第51話:王都の休日――聖女と聖獣、綿菓子を食す
旧王国の王都『セント・ルミナス』。
数日前まで絶望と怒号に包まれていたこの街は、今や帝国の迅速な物資支援と、聖女アリア様の浄化の歌声によって、驚くべき速さで活気を取り戻しつつあった。
私は、王城の執務室に山積みになった「戦後処理の書類」をシオンとアルベルトに(笑顔で)押し付け、アリア様とシルを連れて、お忍びの街歩きへと繰り出していた。
もちろん、お忍びと言っても、私の隣には銀髪をなびかせた絶世の美少女(アリア様)と、一角を持つ巨大な純白の毛玉がいるのだから、目立たないはずがない。
「……リリアーヌ様。街の皆様が、あんなに笑っています。……少し前までは、みんな下を向いて歩いていたのに」
アリア様が、露店が並び始めた大通りを眺めて、感極まったように瞳を潤ませる。
彼女は今日、私が新しく新調した『帝都風カジュアル・サマードレス』を纏っている。麦わら帽子から覗く金色の髪が、初夏の陽光を浴びてキラキラと輝き、その姿はまさに「街に降りた天使」そのものだ。
(……あああああ! アリアちゃんのその聖母のような微笑み! 尊い! 尊すぎるわ! ……でも、まだ何かが足りない。……そう、復興に必要なのは『希望』だけじゃない。『糖分』よ!)
私は、市場の片隅で足を止めた。
そこには、配給された砂糖の袋を前に、どう調理したものかと頭を抱える露店主の姿があった。
旧王国は今、燃料となる魔石が不足しており、大掛かりな調理が難しい状況にある。
「……店主さん。その砂糖、私が有効活用して差し上げますわ。……少し、場所をお借りしてよろしくて?」
「えっ? あ、はい! どなたか存じませんが、どうぞお使いください!」
私は、持参したトランクから、昨夜「お遊び」で組み立てた試作機を取り出した。
それは、中心に回転する金属製の釜があり、その周囲を透明な魔導障壁が囲む、奇妙な形の機械だ。
「……リリアーヌ様、それは……? また、何か新しい魔導具ですの?」
「ええ、アリア様。……これは名付けて『魔導式・高回転遠心分離糖分繊維化機』……。……平たく言えば、『雲を食べる機械』ですわ!」
私は、シオンがいない隙に(彼は今、私のために『王都で一番美味しい水』を汲みに走っている)懐から小さな氷属性の魔石を取り出し、機械の動力部にセットした。
――キュィィィィィィン!!
魔導モーターが軽快な音を立てて回転を始める。
私が中心の釜にスプーン一杯の砂糖を放り込むと、一瞬で加熱された砂糖が液状になり、遠心力によって極細の糸となって飛び出した。
私は手近にあった木の棒を手に取り、魔法の杖を振るうように、空中に舞う白い糸を絡め取っていく。
みるみるうちに、棒の先には、空に浮かぶ入道雲のような、ふわっふわで巨大な「白い塊」が出来上がった。
「……わぁっ!? リリアーヌ様、すごいです! 本当に雲を捕まえたみたい!」
アリア様が、子供のように瞳を輝かせて身を乗り出す。
「……さあ、アリア様。まずは貴女が召し上がって? 出来立てが一番美味しいんですのよ」
アリア様が恐る恐る、その白い塊を一口齧る。
「……っ! ……甘い! 舌の上に乗せた瞬間、雪みたいに溶けて……幸せな味がしますわ!」
頬を赤らめ、とろけるような笑顔を見せるアリア様。
その瞬間、周囲の民衆たちが「なんだあの食べ物は!」「聖女様が雲を食べていらっしゃるぞ!」と、わらわらと集まってきた。
(……キターー!! 現代知識による食文化革命! 砂糖とわずかな魔力だけで作れるこの綿菓子は、今の旧王国にとって最高のエンターテインメントになるわ!)
その時、私の足元でずっと大人しく(?)していたシルが、我慢できなくなったのか「キュゥゥゥン!」と甘い声を上げた。
シルは巨大な鼻を綿菓子に近づけ、フガフガと匂いを嗅いでいる。
「あら、シルも食べたいの? ……はい、貴女には特大サイズを作ってあげるわね」
私はシルのために、頭のサイズほどもある巨大な綿菓子を作り、鼻先に差し出した。
シルは大きな舌でペロリとそれを丸呑みにした……が、次の瞬間、口の中で一瞬にして消えてしまったことに驚いたのか、目を丸くして「アレ?」と首を傾げている。
「キュ……? キュアァッ!?」
自分の鼻に綿菓子のカスがつき、顔中がベタベタになっていることにも気づかず、シルは「もっと! もっとおくれ!」と私の周囲をぐるぐると回り始めた。
(……可愛い。……伝説の聖獣が、綿菓子に負けている……。このシュールな光景、動画に撮って『シル・フォン』で全世界に配信したい……!)
私が幸せなもふもふタイムを堪能していると、不意に、背後から氷点下の冷気が漂ってきた。
「…………お嬢様。……お嬢様を一人にしたのは、わずか三分十四秒。……その間に、このような不特定多数の民衆に囲まれ、あまつさえ『餌付け』までなさっているとは。……私の教育が、まだ足りなかったようですね」
シオンが、手に持ったクリスタルボトルを握りつぶさんばかりの力で戻ってきた。
彼の瞳は、私に綿菓子をねだる子供たちや、シルの毛並みを羨ましそうに見る男たちを、一人残らず「影の底へ沈めるべき害虫」として認識していた。
「シオン、お帰りなさい。……ほら、貴方の分も作ってあげたわよ。……はい、あーん」
「…………。…………っ。……卑怯ですよ、お嬢様。……そんな風に微笑まれながら差し出されたら、拒絶などできるはずがないではありませんか」
シオンは顔を赤らめ、私の差し出した綿菓子を、悔しそうに、けれど慈しむように口にした。
王都の広場に広がる、甘い砂糖の香りと、穏やかな笑い声。
かつての戦火の跡は、リリアーヌの「お遊び」によって、少しずつ、けれど確実に塗り替えられていく。
「……皆様! 今日は材料がある限り、無料で配りますわよ! ……ただし、アリア様の歌を三回聴くことと、シルを一度だけ撫でること(※優しくね)が条件ですわ!」
「「「リリアーヌ様、万歳!!」」」
民衆の歓喜の声に包まれながら、私は次の開発――「全自動かき氷機」の設計図を脳内で描き始めていた。
悪役令嬢の休日。
それは、この国を「甘い幸せ」で支配するための、最初の一歩でもあった。




