第31話:特産品開発第2弾:魔導通信機(スマホ)の誕生
昨日の「強制お仕置きティータイム」という名の、シオンによるねっとりとした独占欲の嵐がようやく去った。
朝、シオンが「お嬢様にふさわしい、最高級の朝摘み苺のデニッシュを焼いて参ります」と厨房へ消えた隙を見計らい、私は寝室から這い出した。
(……重い。物理的にも精神的にも、ヤンデレ執事の愛が重すぎる……! あんなに至近距離で一日中見つめられたら、私のオタク心臓が摩耗して消えてしまうわ!)
フラフラとした足取りでリビングへ向かうと、そこには朝日を浴びて黄金色に輝く、巨大な「白銀の山」が鎮座していた。
聖獣シルだ。今日は一段と魔力が高まっているのか、通常の二倍ほどのサイズに膨らみ、ふかふかの尻尾をメトロノームのように動かして微睡んでいる。
「シル……! 私の、私の救世主……っ!」
私はリリアーヌとしての優雅な歩法をかなぐり捨て、その白銀の腹部へとダイブした。
――ズブッ。
顔面が極上の毛並みに沈み込む。
シルは「おや、お疲れだね」と言わんばかりに、低い声で喉を鳴らし、私の背中を大きな前足でポンポンと叩いてくれた。
(……これよ。これなのよ! 見返りを求めない、純粋な野生の慈愛! シオンの愛が『底なしの沼』なら、シルのもふもふは『どこまでも広がる草原』だわ……。ああ、寿命が延びていく……)
私はシルの長い毛を指に絡めながら、至福の溜息を漏らした。
だが、ふと、ある「絶望」が脳裏をよぎった。
(……待って。私、これから工房に引きこもって開発を再開するわよね? そうなると、地下にいる間、このシルの寝顔も、アリアちゃんの尊い微笑みも見られないじゃない。……それは、人生の損失。あってはならない機会損失だわ……!)
昨日の監禁事件で、外部との連絡手段が「シオン経由の伝言」しかないことの不便さを痛感したばかりだ。
もし、手元でいつでも推しの姿を確認でき、声が聴けるデバイスがあったら。
前世で私が肌身離さず持っていた、あの『魔法の板』があれば――。
「……閃いたわ。特産品開発第2弾……魔法帝国版・魔導通信機の開発よ!」
私はシルの腹から飛び起き、すぐさま雑用係……もとい、アルベルト技師を召喚した。
「師匠! 呼び出しに応じ、三秒で参上いたしました! ……って、なんですかその『もふもふに埋もれた後』みたいな髪型は」
「細かいことはいいのよ、アルベルト。……貴方、空間魔法の『情報の固定化』について、どこまで理解しているかしら?」
私はアルベルトを工房の作業台へと引きずり込み、前世の「パケット通信」や「液晶ディスプレイ」の概念を、この世界の魔導理論に翻訳して叩き込み始めた。
「……は、発想が狂っている! 文字を飛ばすだけなら『伝言魔法』で十分ですが、画像……それも色彩情報を魔力波長に変換して、遠隔地の水晶板に再構成するなんて……! そんな膨大な演算、今の帝国の演算器では数日かかりますよ!」
「だから、私の開発した『並列魔力回路』を使うのよ。……それから、このシルの抜け毛(銀糸)を通信アンテナに加工して……」
(……ふふ。帝国の通信技術はまだ『ポケベル』以前の段階。そこに一気に『5G』並みの革命を起こしてあげるわ!)
開発は、これまで以上に熱を帯びた。
アリア様も興味津々で工房に差し入れを持ってきてくれ、彼女の聖属性魔力を「通信安定剤」として提供してもらう。
数日後。
私の手のひらには、掌サイズの薄い魔導水晶板が握られていた。
外装は、滑り止めのためにシルの毛並みを模した「超もふもふカバー(洗える仕様)」を装着。名付けて、魔導通信機『シル・フォン』。
「アリア様、貴女は庭園へ行って、シルの寝姿をこのボタンで写して(スキャンして)くださる?」
「はい、リリアーヌ様! やってみます!」
アリア様が庭園へと走り去り、数分後。
私の手元の『シル・フォン』が、ポーンという可愛い音(シオンの声を加工した着信音)と共に淡く光った。
画面上に、アリア様が撮影した、シルの「盛大にあくびをする間抜けな顔」が、フルカラーの鮮明な画像で浮かび上がる。
「……キ、キターーー!! 受信成功! もふもふの遠隔鑑賞、完了よ!!」
私は工房の中で狂喜乱舞した。
これで、地下にいても、トイレにいても、シオンに監禁されていても、アリアちゃんの「尊死レベルの自撮り」や、シルの「もふもふ画像」がいつでも拝める。
「……リリアーヌ。……また、とんでもないものを生み出したな」
扉の影から、いつの間にいたのかゼノス公爵が、その水晶板を凝視して立ち尽くしていた。
彼の『解析眼』には、この小さな板がどれほどの「情報の暴力」を孕んでいるか、一瞬で見抜いたようだ。
「……これが全軍に配備されれば、戦況の把握、命令の伝達……すべてが光の速さで行えるようになる。……帝国軍の戦力は、これだけで数倍に跳ね上がるぞ。……リリアーヌ、これの量産化を……」
「あら、閣下。……これは、アリアちゃんの可愛さを分かち合い、私の心の平穏を保つための『癒やしデバイス』ですわよ? 軍事利用なんて、そんな不粋なことは後回しですわ」
「……君は、相変わらず優先順位がおかしいな」
ゼノスは呆れ果てたようだが、アリアから送られてきた「シルのあくび画像」を横から覗き込み、不覚にも少しだけ頬を緩めたのを私は見逃さなかった。
一方、シオンは私の背後で、自身の『シル・フォン』を握りしめ、恐ろしい笑顔を浮かべていた。
「……お嬢様。……これで、お嬢様がどこにいても、私の愛の囁き(ボイスメッセージ)を二十四時間体制で送り続けることができますね。……ふふ、まずは今夜のメニューの読み上げから始めましょうか」
(……あ、しまった。シオンにこれを持たせるのは、ある種の『デジタルストーカー』を生み出す行為だったかしら……?)
私の開発した『シル・フォン』は、帝国の通信技術に革命を起こすと同時に、私の生活にさらなる「もふもふ」と「ヤンデレの追跡」をもたらすことになった。
だが、画面の中のアリア様が、カメラに向かって「リリアーヌ様、大好きです!」と手を振る動画(テスト送信)を見た瞬間、私の後悔はすべて吹き飛んだ。
(……うん、開発して良かった!! 転生最高!!)
魔法帝国の技術革新は、悪役令嬢の「オタク的欲望」によって、誰も予想だにしない方向へと加速していく。




