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第41話:旧王国の末路――枯れた大地と偽りの光

 商人王ハシムが提供した最新鋭の魔導浮遊船『黄金の翼』号。

 その豪華な展望デッキから見下ろす景色は、かつて私が「リリアーヌ」として育った、緑豊かなアステリア王国の面影を完全に失っていた。


「……ひどい。……これが、私の知っている故郷なの……?」


 隣でアリア様が、震える声で呟いた。

 眼下に広がるのは、ひび割れた大地と、茶色く枯れ果てた森。かつては豊かな穀倉地帯だった平原には、魔素の枯渇による「死の霧」が立ち込め、点在する村々からは活気が消え失せている。


(……想像以上だわ。ゲーム『純七』において、最も悲劇的な結末を迎えたルートでさえ、ここまでの惨状は描かれていなかった。……聖女アリアという世界の均衡を保つ存在を追い出し、私が提案した魔導インフラの維持を、エドワード様たちが『無駄な贅沢だ』と切り捨てた結果がこれなのね)


 無謀な軍事演習の強行と、帝国への無意味な挑発。その戦費を賄うために民から搾り取り、あまつさえ聖域の魔石を乱掘した報いだ。


「お嬢様。……これほど汚れきった土地に、お嬢様の清らかな靴を降ろさせるのは忍びありません。……いっそ、この上空から私の影を解き放ち、不浄なものすべてを暗闇の底へ葬り去ってしまいましょうか?」


 シオンが私の背後に立ち、私の肩を優しく、けれど執着を込めて抱き寄せた。

 彼の瞳には、この国に対する憐れみなど微塵もない。あるのは、かつてお嬢様を虐げた場所への、どろりとした憎悪だけだ。


「……いいえ、シオン。……滅ぼすのは一瞬ですけれど、それでは彼らの罪は償えませんわ。……自分たちが何を捨て、何を失ったのか。……その現実を、骨の髄まで味わっていただかなくては」


「……リリアーヌの言う通りだ。……この国の魔導バランスは完全に崩壊している。……我が帝国の技術をもってしても、再生には数十年かかるだろうな」


 軍服の腕を組み、冷徹な眼差しで地上の「解析」を行っていたゼノス公爵が、忌々しげに吐き捨てた。

 

 船がゆっくりと高度を下げ、かつての国境守備隊の砦へと近づく。

 そこには、帝国の威圧感に怯えながらも、槍を構える旧王国の騎士たちの姿があった。

 そして、その先頭に立つ一人の男。


 漆黒の重厚な鎧を纏い、眉間に深い傷跡を刻んだ、巨躯の騎士。

 

(……騎士団長レオニダス。……かつて私に反逆の汚名を着せ、処刑台への道を先導した、鋼鉄の心を持つ男。……原作では『忠誠の化身』として称えられていたけれど、今の彼にその面影はないわね)


 前世の記憶が、首筋を撫でる冷たい刃の感触を呼び覚ます。

 彼は最後まで、私の言葉に耳を貸そうとはしなかった。


「……止まれ! 帝国の船よ! これ以上の侵入は、宣戦布告と見な……っ!?」


 レオニダスが叫びかけた言葉は、タラップを降りてきた私の姿を見た瞬間、凍りついたように止まった。

 

 私は、ゼノスにエスコートされ、シオンを従え、さらには完全体となった聖獣シルを傍らに侍らせて、ゆっくりと大地に降り立った。

 帝国製の『防塵魔導ドレス』が、死の霧を撥ね退けて白銀に輝く。


「……お久しぶりですわね、レオニダス卿。……随分と、やつれたようですけれど?」


「……リ、リリアーヌ……令嬢……? ……馬鹿な、貴女は、帝国へ送られた後、処罰されたはずでは……」


「あら、誰がそんな夢のような話を? ……ご覧の通り、私は帝国で重用され、今や魔導顧問として賓客の待遇をいただいておりますわ。……そちらのアリア様も、今や帝国の守護を担う大切な存在ですわよ?」


 レオニダスの瞳に、驚愕と、後悔と、そして隠しきれない「戦慄」が走る。

 

(……気づいたようね。今の私たちが、一国の総戦力を遥かに凌駕する存在になっていることに。……貴方の誇る武力など、今の私の前では砂上の楼閣に過ぎないわ)


「……アリア様。……我々は、貴女を探しておりました。……国は荒れ、奇跡は絶え、民は……」


「……どの口が、それを仰るのですか?」


 アリア様が、凛とした声で一歩前に出た。

 彼女の周囲に浄化の光が溢れ出し、立ち込めていた死の霧を物理的に押し戻していく。


「……私を偽物と呼び、泥の中に放り出したのは貴方たちです。……今更、国の都合で呼び戻そうなんて……。……私は、リリアーヌ様がいない場所へは、二度と戻りません!」


 レオニダスが、その場に崩れ落ちるように膝をついた。

 鋼のような精神を誇った騎士団長の心が、アリア様の拒絶と、かつて見捨てた女の圧倒的な「高み」に、音を立てて砕けた瞬間だった。


「……卿。……貴方の守りたかった『忠義』の末路を、その目に焼き付けておきなさい。……これから、私がこの国に、本当の決着をつけてあげますわ」


 私は扇子を広げ、枯れた大地に向かって静かに微笑んだ。

 

 背後では、シオンが不浄な存在を拒むように目を細め、ゼノスが私の腰を抱き寄せる。


(……さあ、始めましょうか。……エドワード様。……貴方の頼みの綱だった騎士団長は、もう私の前で跪いているわよ。……貴方は、いつまでその虚しい玉座にしがみついていられるかしら?)


 枯れ果てた旧王国の地。

 そこに、かつての悪役令嬢による、最も冷酷で美しい「再編」が始まろうとしていた。


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