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第54話(前編):商人王の強襲――空飛ぶ絨毯と、真珠の檻

 旧王国の王都『セント・ルミナス』の夜は、魔導列車の敷設工事や街灯の整備が進み、かつての死んだような暗闇を脱しつつあった。

 私は、新設された王城の執務室で、山のような図面と魔導計算盤に囲まれ、ひたすらペンを走らせていた。


「……ここを、ゼノス閣下の氷の魔力で冷却しつつ、私の開発した潤滑剤で摩擦をゼロにする。……そうすれば、時速三百キロを超える魔導鉄道が完成するわ。……ああ、早くアリアちゃんをこの特等席に乗せて、大陸横断ツアーに行かせてあげたい……!」


 集中力が極限に達し、脳内を駆け巡る数式が火花を散らす。

 傍らでは、シオンが「お嬢様、もう三徹目さんてつめです。……これ以上は、お嬢様の透き通るような肌が過労ですすけてしまいます」と、涙ながらに最高級のハーブティーを差し出してきていたが、私はそれを無意識に飲み干し、作業を続けていた。


 ――その時だった。


 窓の外、夜の王都の空から、不自然なほどに温かく、そして「重厚な富」を感じさせる黄金の魔力が、音もなく近づいてきた。

 ゼノス公爵が張り巡らせたはずの、帝国最強の探知結界が、まるで見えない金貨で買収されたかのように、一瞬だけ無抵抗にその侵入を許したのだ。


「……何!? この魔力波長は……!」


 私が顔を上げた瞬間、重厚な執務室の窓が、内側から溶けるように開け放たれた。

 夜風と共に滑り込んできたのは、無数の宝石が編み込まれた、巨大で豪奢な「空飛ぶ絨毯」だった。


「……相変わらず、無味乾燥な城に閉じこもっているな、リリアーヌ。……俺の認めた世界一の宝を、こんなほこりとインクの臭いの中に放置しておくほど、俺の気は長くはないぞ」


 絨毯の上に立ち、不敵な笑みを浮かべていたのは、商人王ハシムだった。

 浮遊船を受け取った時よりも、さらに野性味を増した褐色の肌。シャツの胸元からは、月光を反射する大粒の魔導石が覗き、その黄金の瞳は、獲物を……いえ、最高級の「商品」を値踏みするような熱を帯びて私を射抜いた。


(……ハシム!? 続編の限定イベント【砂漠の王による掠奪りゃくだつ】が、まさかこのタイミングで!? ゼノス様やシオンの警戒網を、金に物を言わせた古代遺物で突破してくるなんて、流石は課金王だわ……!)


「……貴様! お嬢様から離れろ、この砂漠の泥棒猫が!」


 瞬時に反応したシオンが、袖口から影の刃を放ち、ハシムの喉元を狙う。

 だが、ハシムは指先を軽く鳴らすだけで、空間に「純金製の障壁」を出現させ、シオンの攻撃を物理的な重みで弾き飛ばした。


「……執事君、君の忠誠心は高く買うが、今のリリアーヌに必要なのは、影の守りではなく、最高級の休息だ。……リリアーヌ、少しだけ海風を浴びに行こうか」


「えっ? ちょっと、ハシム様……!」


 抵抗する間もなかった。

 ハシムが絨毯から飛び降りるやいなや、私を軽々と横抱き――いわゆる「お姫様抱っこ」ですくい上げたのだ。

 彼の身体からは、砂漠の太陽のような熱気と、どこか異国のスパイスを思わせる、人を酔わせる香りが漂ってくる。


「……放せ! お嬢様を……!」


「ははっ、追ってこられるかな? この絨毯の魔力消費量は、一国の一年分の予算に匹敵するんだぞ!」


 ハシムが再び絨毯に飛び乗ると、黄金の布は重力を無視して急加速し、夜の空へと舞い上がった。

 

「シオン! ゼノス閣下によろしく伝えて! ……たぶん、すぐに戻るわ!」


 私が叫ぶ声も虚しく、王都の灯りは瞬く間に遠ざかっていく。

 シオンの絶叫と、影の猛攻が届かないほどの高度まで一気に上昇すると、ハシムは私の腰を引き寄せ、自身の胸板に私を押し付けた。


「……いい子だ。……あまり暴れるな。……ここから落ちれば、いくら君の知性があろうと、ただの砕けた真珠になってしまうからな」


「……随分と強引ですわね、ハシム様。……ビジネスパートナーとしての礼儀を忘れたのかしら?」


「礼儀? ……俺が君に対して抱いているのは、そんな生温いものではない。……俺は、手に入れた宝は自分の手元で、最高に輝く状態で眺めていたいたちでね。……今の君は、過労で瞳の光が曇っている。……俺の船で、徹底的に磨き直してやる」


(……出たわ。俺様系富豪の【強引なバカンス】! 悔しいけど、この高い場所からの夜景と、彼の包容力の塊みたいな腕の中……。……不眠不休だった脳が、勝手に『休息モード』に切り替わろうとしているわ……!)


 数分後。

 雲海を突き抜け、私たちは帝都の軍港からも遠く離れた、外海に浮かぶハシムの旗艦『黄金の獅子』へと降り立った。

 

 船上には、リリアーヌ一人のためだけに用意された、宝石と香油の香りに満ちた豪華なサロンが用意されていた。

 ハシムは私を、雲のように柔らかいシルクが敷き詰められたエステベッドへと押し倒すように下ろした。


「……さあ、リリアーヌ。……今夜は君を、俺の所有物にふさわしい輝きに戻してやる。……誰も、邪魔はさせない」


 ハシムが私の耳元で、熱く、奪い去るような声音で囁いた。

 

 逃げ場のない洋上の宮殿。

 旧王国の喧騒けんそうから切り離されたこの場所で、悪役令嬢は商人王による、最も贅沢で危険な「甘やかし」の時間を迎えようとしていた。


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