第27話:聖女ライブ、チケット争奪戦勃発!
帝都エーテルヘルムの空気が、かつてないほどに熱を帯びていた。
それは魔導炉の熱気でも、季節外れの陽気でもない。原因は、街のあちこちに貼り出された、一枚の輝くポスターだ。
『緊急告知:聖女アリア・第一回御披露目公演――光の旋律。グラン・マギカ大劇場にて、限定千席。チケット販売は明朝、ゼノス公爵邸前特設会場にて』
ポスターには、私がプロデュースした「最高に尊い」衣装を纏ったアリア様の、恥じらいを含んだ微笑みの幻影が映し出されている。
これを見た帝都の民衆がどう動くか。……答えは、販売開始三時間前の光景が物語っていた。
「……お嬢様。屋敷の門の前に、既に五百人以上の貴族と豪商が並んでおります。……中には、三日前から野営の魔導テントを張っている猛者もいるようですが。……今すぐ影で一掃して、お嬢様の安眠を確保しましょうか?」
シオンが、完璧に淹れられたモーニングティーを差し出しながら、窓の外を見下ろして不機嫌そうに目を細めた。
彼の視線の先には、高級馬車が列をなし、家名入りの旗を掲げた従者たちが殺気立って場所取りをしている異様な光景が広がっていた。
「いいのよ、シオン。……この『渇望』こそが、アリア様の価値を証明するスパイスになるんだから。……ふふふ。前世のチケット争奪戦(クリック合戦)の地獄を思えば、この程度、可愛いものですわ!」
(……限定千席。帝都の人口と、最近の美容クリームによるアリアちゃんブームを考えれば、倍率は軽く五十倍を超えているはず。……オタクの血が騒ぐわね。転売ヤー? そんな下劣な輩には、私の『魔導技術』が火を噴くわよ!)
私は、テーブルの上に並んだ「チケット」を手に取った。
それはただの紙ではない。私の魔導理論と、アルベルト(雑用係)の精密加工、そしてアリア様の魔力を融合させた『生体認証魔導カード』だ。
「……リリアーヌ。……君の作ったこの『チケット』という名の魔導具だが。……登録された本人の魔力波長にしか反応せず、他人に譲渡した瞬間に自己崩壊するようになっている。……これ、軍事的な個人識別証(ID)として即採用できるレベルなのだが?」
ゼノス公爵が、私の背後からカードを覗き込み、呆れたような、けれど称賛を隠しきれない声で言った。
「あら、閣下。……推しを愛でる聖なる場に、金儲け主義の不純物を入れるわけにはいきませんもの。……このカード、購入時にアリア様への『愛の誓約』に答えないと発行されない仕様になっていますのよ?」
「……愛の誓約……。君の情熱の方向性が、時々本気で理解できん」
販売開始のベルが鳴り響くと、特設会場は一瞬で戦場と化した。
「おい、俺は伯爵家だぞ! 優先的に回せ!」「金ならいくらでもある! 全席買い占めてやる!」
「黙れ! リリアーヌ様の信者として、我ら魔導技師ギルドが総出で買い支えるのだ!」
怒号と魔力が飛び交う中、受付に座ったアルベルトが、半泣きになりながら魔導計数機を叩いている。
「ひぃっ、押さないでください! ああっ、そこ! 魔力波長が不一致です! 貴方は転売目的ですね!? 警備兵、連行してください!」
私の指示により、不正を行おうとした者は即座にゼノスの近衛騎士団に捕縛され、氷漬けの刑(一時的)に処されていく。
この鉄回の規律に、帝都の貴族たちは戦慄した。
「……なんて厳しいんだ。だが、それだけこの公演が神聖だということか……」
「リリアーヌ様の演出、そして聖女様の歌声。……何としても、このカードを手に入れねばならん!」
争奪戦は、わずか三十分で終了した。
一千万ゴールドを超える売上(アリアちゃんの今後の活動資金)と共に、千人の「選ばれし熱狂的なファン」が誕生したのだ。
「……終わったわね。シオン、アリア様に伝えて。……貴女を待っているのは、貴女を心から愛する千人の信徒だけだと」
「承知いたしました、お嬢様。……ですが、お嬢様。……そのチケットの『001番』。……お嬢様の分ではなく、私の影の中に保管されているのは、なぜでしょうか?」
「……え? ああ、それは私の特等席(カメラ席)用よ?」
「いいえ。……お嬢様の隣で、誰よりも近くで、お嬢様を鑑賞するため……いえ、護衛するための私専用の席です。……お嬢様と一緒にライブを『尊ぶ』。……ああ、素晴らしい響きですね」
シオンの目が、ギラリと獲物を狙う瞳に変わる。
……あ、これ、ライブ中も私、彼にずっと監視されるパターンね。
(……まあ、いいわ。最高の演出、最高の客層。……これでアリアちゃんを旧王国の連中が手出しできない『帝国の象徴』に仕立て上げる準備は整ったわ!)
私は、完売の札を見つめながら、勝利の美酒(温かいココア)を啜った。
一方で、このチケット争奪戦の噂は、既に国境を越え、旧王国の「あの男」の元へも届こうとしていた――。




