第22話:聖女アリア、帝都のカフェで『尊死』を量産する
帝都エーテルヘルムのメインストリート『アルカナ通り』。
ここは魔法帝国の最先端技術と流行が集まる場所であり、常に野心溢れる魔導師や気位の高い貴族たちが行き交っている。
「……リリアーヌ様。本当に、私なんかがこんなに目立つ格好をして、街を歩いてもよろしいのでしょうか?」
アリア様が、私のドレスの袖をきゅっと掴んで、不安そうに上目遣いで尋ねてくる。
(……あああああ! その上目遣い! 破壊力抜群よ! 大丈夫、貴女は今、この帝都で一番……いえ、大陸で一番輝いているんだから!)
今日のアリア様は、私が設計し、帝都最高の職人に仕立てさせた『街歩き用・聖女カジュアル』を纏っている。
白を基調に、淡いラベンダー色のリボンをあしらった膝丈のワンピース。袖口には繊細なレースが施され、動くたびに私の開発した「微細魔導香」が、彼女の周囲に柔らかな花の香りを漂わせている。
髪はハーフアップにまとめ、そこには聖獣シルの抜け毛(最高級の白銀毛)を加工して作った、一点ものの特製バレッタが光っていた。
「自信をお持ちなさい、アリア様。貴女のその清らかな姿こそが、ギスギスしたこの帝都に必要な『癒やし』なのですわ。……さあ、あそこのテラス席で、帝都名物の『魔導パンケーキ』をいただきましょう?」
私たちは、通りでも一番人気のカフェ『エトワール』へと足を踏み入れた。
その瞬間。
賑やかだった店内が、魔法をかけられたように静まり返った。
コーヒーを運んでいた給仕の手が止まり、小難しい魔導論文を読んでいた老魔導師の眼鏡がずり落ち、隣のテーブルで密談をしていた軍人たちが呆然と口を開ける。
「……なんだ、あの美少女は。女神の再来か?」
「見てくれ、あの透き通るような肌。旧王国の令嬢とは格が違うぞ」
「……空気が。彼女が通るだけで、澱んでいた店内の魔素が浄化されていく……」
ざわざわと広がる驚嘆の声。
アリア様は顔を真っ赤にして私の背後に隠れようとするが、それがまた「守ってあげたい感」を倍増させている。
(……ふふふ。計画通り! 帝国の皆さんも、やはり『尊い』ものには抗えないようね。これぞ聖女による精神汚染……じゃなくて、精神浄化よ!)
「お嬢様。……あまりに注目を浴びすぎています。……不届き者の視線がアリア殿を汚さぬよう、今すぐ周囲の者すべての視神経を影で焼き切りましょうか?」
私の背後で、完璧な執事の立ち振る舞いをしながら、シオンが物騒すぎる提案を耳元で囁く。
彼の瞳は、アリア様に鼻の下を伸ばしている男たちを一人残らず「排除対象」としてロックオンしていた。
「シオン、物騒なことはやめなさい。……注目されるのは、それだけ価値があるということですわ。……さあ、店員さん。一番人気の『雲浮かぶ虹色パンケーキ』を二つ、それからシオンには最高級のブラックコーヒーを」
運ばれてきたパンケーキは、魔導加熱によって限界まで膨らんだ、ふわっふわの逸品だった。
上に乗ったクリームは虹色に輝き、食べる瞬間に口の中で弾ける魔法がかけられている。
「……わぁっ! リリアーヌ様、見てください! フォークを入れたら、キラキラした光が飛び出しました!」
アリア様が、子供のように瞳を輝かせてパンケーキを一口頬張る。
「……はふっ。……美味しい……。リリアーヌ様、これ、夢のような味がします!」
幸せそうに頬を緩め、とろけるような笑顔を見せるアリア様。
その瞬間、周囲のテーブルから「……ぐはっ」「……尊い……」「……浄化される……」という声と共に、屈強な魔導師たちが次々と胸を押さえて沈没(尊死)していった。
(……キターー!! アリアちゃんの『モグモグ・スマッシュ』! これ、ゲームの好感度イベントだと、画面がホワイトアウトするほどの発光演出があったやつだわ! 生で見ると、心臓への負担が半端ないわね……!)
私は内心で絶叫しながら、密かに懐から、昨夜工房で自作した『魔導ブロマイド』を取り出した。
これは、対象の輝きを魔力として記録し、持ち主に「精神安定」の効果をもたらすという、私の執念が生んだ逸品だ。
「……皆様。もしよろしければ、こちらの『聖女様の御守り』はいかがかしら? 枚数限定ですわよ?」
私が小声で周囲に呼びかけると、沈没していたはずの男たちが、血走った目で一斉に立ち上がった。
「く、くれ! いくら出せばいい!?」「俺の魔石、全部出す!」「家宝にするから頼む!」
「あらあら、落ち着いてくださいな。お一人様一枚までですわよ?」
こうして、帝都の人気カフェは、一瞬にして「アリア様ファンクラブ・結成会場」へと変貌した。
アリア様本人は、自分のブロマイドが飛ぶように売れている(配られている)ことにも気づかず、「このクリーム、甘くて最高です!」とパンケーキに夢中になっている。
「……お嬢様。……私の許可なく、お嬢様の連れを商売道具にするのは感心しませんね。……それに、そのカードの裏に、こっそり私への『殺意』が込められた呪印を仕込みませんでしたか?」
「あら、シオン。勘がいいわね。……独占欲の強い執事さんへの、ちょっとした牽制よ」
シオンと私の間で火花が散る中、ゼノス公爵が不機嫌そうな顔をしてカフェに現れた。
「……リリアーヌ。街中で騒ぎを起こすなと言ったはずだ。……それに、なんだその怪しげなカードは」
「あら、閣下。……これは帝国の治安維持に貢献する『精神安定剤』ですわ。……閣下も一枚、いかがかしら? アリア様の笑顔、効きますわよ?」
ゼノスは鼻で笑いながらも、差し出されたカードを『解析眼』で一瞬だけ凝視し、無造作に懐へと仕舞い込んだ。
「……ふん。……解析のサンプルとして預かっておこう。……それより、パンケーキが冷める前にさっさと食べて屋敷に戻るぞ。……君たちが目立つのは、私の胃に悪い」
ゼノスの氷のような瞳が、ほんの少しだけ和らいだのを、私は見逃さなかった。
旧王国では「呪われた悪役令嬢」と「無能な偽聖女」だった私たちは、今やこの魔法帝国の中心で、人々を(物理的・精神的に)魅了する存在へと上り詰めていた。
(ふふふ……アリアちゃんの知名度アップ、大成功ね! 次は帝都の劇場を貸し切って、聖女の合唱会……いえ、『聖女ライブ』を企画しなきゃ!)
私の「推し活無双」は、帝国の常識を塗り替えながら、さらに熱く加速していくのだった。




