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第30話:シオンの爆発。二人きりの『強制お仕置きティータイム』

 アリア様の初ライブから一夜明けた帝都は、いまだにその余韻に浸っていた。

 街中の魔導掲示板には「聖女降臨!」の見出しが踊り、昨夜の劇場の奇跡を語り合う市民たちの声が、離れの工房にまで微かに届いてくる。


 だが、その賑わいとは裏腹に、私の目の前の空気は、物理的な質量を感じるほどに重く、沈んでいた。


「……あの、シオン? そんなに無言で紅茶を淹れなくても……。ほら、ライブは大成功だったじゃない? アリア様もあんなに喜んでいたし、ゼノス公爵だって……」


 私が気まずさを紛らわせようと口を開いた瞬間、ティーポットを置くカチャリという音が、不自然なほど鋭く響いた。


「……『アリア様』、『ゼノス公爵』。……お嬢様の口から出るのは、昨夜からその二つの名前ばかりですね」


 シオンがゆっくりと振り返る。

 その瞳は、いつもの完璧な執事の仮面が剥がれ落ち、ドロリとした濃密な執着と、飢えた獣のような光を宿していた。

 彼は音もなく歩み寄り、私が座るソファの背に両手を突き、私を逃げ場のない空間へと閉じ込めた。


「……お嬢様。……私は、昨夜のステージの裏側で、お嬢様がアリア殿を抱きしめた回数、公爵と視線を交わした秒数……すべて数えていたのですよ? ……私の影は、嫉妬で千々に引き裂かれそうでした」


(……キ、キターー!! ヤンデレキャラの『放置された後の爆発』イベント! これ、攻略本には『この時点で逃げ出すのは不可能。甘んじて彼の執愛を受け入れるべし』って書いてあったやつだわ!)


 シオンの顔が、鼻先が触れ合うほどの至近距離まで迫る。

 彼の銀髪が私の頬を掠め、熱烈な吐息が耳元を打つ。


「……お嬢様。……貴女は、自由を求めて国を捨てた。……ならば、その自由は私にだけ捧げられるべきではありませんか? ……なぜ、あのような小娘や、冷徹なだけの公爵に、お嬢様の『情熱』を分け与えるのです?」


「シオン、それは……。アリア様は私の大切な推しだし、公爵はビジネスパートナーとして……」


「……言い訳は、聞きたくありません」


 シオンが私の唇を、自身の親指で強引に塞いだ。

 彼の指先は微かに震えており、それが逆に、彼の中に渦巻く制御不能な感情を物語っている。


「……今から、お嬢様には『お仕置き』が必要です。……今日一日は、この部屋の扉も、窓も、すべて私の影で封鎖しました。……アリア殿も、公爵も、誰もここには入れません。……お嬢様が見ていいのは私だけ。……お嬢様が触れていいのも、私だけです」


 シオンは私の手をとり、恭しく、けれど逃がさないという強い力で、自らの首元に導いた。


「……さあ、お嬢様。……このネクタイを解いてください。……そして、私を貴女の所有物として、存分に命じてください。……でないと、私は、私自身でお嬢様をこの影の奥底へ、永遠に隠してしまいそうだ……」


(……重い! やっぱり重いけど、この絶望的なまでに美しい顔で懇願されると、抗えるはずがないじゃない! ……ああ、オタクのさがが憎いわ!)


 私は観念して、震える手で彼のネクタイに指をかけた。

 シオンは恍惚とした表情で目を細め、私の指先に自らの唇を寄せていく。


「……そうです、お嬢様。……その調子で、私のすべてを解き放ってください。……今日はお嬢様が食事を摂るのも、お茶を飲むのも、すべて私の膝の上で行っていただきます。……指一本、動かす必要はありません。……私が、貴女のすべてになりましょう」


 シオンは私を軽々と抱き上げ、さらにふかふかなソファの奥へと運び込んだ。

 彼は用意していた銀のトレイから、一口大に切った、艶やかな苺を一つ摘み上げた。


「……さあ、あーんしてください。……お嬢様が、私の愛を飲み込んでくださるまで、私は何度でも繰り返しますよ」


 私は顔を真っ赤にしながら、彼の差し出した苺を口に含んだ。

 甘酸っぱい果汁が広がる中、シオンは満足そうに微笑み、今度は私の長い髪を、一房ずつ丁寧に梳き始めた。


「……綺麗だ。……お嬢様のこの髪も、瞳も、私の名前を呼ぶ声も。……すべて、誰にも触れさせたくない。……特に、あの公爵が、お嬢様の知性に触れようとするのが……私は、一番耐えがたいのです」


 シオンの声が、不意に、縋るような弱さを帯びる。

 彼は私の背中に顔を埋め、深く、深く、私の香りを吸い込んだ。


「……お嬢様。……私は、お嬢様がいなければ、ただの壊れた影に過ぎません。……だから、私を置いていかないで。……私を、独りにしないで……」


(……シオン。……そんな顔されたら、怒るに怒れないじゃない。……わかったわよ。今日は一日、貴方の『お人形』になってあげるから)


 私はシオンの頭を、そっと撫でた。

 彼は弾かれたように顔を上げ、私の手に頬を擦り寄せた。その姿は、忠実な猟犬のようでもあり、愛を乞う幼子のようでもあった。


 二人きりの、湿度が高いティータイム。

 窓の外では帝都の喧騒が聞こえるが、この部屋だけは、シオンの執着によって切り取られた、別の時間軸にあるようだった。


「……愛しています、お嬢様。……貴女のすべてが、私という檻の中で朽ち果てるまで。……私は貴女を、愛し、守り、支配し続けましょう」


 シオンの長い口づけが、私の手の甲に、誓いのように刻まれる。

 

 ライブの成功という「光」の裏側で、私は自らの執事が放つ、深くて重い「闇」の中に、心地よく沈んでいくのを感じていた。


(……ふふ。悪役令嬢には、これくらいの『毒』が必要なのかもしれないわね。……シオン、今日はお望み通り、たっぷり甘えさせてあげるわ)


 影が蠢き、部屋を完全に密室へと変える。

 私たちの「お仕置き(お世話)」の時間は、夜が更けるまで、終わることはなかった。


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