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第26話:帝都最大の劇場、貸し切り大作戦

 帝都エーテルヘルムの心臓部に鎮座する、白亜の殿堂『グラン・マギカ大劇場』。

 そこは魔法帝国の芸術の頂点であり、皇帝陛下や選ばれた高位貴族しか足を踏み入れることを許されない、格式と伝統の塊のような場所だ。


「……ふふふ。ここね。ここを、アリアちゃんの初ライブ……じゃなくて、聖女降臨の儀式の舞台にするわ!」


 私は劇場を見上げる位置にあるカフェのテラス席で、不敵な笑みを浮かべていた。

 隣では、アリア様が私に渡された「帝都の歴史」という分厚い魔導書を読みながら、不思議そうに小首を傾げている。


「リリアーヌ様。……あの大きな建物で、何かをなさるのですか? あそこは、帝国の偉大な魔導師の方々が儀式を行う神聖な場所だと伺いましたが……」


「ええ、アリア様。神聖な場所だからこそ、真の聖女である貴女にふさわしいのですわ。……貴女の歌声と、私の魔導演出が組み合わされば、帝国の民衆は一瞬で貴女のファンになる……。これこそが、貴女の立場を盤石にするための最短ルートですわ!」


(……という建前で、私は生のアリアちゃんの歌唱ステージを、特等席で拝みたいだけなんだけどね! 前世でチケット倍率数千倍だった伝説の『聖女の祈りイベント』を、自らプロデュースできるなんて……転生者特権、万歳!)


 私の鼻息が荒くなるのを、背後で控えていたシオンが、冷ややかな、けれどどこか楽しげな手つきで扇いでくれる。


「お嬢様。……あそこの支配人は、帝国でも指折りの頑固者として有名です。……力ずくで劇場を影に沈めて明け渡させることも可能ですが、いかがいたしますか?」


「シオン、それは最終手段デッドエンドよ。……私は『平和的』かつ『合理的』に、あそこを手に入れてみせるわ」


 私は立ち上がり、公爵令嬢としての完璧な所作で劇場へと向かった。

 

 劇場の支配人室。

 そこに座っていたのは、モノクルを光らせた神経質そうな老人、バルトロメウス支配人だった。彼は私の顔を見るなり、鼻で笑って見せた。


「……アステリア公爵令嬢とお見受けする。ゼノス閣下のお気に入りだという噂は聞いているが、ここは芸術の殿堂だ。……いくら金や権力があろうと、素人の遊びに貸し出すつもりはない。ましてや、旧王国の小娘が歌うなど、劇場の品位に関わる」


(……出たわ。典型的な『頑固な芸術家肌NPC』。こういうタイプには、権力よりも『未来の技術』を見せつけるのが一番ね)


「あら、支配人。私は遊びでここに来たわけではありませんわ。……貴方は、今のこの劇場の魔導音響システムに満足していらして?」


「……何だと?」


「舞台の四隅に配置された拡声石。あれでは、三階席の後ろまでクリアな高音が届きませんわ。……それに、照明代わりの発光魔法も、演者の動きに追従できず、影が不自然に伸びてしまう。……伝統という名の『停滞』を、芸術と呼ぶのはいかがなかしら?」


 私が指摘した点は、彼自身も密かに悩んでいた弱点だったのだろう。支配人の眉間がピクリと動いた。


「……口の減らない令嬢だ。では、君に何ができるというのだ」


「三日。……三日だけ私に舞台を貸してくださるなら、この劇場を『生きた魔法の空間』に書き換えて差し上げますわ。……報酬は、アリア様の公演期間中の独占使用権。……いかがかしら?」


「……はっ! 大口を叩きおって。……よかろう、やってみるがいい。もし失敗すれば、二度とこの門を潜らせんぞ!」


 交渉成立だ。

 私はニヤリと笑い、地下工房から持ち出してきた「秘密兵器」の入ったトランクを開けた。


 それからの三日間、私は(またしても)不眠不休で劇場の魔導回路を弄り回した。

 

 天井の梁に、自律飛行型の小型発光魔導具ドローンを仕込み、舞台上にはアリア様の魔力に共鳴して七色に輝く「パーティクル発生装置」を設置。音響には、前世のサラウンド技術を応用した「空間立体音響術式」を組み込んだ。


「……お嬢様。流石に働きすぎです。……このままだと、お嬢様の柔らかな肌が荒れてしまいます。……ほら、私の膝で少し横になりなさい。……命令ですよ?」


 シオンが背後から私を羽交い締めにし、無理やり休憩を取らせようとする。

 

「離して、シオン! 今、アリアちゃんの歌声の周波数に合わせて、背景の幻影エフェクトを同期させている大事なところなのよ!」


「……ダメです。……お嬢様がこのまま倒れたら、私はこの劇場を灰にして、その灰でお嬢様のベッドを温めることになりますが、よろしいですか?」


「……極端すぎよ! わかったわよ、十五分だけ休むわ!」


 シオンの(重すぎる)愛の拘束に甘えつつ、私は作業を完遂した。


 三日後の夜。

 バルトロメウス支配人が、半信半疑で劇場の客席に座った。

 

 私は舞台中央にアリア様を立たせ、合図を送った。


「アリア様。……いつものように、心を込めて一節だけ、歌ってくださる?」


「……はい、リリアーヌ様」


 アリア様が静かに瞳を閉じ、唇を開いた。

 その瞬間、劇場全体の空気が震えた。


 彼女の歌声に合わせて、天井から無数の光の蝶が舞い降り、客席を包み込む。

 音は四方八方から、まるでアリア様が隣で囁いているかのような臨場感で響き渡り、舞台上には彼女の歌う聖歌の歌詞に合わせ、美しい黄金の草原の幻影が広がった。


「…………な、なんだ。これは……。魔法……いや、これはもはや……神域か!?」


 バルトロメウス支配人が、立ち上がり、震える手でモノクルを落とした。

 彼の瞳からは、感動のあまり涙が溢れ出していた。


「……伝統。そうか、私は伝統という名の牢獄にいたのだ……。リリアーヌ様! いや、リリアーヌ閣下! この劇場、お好きなだけお使いください! いや、むしろ使ってください! これこそが、私が一生をかけて追い求めた真の芸術だ!」


(……よし! 支配人、完全陥落! チョロすぎるわ、帝国の芸術家!)


 私は満足げに頷き、舞台上で恥ずかしそうに微笑むアリア様に親指を立てて見せた。


「……これで準備は整ったわ。……アリア様。貴女の歌声で、この帝都を……いえ、この世界を塗り替えてあげましょう?」


 劇場の貸し切りに成功し、いよいよ「聖女アリア」の初公演に向けて、帝都中に私の仕掛けた宣伝活動(ファンクラブ動員)が始まろうとしていた。


 そんな中、客席の最上段からその様子を見ていたゼノス公爵が、低く笑った。


「……リリアーヌ。君は、帝国を魔導だけでなく、心まで支配するつもりか。……恐ろしい女だ」


「あら、閣下。……私、ただの『推し』の熱狂的なファンなだけですわよ?」


 私の「推し活無双」は、帝都最大の劇場を拠点に、さらなる狂熱を巻き起こしていく。


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