第29話:聖女ライブ本番・後編――伝説の誕生
大劇場のボルテージは、もはや計測不能な領域へと達していた。
千人の観客が振る『魔導サイリウム』の黄金の光が、劇場の壁を透過して夜の帝都へと漏れ出し、街全体が淡く発光しているかのようだ。
舞台中央。
アリア様は、これまでの人生で最も美しい涙を瞳に溜めながら、最後の一曲に向けて大きく息を吸い込んだ。
(……来るわ。ゲーム『純七』において、アリアちゃんが真の聖女として覚醒する瞬間に流れる神曲――『エターナル・ブライト』!)
私は震える指で、魔導コンソールの最終リミッターを解除した。
この劇場に張り巡らせた魔導回路を、アリア様の聖属性魔力の「増幅器」へと完全に切り替える。
「……皆様。……私は、自分の力が怖かった。……偽物だと言われ、居場所を失い、闇の中にいました。……でも、リリアーヌ様が私を見つけて……私を、信じてくださいました……だから、歌います。……皆様の、明日を照らすために!」
アリア様が叫ぶように歌い出した。
その瞬間、劇場の天井に投影されていた擬似星空が本物の「光の奔流」となって降り注いだ。
――ドォォォォォン!!
魔力の爆発。だが、それは破壊の光ではない。
歌声に触れた瞬間、観客たちの心に巣食っていた「絶望」や「疲労」、そして「魔力の歪み」が一瞬で霧散していった。
「……ああ、神よ……! 私の足が、動かなくなっていた私の足が動く!」
「身体の中の魔力が……清らかな泉のように溢れてくる……! これこそ、本物の聖女様の御力だ!」
客席のあちこちで、歓喜の叫びと咽び泣く声が上がる。
アリア様の背後には、巨大な光の翼が幻影として現れ、彼女の姿を神々しく浮かび上がらせていた。
「……リリアーヌ。……これはもはや『演出』の域を超えている。……君は、アリア殿という触媒を使って、帝都全域を浄化する広域魔術を構築したのか!?」
舞台袖でゼノス公爵が、激しい戦慄と共に私を凝視していた。
彼の『解析眼』には、劇場の外にまで広がったアリア様の魔力が、帝都の結界をより強固に書き換え、人々の精神を「幸福」という名の強力な魔法で塗り替えていくのが見えているはずだ。
「あら、閣下。……私はただ、アリアちゃんの一番美しい姿を、皆に見せたかっただけですわ。……結果として帝都が平和になるなら、それは『おまけ』のようなものですわね」
私は不敵に笑いつつも、内心ではガッツポーズを決めていた。
(……勝った! これでアリアちゃんは帝国の『生ける聖像』になったわ。旧王国のエドワード王子がどれだけ声を枯らして『偽聖女だ』と叫んでも、この浄化を体験した帝国の民は誰も信じない!)
歌が終わる。
静寂が訪れ、一瞬ののち、劇場が壊れんばかりの割れんばかりの拍手と喝采に包まれた。
アリア様は呆然としながらも、深々と頭を下げた。
「……ありがとう。……ありがとうございました……!」
幕が降りる。
アリア様が舞台袖に駆け込んでくると同時に、私は彼女を力いっぱい抱きしめた。
「最高だったわ、アリア様! 貴女は今、世界で一番輝くダイヤモンドになったのよ!」
「リリアーヌ様……っ! 私、私……歌って良かったです。……生きていて、良かったです!」
二人の聖女(と一人の悪役令嬢)の抱擁。
その美しい光景を、シオンが影の中からじっと見つめていた。
彼の指先が、私のドレスの裾をかすめる。
「……おめでとうございます、お嬢様。……素晴らしい『作品』の完成ですね。……ですが、お嬢様のその情熱的な瞳、アリア殿にばかり向けられるのは……やはり、我慢がなりません」
シオンが私の背後に回り込み、耳元で氷点下の熱量を帯びた囁きを落とした。
「……お嬢様をこのまま影の中に閉じ込め、私だけの『傑作』に書き換えてしまいたい。……今夜は、お嬢様の意識を、アリア殿の歌声ではなく私の愛の言葉だけで埋め尽くして差し上げます。……覚悟はできていますね?」
(……はいはい、わかったわよ。プロデューサーの仕事が終わった後は、ヤンデレ執事の『お片付け(独占タイム)』ね。……まあ、アリアちゃんがここまで成功したんだから、少しくらいのご褒美(?)は受けてあげてもいいわ)
一方、ゼノス公爵は冷静さを取り戻し、既に次なる一手を考えていた。
「……リリアーヌ。このライブの記録映像、そして放出された魔力の波長データ。……すべて帝国魔導省に提出させてもらう。……君たちの身の安全は、私が責任を持って保障しよう。……皇帝陛下も、もはや君を放してはくれないだろうからな」
ゼノスが私の指先に、熱い、誓いのような口づけを落とす。
真の聖女の覚醒。
悪役令嬢による魔導革命。
そして、執着を増していく男たち。
帝都エーテルヘルムの夜は、アリア様の残響と共に、より深く、熱く更けていくのだった。
(……ふふ。これで旧王国のバカ王子への『ざまぁ』の準備は、完璧に整ったわ!)
私は満足げに微笑み、シオンにエスコートされながら、歓喜の渦巻く劇場を後にした。




