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第21話:魔導工房、爆誕! 最初の開発品は『もふもふ専用』

 帝都の離れに居を構えてから、私の生活は一変した。

 旧王国での「義務」と「我慢」に縛られた日々はどこへやら、今の私はゼノス公爵から提供された最新鋭の魔導設備が並ぶ地下工房に引きこもっていた。


 ひんやりとした大理石の床、壁一面に並ぶ魔導水晶の試薬瓶、そして複雑な術式を投影するホログラム・ディスプレイ。


(……ああ、最高。これよ、これ! ゲーム『純七』の隠し設定で語られていた『魔法帝国のオーパーツ級設備』を独占できるなんて。前世で自作PCを組んでいた時のワクワク感が、魔力となって全身を駆け巡るわ……!)


 私の瞳には、既に睡眠不足の隈が薄らと浮かんでいたが、精神はかつてないほどに研ぎ澄まされていた。

 そんな私の背後から、呆れたような、けれどどこか蕩けるような甘い溜息が聞こえてくる。


「お嬢様。……三日三晩、この地下室に閉じこもって何をなさっているのかと思えば。……流石に、私の我慢も限界ですよ。今すぐその怪しげな回路を捨てて、私の用意した薔薇風呂にお入りください。さもなくば、この工房ごと影に沈めて、お嬢様を寝室へ連行いたします」


 シオンだ。

 彼はトレイに乗せた栄養満点の温かいスープと、私の大好物である帝都限定のフォンダンショコラを机の端に置いた。

 

「シオン、もう少しだけ待って。今、一番重要な術式の安定化を図っているのよ。これが成功すれば、この家の『QOLクオリティ・オブ・ライフ』が爆上がりするんだから!」


「きゅうおーえる……? よく分かりませんが、お嬢様がそう仰るなら、あと五分だけ待ちましょう。……五分過ぎたら、問答無用で抱きかかえて運び出しますからね」


 シオンの目が本気マジだ。ヤンデレ執事の「お持ち帰り宣言」は、比喩ではなく物理的な拘束を意味する。

 私は慌てて、最後の一節を魔導ペンで書き込んだ。


「――よし、完成! 起動ブート!!」


 私が叫ぶと同時に、作業台の上にあった銀色の奇妙な器具が青白い光を放った。

 それは一見すると、手のひらサイズのブラシのようだが、持ち手には高密度の魔導回路が刻まれ、先端のブラシ部分は特殊な魔導合金「ミスリル・ワイヤー」で構成されている。


「お嬢様、それは……? 帝国の新兵器のプロトタイプか何かですか?」


「いいえ、シオン。……これは、私の愛と執念の結晶。名付けて、魔導式超高周波振動ブラシ『もふもふエクスタシー・マークⅠ』よ!」


「……は?」


 シオンが珍しく間抜けな声を上げた。

 私はちょうど工房の入り口で、不安そうに中を覗き込んでいた聖獣シルを呼び寄せた。

 

「シル! おいで! 貴女の換毛期、私が救ってあげるわ!」


 シルは「なになに?」と首を傾げながら歩み寄ってくる。

 現在、シルは季節の変わり目で抜け毛が激しく、自慢の純白の毛並みが少しだけゴワついていたのだ。

 私は意気揚々と、開発したばかりのブラシのスイッチを入れた。


 ――ウィィィィィィィン。


 耳に心地よい低周波の音が響く。

 私はシルの首筋から背中にかけて、ゆっくりとブラシを滑らせた。


「キュ、キュゥゥ……ッ!?」


 シルの瞳が大きく見開かれた。

 次の瞬間、巨体から力が抜け、ドサリと床に横たわった。

 足はピクピクと震え、金色の瞳はトロンと虚空を見つめている。


「……なっ!? お嬢様、その獣、死んだのでは……?」


「失礼ね、シオン。超高周波振動によって毛穴の奥の汚れを浮かせつつ、魔力によるイオンコーティングで静電気を完全に除去しているのよ。さらに、抜け毛はすべて空間魔法でブラシの中に自動回収! 部屋が汚れる心配もなし! 見て、この輝き!」


 ブラシを通した後のシルの毛並みは、まるで真珠の粉を振り撒いたかのように白銀に輝き、指を通せば摩擦ゼロで滑り落ちる。

 あまりの気持ちよさに、シルは「ぷしゅー」と鼻を鳴らし、私の膝に巨大な頭を乗せて甘え始めた。


(……勝った。完全に勝ったわ。この『もふもふの極致』、旧王国のバカ王子には一生味わえない贅沢よ……!)


 私は無我夢中でシルの全身をブラッシングし続けた。

 柔らかい、温かい、そして何より、私の開発した技術が推しを幸せにしているという実感が、脳内麻薬となって分泌される。


「……なるほど。軍事転用可能な空間魔法と高周波振動を、ただの獣の毛繕いに使うとは。……リリアーヌ、君の頭脳は相変わらず予測不能だな」


 いつの間にか工房の入り口に、ゼノス公爵が立っていた。

 彼は床に転がって蕩けている伝説の聖獣と、その毛を狂ったように研磨している私を、呆れたような、けれど感心したような複雑な目で見つめている。


「あら、閣下。文明の利器は、まず身近な幸せのために使うべきですわ。……これ、閣下の軍服の埃取りにも応用できますわよ? 試してみる?」


「……遠慮しておく。だが、その『無駄に高度な技術』の副産物として、魔力効率の改善データが取れているなら、後で報告書を出せ」


「了解ですわ。……シオン、そのスープ冷める前にいただくわね。最高の気分だわ!」


 私はシルの腹部に顔を埋め、深呼吸をした。

 

 旧王国では「無駄遣い」と罵られた私の知恵。

 ここでは、推しを愛でるための最強の武器ツールになる。

 

(ふふ……第1弾は大成功ね。次はアリアちゃんのための『美肌魔導ミスト』の開発に着手しなきゃ。……私のオタク無双は、まだ始まったばかりなんだから!)


 シオンに「はい、あーん」とスープを口に運ばれながら、私は次の開発計画に思いを馳せた。

 帝国での生活は、思っていたよりもずっと、刺激的で「もふもふ」に満ちていた。


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