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第47話:無慈悲な鑑定――最新魔導は毒すらも慈斐に変える

 床に叩きつけられたエドワード王子の呻き声が、静まり返った『星辰の間』に虚しく響く。

 重力魔法の不可視の圧力が、彼の金色の甲冑を無慈悲に軋ませ、かつての第一王子の矜持を物理的に押し潰していた。


「……がはっ……! 貴様……リリアーヌ……! 離せ、この薄汚い魔術を……! 私は、私はこの国の正当なる後継者だぞ!」


 エドワードが顔を歪ませ、床に頬を擦り付けながら叫ぶ。その口角からは、先ほどの衝撃で切れたのか、一筋の血が流れ落ちていた。

 だが、その醜い足掻きを遮るように、シオンが音もなく歩み寄り、エドワードの喉元を影で編み上げた靴の先で、静かに、けれど確実に踏み抜いた。


「……お黙りなさい。……お嬢様の神聖なる晩餐を汚し、その耳に不快なノイズを届けるその舌。……今すぐ根元から影の糧にして差し上げてもよろしいのですよ?」


 シオンの瞳は、暗闇の中で濁った紫色の光を放っていた。彼の背後からは、生き物のように蠢く無数の影の触手が伸び、エドワードの四肢を蛇のように絡め取っていく。

 シオンが放つ殺気は、もはや人間のそれではない。それは、深淵の底に潜む「何か」が、愛する者を害そうとした羽虫を、どうやって苦しめて殺そうかと愉しんでいるかのような、純粋で禍々しい狂気だった。


「……待ちなさい、シオン。……まだ、彼の『独白』が終わっていませんわ」


 私は、ゼノス公爵が用意してくれた清浄な水で口を濯ぎ、優雅にナプキンで唇を拭った。

 毒を飲み干した後の私の身体は、分解された魔力が全身を駆け巡り、かつてないほどに研ぎ澄まされている。視界は鮮明になり、空気中の魔素の流れさえも指先に取るように分かる。


(……ふふ。身体中のナノ魔導結界が、毒素を完璧に『美味なエネルギー』に変換してくれたわ。……エドワード様、貴方が用意した死の杯は、私の反撃のための最高の発火剤ブースターになったようですわね)


 私は、膝の上に置いていた純金製の『シル・フォン』――その通信出力ユニットを、テーブルの中央に設置した。


「……閣下。……準備はよろしいかしら?」


「……ああ。……帝都に配備した中継用衛星魔導具とのリンクは完了している。……リリアーヌ。……君が望むなら、この国の空だけでなく、全大陸の空を君の『色』に染めてやろう」


 ゼノス公爵が、私の肩を抱き寄せ、その冷徹な『解析眼』をエドワードへと向けた。

 彼は、エドワードが懐に隠し持っていた、汚職の証拠を記録した秘匿魔石を、氷の指先一つで物理的に抽出してみせた。


「……隠し事は無用だ、エドワード。……君がアステリア王家の国庫を私物化し、教会の司教たちと交わした、アリア殿を『部品』として売り払うための契約書……。……そのすべてを、今この瞬間に公開処刑パブリック・エグゼキューションの資料として採用させてもらう」


「……なっ!? そ、それをどこで……! 貴様ら、最初から……!」


「……ええ、最初から。……貴方が私を捨てたその日から、私は貴方の破滅のカウントダウンを始めていたのですわ」


 私は『シル・フォン』のメインスイッチを、慈悲深く押し込んだ。

 

 ――ポォォォォォン……。

 

 美しい、透き通るような電子音が広間に響き渡る。

 

 その瞬間。

 王城の外、王都『セント・ルミナス』の夜空が、一変した。

 

 暗闇を切り裂くように、巨大な「光の幕」が空中に展開される。

 それは、リリアーヌが開発した『多層投影魔導システム』。

 王都全域、そして街道を越え、旧王国の主要都市すべての空に、今この晩餐会の一部始終が、恐ろしいほどの鮮明さで映し出された。


 城門の外で、飢えと寒さに震えながら暴動を起こしかけていた民衆たちが、一斉に足を止めた。

 

「……見ろ、空を! リリアーヌ様だ!」

「……アリア様!? あんなに神々しく……。……隣で這いつくばっているのは、エドワード王子か!?」


 民衆の耳に、エドワードの震える声が、シオンに踏みつけられる無様な音が、そして何より――。

 彼が自らの保身のために、「民などいくら死んでも、アリアを帝国に売れば金になる」と吐き捨てた、過去の通信記録(リリアーヌがハシム経由で入手したもの)が、爆音で響き渡った。


「…………。…………。…………」


 一瞬の、静寂。

 そして。

 

 ――ワァァァァァァァァァ!!!!!

 

 地響きのような、怒号。

 それは城壁を揺らし、窓ガラスを共鳴させ、王城の結界さえも物理的に削り取るほどの「負のエネルギー」となって、エドワードに降り注いだ。


「……聞こえますか、エドワード様? ……貴方の愛した民たちの、心からの賛辞が。……いえ、これは貴方への葬送曲レクイエムですわね」


 私は、ソファから立ち上がり、床で震えるエドワードの正面に立った。

 

「……リ、リリアーヌ……! やめろ、消せ! 今すぐこれを消せ! 私は王子だ! 誰が私を裁く権利がある!」


「……私が裁くのではありませんわ。……世界が、貴方を拒絶しているのです。……見てなさいな。貴方の守りたかった『虚飾の王座』が、どれほど脆く崩れ去るかを」


 逆上した近衛兵の残党――エドワードの忠実な猟犬たちが、私の背後から抜刀して斬りかかってきた。

 

 だが、私の頭上で滞空していた魔導ドローン『シル・アイ』が、その瞬間、機械的な駆動音と共に「殺戮モード」へと切り替わった。


 ――ビシュゥッ!

 

 超高出力の収束魔導レーザーが、騎士たちの剣だけを精密に焼き切り、その衝撃波が彼らを壁へと叩きつける。

 私は、振り返りもせず、ワインのデキャンタを手に取ると、自分のグラスに静かに注いだ。


「……不粋ぶすいですわね。……暴力で物事を解決しようとするその姿勢が、この国を滅ぼしたのだと、まだ理解できませんの?」


 私はグラスを掲げ、空中のドローン――つまり、王国全土の観衆に向かって、優雅に微笑んでみせた。


「……皆様。……旧王国の民の皆様。……私は、リリアーヌ・アステリア。……かつて貴方たちが『悪役令嬢』と呼び、石を投げた女です。……ですが、今の私は、貴方たちに『選択』を差し上げるためにここに来ました。 ……この無能な王子と共に泥に沈むか。……それとも、私の支配下で、帝国並みの繁栄と、アリア様の歌声を享受するか。 ……どちらが幸せか、その瞳で判断なさるがいいわ!」


「……リリアーヌ様! リリアーヌ様万歳!!」

「アリア様を返せ! 王子を廃嫡せよ!」


 城門を突破しようとする民衆の怒号が、すぐそこまで迫っている。

 

 エドワードは、もはや言葉を失い、廃人のように口を開けて空の映像を見上げていた。

 彼のプライド、彼の野心、彼の社会的生命……そのすべてが、リリアーヌの指先一つによって、完膚なきまでに「解体」されたのだ。


「……終わったな、エドワード。……君の物語は、ここで行き止まりだ。……リリアーヌ。……後の処理は我が帝国の法務省に任せろ。……君は、この埃っぽい広間を出て、夜風を浴びるべきだ」


 ゼノスが、私の腰を強く抱き寄せた。

 

「……そうね、閣下。……埃っぽいだけじゃない、ここはもう『過去の遺物』ですものね。……シオン、次は玉座の間へ向かいますわよ。……シルのための『新しいクッション』が、あそこにあるはずですわ」


「……御意、お嬢様。……お嬢様を裏切ったすべての残滓を、今夜中に影で清掃しておきましょう。……さあ、参りましょうか」


 私は、地面に突っ伏したまま動かなくなったエドワードを一瞥もせず、真っ赤な絨毯を踏みしめて広間を後にした。

 

 王城の外では、革命の鐘が鳴り響いている。

 

 悪役令嬢による、国家規模の「社会的死ざまぁ」。

 それは、旧王国の崩壊を告げる、最も残酷で美しい序曲となった。


(……ふふ。……スカッとしたわ。……でも、これだけじゃ足りない。……次は、教会の聖域に潜むあの狐……枢機卿ルカの首を、どうやって獲るか考えなきゃいけませんわね)


 リリアーヌの瞳には、勝利の悦び以上に、次なる「推し活環境整備」への冷徹な情熱が宿っていた。


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