第25話:ライバル登場? 帝国一の天才魔導技師との対決
帝都の離れ、私専用の魔導工房。
そこは今や、アリア様への献上品(特産品)を生み出す聖域と化していた。
だが、その静寂を、乱暴な靴音と理屈っぽい叫び声が切り裂いた。
「どけ! そこをどけ! 私は帝立魔導研究所の主任、アルベルト・フォン・シュタインだ! この屋敷に潜伏しているという『稀代の詐欺師』を、私の理論で論破しに来たのだ!」
扉が勢いよく開け放たれ、一人の青年が飛び込んできた。
銀縁の眼鏡を光らせ、白衣を翻す姿は、まさに『理系インテリ』そのもの。
(……あ、アルベルト! 続編でゼノス公爵に無茶振りされて過労死寸前まで働かされる、あの不憫可愛い眼鏡技師じゃない!)
私は内面の興奮を抑え、優雅に魔導ペンを置いた。
「……随分と騒がしいお客様ですわね。シオン、この方に『お行儀』というものを教えて差し上げなさい」
「承知いたしました、お嬢様。……ちょうど、この男の口に影を詰めて、永遠に静かにさせて差し上げようと思っていたところです」
シオンが音もなくアルベルトの背後に立ち、その首筋に冷たい殺気を当てた。
アルベルトは一瞬で顔を青ざめさせたが、私の机の上に置かれた『聖女の吐息』の試作瓶を見ると、恐怖よりも学究心が勝ったのか、声を荒らげた。
「ひっ……!? だ、だが私は引かん! リリアーヌ・アステリア様、貴女だ! 貴女が作ったこのクリームの術式構成案を拝見した。……支離滅裂だ! 魔力流動が既存のガウス式を無視している。こんなものは、たまたま動いているだけの欠陥品だ!」
アルベルトが机に魔導計算盤を叩きつける。
(……ふふ。既存の数式に縛られているわね、眼鏡くん。この世界の『魔法工学』は、まだ基礎体温……じゃなくて、基礎理論が未完成なのよ)
「あら、アルベルト様。……既存の式が間違っているとは考えないのかしら?」
「何……!? 我が帝国が百年かけて築いた理論を否定するのか!」
「否定はしませんわ。ただ、『古い』と申し上げているの。……シオン、彼が持っているその『魔導式自鳴琴』を貸してくださる?」
アルベルトの腰に下がっていた、帝国最新の魔導具。
私はそれを受け取ると、蓋を開け、内部の複雑な魔導回路を一瞥した。
「……この音律維持の術式、第四階梯の同期がコンマ二秒ズレているわ。だから高音が僅かに割れるのよ。……それから、魔力の供給路が長すぎてロスが出ている。……こうして、ここをバイパスして、三進法で組み替えれば……」
私は手近なピンセットを使い、アルベルトが心血を注いだであろう傑作の回路を、無慈悲に、かつ流麗に書き換えていった。
「な、何をしている! それは私が三年かけて……」
「――聴きなさいな」
私がゼンマイを巻くと、そこから流れ出したのは、かつてないほど清澄で、魂を震わせるような完璧な音色だった。
「…………っ!? そ、そんな。音が……透き通っている。……術式密度が、私の計算の三倍以上に跳ね上がっているだと!?」
アルベルトは眼鏡をずらし、自鳴琴に顔を近づけて絶句した。
彼の『解析眼』(ゼノスほどではないが)が、私の書き換えた回路の「美しさ」を理解してしまったのだ。
「……私の理論が、間違っていた……? いや、そもそも私の理解を超えた、新しい『数学』がここに……」
アルベルトがその場に膝をついた。
彼は震える手で私のドレスの裾を掴もうとし、シオンの靴に踏みつけられた。
「……お嬢様に触れるな、下等生物」
「……リ、リリアーヌ様……っ! いえ、師匠! お願いします、今の術式の組み方を、私にご教授ください! 私は……私は、自分がどれほど井の中の蛙だったかを思い知りました!」
(チョロい! 眼鏡インテリ、攻略(弟子入り)完了!)
私は勝ち誇ったように扇子で口元を隠し、高らかに笑った。
「あら、弟子なんて取らない主義ですわ。……でも、私の工房の『掃除』と『資材管理』を完璧にこなすなら、たまに数式を見せてあげてもよろしくてよ?」
「喜んで! 今すぐ帝立研究所の主任を辞任して参ります!」
「待て、アルベルト。勝手な真似は許さん」
工房の影から、不機嫌そうなゼノス公爵が現れた。
彼は、床に這いつくばる部下と、それを見下ろすリリアーヌ、そして殺意を放つシオンという地獄のような構図に、深く溜息をついた。
「リリアーヌ。……君は、私の最高の技師まで奪うつもりか」
「あら、閣下。有能な人材が私の元へ集まるのは、自然の摂理ですわ。……これで帝国の技術開発も、十倍は加速いたしますわよ?」
ゼノスは呆れたように肩をすくめたが、その瞳には「リリアーヌがいれば、帝国は無敵になる」という確信が宿っていた。
「……シオン。この眼鏡を客室へ放り込め。……明日から、彼はリリアーヌの『雑用係』だ」
「……承知いたしました。……まずは、影の中で『主人への絶対服従』を叩き込んでおきます」
シオンがアルベルトの襟足を掴み、影の中に引きずり込んでいく。
(……ふふ。これで帝国の公的機関(研究所)とのパイプもできたわ! 特産品開発の量産体制、これで完璧ね!)
私は、自分への新たな「崇拝者(被害者)」が増えたことを喜びつつ、次のプロジェクト――アリアちゃんを輝かせるための『光る舞台衣装』の開発に戻ることにした。




