされる。……この平和な光景こそが、私の求めていた情報革命の形よ。……男たちの独占欲さえ、通信エリア外に放り出せれば完璧なんだけど……)


 だが、その平和なタイムラインの片隅に。

 一通の、送り主不明の「ダイレクトメッセージ」が届いた。

 

 開くと、そこには何も書かれていない真っ黒な画像と、一言だけの添え書き。

 

『……リリアーヌ様。……貴女が作ったこの光の網。……闇が広がるには、絶好の揺り籠ですね』

 

 メッセージは読んだ瞬間に消滅し、ルカ枢機卿の、あの赤い瞳の残像だけが脳裏に焼き付いた。


「…………。……さて。……通信制限をかけるべき相手が、一人増えたみたいですわね」


 私は、シオンに「そのメッセージの発信元、特定できる?」と尋ねようとして、既に彼が「……ルカ。……貴様の端末、影で粉々に砕いてあげます」とスマホを握りつぶしそうになっているのを見て、苦笑いを浮かべた。


 王都を巡る、光の波と、闇の執着。

 リリアーヌの「もふもふ情報社会」は、便利さと引き換えに、攻略対象たちの欲望をさらに加速させていくのだった。


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