第28話:聖女ライブ本番・前編――光と音の暴力(癒やし)
帝都中央、『グラン・マギカ大劇場』。
千人の選ばれし観客たちが、期待と緊張で息を呑む中、劇場の灯りがゆっくりと落ちていった。
静寂。
だが、その闇は決して冷たくはなかった。私が劇場の魔導パイプに流し込んだ「高純度魔力」が、微かな振動となって観客の肌を震わせ、期待感を極限まで高めていく。
「……リリアーヌ。……本当に、これでいいのか? 舞台裏の魔圧が、軍事用の要塞並みに跳ね上がっているのだが」
舞台袖の影で、ゼノス公爵が『解析眼』をフル稼働させながら、私に詰め寄ってきた。
彼は正装の軍服を完璧に着こなし、アリア様の警護(という名のリリアーヌの見守り)のために、ここに陣取っている。
「あら、閣下。……これは『演出』ですわ。……見てなさい、これからこの帝都の歴史が塗り変わる瞬間を!」
(……キターー!! ライブ開始直前のこの空気! 前世で何度も味わった、あの心臓が口から飛び出しそうな高揚感! ……さあ、アリアちゃん。貴女のステージよ!)
私は、手元の魔導コンソールに指を置いた。
ドォォォォォン!!
地響きのような重低音と共に、舞台中央から一直線の白銀の光柱が立ち上がった。
観客が悲鳴に近い歓声を上げる。
その光の柱が粒子となって霧散した中心に、一人の少女が立っていた。
私が全精力を注いで作り上げた、特製『聖女ライブドレス』を纏ったアリア様だ。
純白の生地に、アメジスト色の魔導石が星屑のように散りばめられ、彼女が僅かに動くたびに、尾を引くような光のエフェクトが空中に描かれる。
「……あ、あ。……皆様。今日は、私のために……」
アリア様が震える声でマイク(魔導集音器)に向かって言葉を発した。
その瞬間、彼女の純粋な魔力が「空間立体音響」によって増幅され、観客一人ひとりの脳内に、直接優しく語りかけるように響いた。
「……聴いてください。……『光の導』」
イントロが始まった。
それは、帝国の重厚なオーケストラに、私が工房で開発した「シンセサイザー的魔導音」をミックスした、この世界には存在しないはずの旋律。
アリア様が口を開き、最初の一音を発した瞬間。
劇場の空気が、物理的に「白」く染まった。
「――♪ 遠き闇の果てに…… 届かぬ祈りを……」
歌声そのものが、目に見えるほどの純粋な魔力となって会場を駆け巡る。
最前列に座っていた、帝都でも名の知れた「強面の軍人たち」が、歌声に触れた瞬間にポロポロと涙を流し始めた。
二階席の「冷徹な魔導貴族」たちは、手に持っていた扇子を落とし、まるで母の腕の中にいるような安らかな表情でステージを凝視している。
(……これよ! これなのよ! ゲーム『純七』の設定で、アリアちゃんの歌声は『聴く者の魂の汚れを削ぎ落とす』って言われていたけれど、私の演出でその効果を十倍に引き上げたわ!)
私はコンソールを叩き、サビに向けてエフェクトを加速させる。
「シオン! 第二段階(フェーズ2)、発動よ!」
「承知いたしました、お嬢様。……お嬢様のため、この会場のすべての心を、聖女という名の『光の鎖』で繋いで差し上げましょう」
影の中に潜んでいたシオンが、指を鳴らす。
舞台袖から、何万、何億という「光の蝶」が飛び出した。
それはシオンの影の操作と、私の投影魔術を融合させた、自律飛行型の演出兵器。
蝶たちは観客の頭上を舞い、それぞれの手に持たせた『魔導サイリウム(ペンライト)』の光と共鳴して、劇場全体を黄金の海へと変えていく。
「……おお、おおお! 身体が……身体が軽い!」
「長年の魔力枯渇症が……癒えていく……! これこそ、真の聖女様の奇跡だ!」
観客たちのボルテージが最高潮に達する。
アリア様も、最初は緊張していたが、観客たちの温かな(狂信的な)眼差しに包まれ、次第に本来の輝きを取り戻していった。
彼女が天を仰ぎ、最高音を響かせたその時。
劇場の天井が透明化し(私の仕掛けた大掛かりな透過魔術だ)、本物の満月と星空が舞台を照らした。
月光を背負い、光の蝶を従えて歌うアリア様。
その光景は、もはや「ライブ」ではない。……「神話」そのものだった。
「…………素晴らしいな。……リリアーヌ。君は、とんでもないものを生み出してしまったな」
ゼノス公爵が、恍惚とした表情でステージを見つめていた。
彼の『解析眼』は、今、劇場内のすべての観客の魔力波長が、アリア様を核として完全に同調しているのを見ていた。
これは、一種の精神統合に近い。
(……ふふ。これで帝国の民衆は、アリアちゃんのためなら死んでもいいって思うくらいの『信者』になったわね。……旧王国の連中が何を言おうと、この千人のエリートファンが盾になってくれるわ!)
私は満足感に浸りながらも、シオンの気配が「重く」なっていることに気づいた。
「……お嬢様。……アリア殿の輝きは、確かに素晴らしい。……ですが、お嬢様の横顔が、あの光に照らされて美しく透けて見えるのが……私は、一番耐えがたい」
シオンが私の腰を抱き寄せ、耳元で熱烈な独占欲を吐き出した。
「……このまま、影の中に引きずり込みたい。……お嬢様のこの『興奮した瞳』を、私だけのものにするために。……ライブが終わったら、覚悟しておいてくださいね?」
(……はいはい、わかったわよ。ヤンデレくんのケアも、プロデューサーの仕事よね)
絶叫に近い喝采。
降り注ぐ光。
そして、隣で唸る執事。
アリア様の初ライブ前編は、魔法帝国の歴史を塗り替える「伝説」として、その幕を開けたのだった。




