第24.5話:深淵を覗く時、深淵もまた微笑んでいる
それは、私の意識が他人の「思考」と混濁したかのような、奇妙な夢だった。
視界は低く、世界はモノクローム。
唯一、鮮やかな色を持って映し出されているのは、庭園でアリア様と笑い合う「私」の後ろ姿だけだ。
(……ああ、美しい。お嬢様の項にかかる後れ毛、一房ずつ影で固定してしまいたい)
自分の頭の中に、ドロリとした濃密な感情が流れ込んでくる。
これは、私の考えではない。……シオンの、視点?
(……あの聖女、お嬢様の隣に座る権利などないはずだ。……あの公爵も、お嬢様の知性に触れていい存在ではない。……お嬢様の肺に入る空気さえ、私が一度濾過して、私の色に染めてから捧げたい……)
妄想は加速していく。
夢の中のシオンは、影を触手のように伸ばし、リリアーヌを全方位から包み込んでいた。
彼女が食べるもの、彼女が見る景色、彼女が吸う息。そのすべてを自分が管理し、支配し、彼女の瞳には自分しか映らない世界を構築する。
(……お嬢様の足首に、私の影を編み上げた鎖を付けましょう。……重すぎず、けれど決して逃げられない、愛の徴。……貴女が泣いて縋るなら、私はその涙を一滴残らず飲み干して……)
「愛しています」という言葉が、呪いのような質量を持って、私の脳内に直接刻まれていく。
あまりの執着の重さに、息が苦しくなって目が覚めた。
「……っはあぁ!!」
ベッドの上でガバッと起き上がると、そこにはいつものように、部屋の隅の影から現れたシオンがいた。
「……お嬢様。酷くうなされていましたが、いかがなさいましたか? ……もしや、またあのバカ王子の夢でも?」
シオンは心配そうに(と言いつつ、獲物を値踏みするような瞳で)私の手を握る。
その感触は、夢の中で私を縛っていた影の鎖と、全く同じ熱を帯びていた。
(……今の夢、シオンの『本音』の断片よね。……知ってた。知ってたけど、想像以上に激重じゃないの……!)
「シオン。……貴方、今何か変なこと考えてなかった?」
「……変なこと? いいえ、お嬢様の寝顔が月光に映えて、いっそこのまま時を止めて標本にしてしまいたいな、と思っていただけですよ」
「それが変なことなのよ!」
私は彼の手を振り払い、毛布を頭から被った。
やっぱり、推しは画面越しに愛でるのが一番安全かもしれない。
けれど、この「命がいくつあっても足りない執着」を向けられる快感もまた、悪役令嬢に転生した私だけの特権なのだと、私は早鐘を打つ心臓を抑えながら、再び眠りにつこうと努めるのだった。




