第24話:特産品第1弾:美肌魔導クリーム『聖女の吐息』
魔法帝国ガルディナの貴族女性たちにとって、美しさは単なる飾りではない。それは魔力量や家格と並ぶ、冷徹なまでの「ステータス」そのものだ。
特に、この国は魔導研究による夜更かしや、乾燥した魔力環境のせいで、肌の悩みを抱える令嬢が後を絶たない。
(……ふふふ。そこにつけ込む……じゃなくて、救いの手を差し伸べるのが、前世で美容情報を漁りまくったオタクの使命よね。……見てなさい、これが帝国の経済を動かす最初の一歩よ!)
私はゼノス公爵邸のサロンに、帝都でも特に発言力の強い数名の有力夫人と令嬢を招待していた。
テーブルの上には、私が魔導工房で心血を注いで作り上げた、乳白色の小瓶が並んでいる。
「……リリアーヌ様。本日はどのような御用でしょうか? 貴女が夜会で見せたあのドレスの技術には感服いたしましたが、美容の話となると、私たちは少々口うるさいわよ?」
扇子で口元を隠しながら、帝都の社交界を牛耳るメルセデス伯爵夫人が、値踏みするような視線を向けてくる。
私は余裕の笑みを崩さず、小瓶を一つ、彼女の前に差し出した。
「皆様、お忙しい中お集まりいただき光栄ですわ。……今日は、旧王国の古臭い美容法ではなく、帝国の最先端魔導と、我がアリア様の聖なる加護を融合させた『奇跡』をお持ちいたしましたの。……名付けて、美肌魔導クリーム『聖女の吐息』ですわ」
「聖女の……吐息? 随分と大層な名前ですこと」
「あら、効果は名前以上ですわよ。……アリア様、少しだけお手伝いいただけます?」
私が合図を送ると、控えていたアリア様が一歩前に出た。
彼女が小瓶にそっと手をかざすと、中から柔らかな黄金の光が漏れ出し、サロン中に清涼な花の香りが広がった。
「……っ!? この魔力密度……。ただの化粧水ではありませんわね」
魔導に精通した令嬢たちが身を乗り出す。
私はそのクリームを少し掬い取り、夫人の手の甲に塗り広げた。
「浸透。……私の術式が、角質層の奥深くまで潤いを運び、アリア様の魔力が細胞のダメージを浄化いたしますわ。……さあ、ご覧になって?」
塗った瞬間に、クリームはスッと肌に吸い込まれて消えた。
次の瞬間、夫人の手の甲は、まるで朝露に濡れた真珠のように白く、瑞々しい輝きを放ち始めたのだ。
「……な、何これ!? 私の長年の悩みの種だった乾燥小皺が……一瞬で消えた!? それに、肌が……吸い付くように柔らかいわ!」
「信じられない。……リリアーヌ様、これ、私の顔にも塗ってくださる!?」「私もよ! いくらでも出すわ!」
先ほどまでの澄ました態度はどこへやら、サロン内は一瞬にして「美の暴動」へと化した。
(……キターー!! これよ、この反応! 美容オタクが一番脳内麻薬出る瞬間! アリアちゃんの聖属性魔力を『ナノカプセル化』して封じ込めるなんて、この世界の住人じゃ一生思いつかないわよね!)
私は殺到する女性たちを制し、優雅に(内心はニヤニヤしながら)告げた。
「落ち着いてくださいな、皆様。……これはまだ試供品。本製品は来月から、アステリア商会……いえ、私の直営店で販売いたしますわ。……ただし、アリア様の加護が必要ですので、生産数には限りがございますの」
「限定……!? リリアーヌ様、私を一番の予約リストに入れてちょうだい!」「私の家を帝都の独占契約店に……!」
押し寄せる欲望の嵐。
だが、その騒ぎを切り裂くように、部屋の影がぐにゃりと歪んだ。
「……お嬢様。そろそろお時間です。……これ以上、お嬢様の知恵を薄汚い金貨に換えるために、無関係な女どもを近づけるのは不快です」
シオンが、完璧な礼服姿で私の背後に現れた。
彼の瞳には、私の「商売敵(客)」たちを排除しようとする、隠しきれない独占欲が渦巻いている。
「シオン、お客様に失礼よ。……皆様、今日はここまで。……続きは、次回の『聖女様を愛でるお茶会』で、ゆっくりとお話ししましょう」
私は女性たちを、期待に胸を膨らませた状態で追い出した。
彼女たちは、もはや私のことを「旧王国の悪役令嬢」などとは見ていない。……彼女たちにとって私は、若返りと美貌を約束する「美の女神」なのだ。
「……ふぅ。大成功ね、シオン」
「……お嬢様が満足なら、それでいいのですが。……ですが、あの女たちを見るお嬢様の瞳……。まるでおもちゃを手に入れた子供のようでしたよ。……少しだけ、嫉妬してしまいます」
シオンが私の腰に手を回し、耳元で熱っぽく囁く。
(……はいはい、わかったわよ。シオンも後でブラッシングしてあげるから)
私は彼を軽くあしらいながら、窓の外を見た。
「……あら、閣下。覗き見は感心いたしませんわよ?」
バルコニーの影から、ゼノス公爵が姿を現した。
彼は腕を組み、私の「商談」の一部始終を『解析眼』で見守っていたらしい。
「……リリアーヌ。君は、魔導を何だと思っている。……軍事転用すれば一国を滅ぼせるレベルの高度な術式を、女の肌を滑らかにするためだけに使うとは」
「あら、閣下。……武力で国を滅ぼすより、美しさで国を支配する方が、ずっと合理的だと思いませんこと? ……現に、今この瞬間から、帝都の有力な夫人の半分は、私の味方になりましたわよ?」
ゼノスは呆れたように溜息をついたが、その瞳には隠しきれない賞賛の色があった。
「……合理的だな。……よかろう。帝都の一等地に店を出す許可を与えよう。……ただし、売り上げの三割は、軍の研究予算として徴収する」
「二割よ、閣下。……その代わり、公爵家御用達というお墨付きをくださいな」
「……交渉成立だ。……君という女は、本当に食えないな」
ゼノスが不敵に笑い、私の指先に口づけを落とした。
それを見ていたシオンの影が、一気に膨れ上がり、部屋の温度が数度下がった。
(……ああ、忙しい。推しのプロデュースに、ヤンデレ執事のケアに、冷徹公爵との交渉。……でも、これこそが私が求めていた『最強の悪役令嬢ライフ』だわ!)
『聖女の吐息』。
それがもたらす巨額の富と名声が、旧王国を経済的に追い詰めるための、最初の楔となることを、まだ誰も知らない。
私の快進撃は、ここからさらに加速していく。




