第56話:騎士団長の草むしり、技師の不眠不休(デスマーチ)
アステリア特別区として再編された旧王国の王都『セント・ルミナス』は、今や大陸で最も「奇妙な」活気に満ち溢れていた。
私が開発した『魔導エアコン』が各家庭に試験導入され、夜道には『魔導街灯』が煌々と輝く。かつて死の霧に包まれていた街は、今や帝都をも凌ぐ不夜城へと変貌を遂げつつあった。
「……ふふ。……計画通りね。……さて、インフラの基礎が整ったところで、次は王都全域を網羅する『広域魔導波ネットワーク』の構築に取り掛かりますわよ!」
私が王城のバルコニーで、広げた設計図を叩きながら宣言したその時、背後から「ヒッ……!」という短い、悲鳴に近い声が上がった。
振り返ると、そこには目の下に深い隈を刻み、手には魔導ハンダ(接合器)を握りしめたアルベルトが、幽霊のような顔で立ち尽くしていた。
「……し、師匠。……冗談ですよね? ……昨日、王都全域に『魔導水道』を通す術式を完成させたばかりですよ? ……私の魔力、もう一滴も残っていません……。……シルの抜け毛で作った枕、三時間しか使えていないんです……」
「あら、アルベルト。……若いのに情熱が足りませんわ。……貴方の設計した回路が、この国の民の『便利』を作るのよ。……さあ、あそこに用意した『高純度魔力回復ポーション(超激辛)』を飲んで、作業を続行なさい」
(……ふふ。……前世のブラック企業の管理職も驚くくらいの、完璧な進捗管理ね。……でも、彼の技術力は確実に上がっているわ。……これもすべて、愛の鞭ですわよ?)
一方で、王都の郊外――かつて「聖域の森」と呼ばれ、シルの浄化によって甦った開拓地では、もう一人の「元・権力者」が泥にまみれていた。
「……ぬぅんっ! ……この根、しぶといな……!」
漆黒の鎧を脱ぎ捨て、簡素な麻の服の袖を捲り上げているのは、旧王国騎士団長だったレオニダス卿だ。
彼は今、リリアーヌが持ち込んだ最新の『魔導耕運機』の操縦に四苦八苦しながら、アリア様のために整備されたバラ園の雑草を一本ずつ引き抜いていた。
「……レオニダス卿。……随分と、土の匂いが馴染んできたようですわね」
私が護衛のシオンを連れて視察に訪れると、レオニダスは慌てて立ち上がり、泥のついた手で騎士の礼を捧げた。
「……リリアーヌ様。……いや、我が主。……不甲斐ない姿をお見せいたしました。……この魔導具、出力の調整が難しく……。……剣を振るう方が、どれほど容易か……」
「あら、それは貴方の魔力制御が大雑把だからですわ。……アリア様が楽しみにしていらっしゃるのですもの、枯らしたりしたら、シオンの影の中で一生『土』として過ごしていただくことになりますわよ?」
「……ハッ! ……このレオニダス、命に代えても世界一の美しさを咲かせてみせます!」
かつて私を断罪の場へと引き立てた、あの冷徹な騎士団長。……今や彼は、リリアーヌへの屈折した罪悪感と、アリア様への敬愛から、世界最強の「庭師」へとクラスチェンジを果たそうとしていた。
「……お嬢様。……あのような無能な騎士に構う時間は、もう十分でしょう。……それより、私が用意した影の成分入りの冷たいお飲み物を。……それから、お嬢様の背後に漂う、あの泥の臭いを、今すぐ私の香気で上書きさせてください」
シオンが私の背後に回り込み、私の髪を一房掬い上げて、執拗にその香りを確かめる。
彼の影は、レオニダスが不注意に跳ね上げた泥が一滴たりとも私のドレスに付かないよう、鉄壁の防護壁を築いていた。
「……シオン、近いですわ。……レオニダス卿が驚いているではありませんか」
「……驚くべきは、彼がまだ生きて太陽の下にいることですよ。……お嬢様の慈悲が、砂漠の雨よりも甘すぎるのが原因ですね」
(……はいはい、また嫉妬ね。……でも、この二人とアルベルトのおかげで、私の『特別区・魔改造計画』は爆速で進んでいるわ。……やっぱり、有能な攻略対象(サブ含む)をこき使うのは、最高の贅沢ね!)
その時、私たちの様子を高い空から見ていたシルが、我慢できなくなったのか「キュアァッ!」と叫んで急降下してきた。
シルは開拓地の中心に着地すると、自慢の巨大な尻尾をブンブンと振り回し始めた。
――バシュゥゥゥン!!
シルの尻尾から放たれた浄化の衝撃波が、レオニダスが苦戦していた頑固な雑草を一瞬にして根こそぎ吹き飛ばし、さらに土を完璧な具合に耕してしまった。
「…………。……私の、三日間の苦労が……」
呆然と膝を突くレオニダス。
シルは「どうだ、僕の方が凄いだろ!」と言わんばかりに胸を張り、私の元へ歩み寄って鼻先を擦り寄せてくる。
「……あら、シル! 最高ですわ! ……レオニダス卿、これが『効率』というものですわよ。……貴方はシルの後片付け……あ、あそこに飛んでいった岩の回収をお願いね」
「……ハッ。……承知いたしました……」
かつての英雄たちの矜持を、もふもふの聖獣と悪役令嬢の無邪気な合理性が、容赦なく粉砕していく。
旧王国の王都は、こうしてリリアーヌの「無茶振り」と、男たちの「執着」と「過労」、そして「聖獣の圧倒的な力」によって、前代未聞の爆速復興を遂げていくのだった。
「……さあ、皆様! 明日からは王都に『魔導映画館』を作る工事を始めますわよ! アルベルト、ポーションはまだ残っていて?」
「……師匠……。……もう、私の意識が『圏外』になりそうです……」
リリアーヌの「もふもふスローライフ」のためのインフラ革命は、犠牲者……もとい、協力者たちの悲鳴と共に、さらなる高みへと加速していく。




