第20話:安住の地、決定! 我が家は公爵邸の離れ
暗殺者の襲撃から一夜明け、帝都エーテルヘルムには抜けるような青空が広がっていた。
私はゼノス公爵の案内で、広大な公爵邸の敷地内、本邸から少し離れた湖畔に建つ「離れ」へと足を運んでいた。
「……ここか。リリアーヌ、君の要望通り、本邸と同等の魔導防壁を張り、外部からの干渉を一切遮断した建物だ」
ゼノスが指し示したのは、白亜の石材と青い尖塔が美しい、三階建ての瀟洒な館だった。
周囲は色とりどりの魔導花が咲き乱れる庭園に囲まれ、裏手には清らかな水を湛えた湖が広がっている。……控えめに言って、旧王国の王宮別邸よりも豪華だ。
「……すごいです、リリアーヌ様! まるでお伽話に出てくるお城みたい……!」
アリア様が、窓に反射する光に目を細めて歓喜の声を上げる。
その隣では、小型化した聖獣シルが「ここが新しいナワバリか」と言わんばかりに、ふんふんと鼻を鳴らして芝生を駆け回っていた。
(……キターー!! 『純七』の隠し拠点『湖畔の隠れ家』の実写版! しかも、ゼノス公爵の私有地内だから、セキュリティは世界最強。これ、実質的な引きこもりオタクにとっての最高到達点じゃない!)
内面の結衣が、勝利のガッツポーズを決める。
私はリリアーヌとしての優雅な笑みを保ちつつ、ゼノスに向き直った。
「……素晴らしいわ、閣下。私の要求を、これほど完璧に具現化してくださるなんて。……これで、誰に気兼ねすることなく、私の『研究』とアリア様の『育成』に没頭できますわ」
「……君の『研究』が、帝国にさらなる利益をもたらすことを期待している。……それと、この館の地下には、君専用の魔導工房を増設しておいた。……必要な資材があれば、すべて私の名で調達して構わない」
ゼノスの独占欲……もとい、投資家としての慧眼には恐れ入る。
彼は私の知性を「帝国の宝」として囲い込もうとしているのだ。……まあ、美味しい食事ともふもふが保証されるなら、喜んで囲い込まれてあげるけれど。
「お嬢様。……この『離れ』、非常に気に入りました。……これならば、本邸の煩わしい使用人どもの目も届きません。……お嬢様を、この館の中で私だけが愛で、私だけが傅く……。ああ、想像しただけで、私の影が悦びに震えます」
シオンが私の背後で、熱っぽい吐息を漏らしながら囁いた。
彼の影が蠢き、館の入り口を物理的に封鎖しようとするのを、私は扇子でピシャリと叩いて制した。
「シオン、また極端なことを言わないの。……ここは私たちの『家』よ。監禁場所ではないわ」
「……お嬢様がそう仰るなら。……ですが、この館のすべての鍵は、私が管理させていただきますね」
シオンの「管理」が物理的な束縛にならないことを祈りつつ、私はアリア様の手を引いて館の中へと入った。
玄関ホールは吹き抜けになっており、魔導クリスタルのシャンデリアが虹色の光を落としている。
「アリア様。……今日から、ここが私たちの新しい家ですわ。……誰にも邪魔されず、誰の顔色もうかがわず。貴女が貴女らしくいられる場所……。私が、全力で守って差し上げますわね」
「……はい、リリアーヌ様! 私、一生リリアーヌ様について行きます!」
アリア様の眩しい笑顔。
それだけで、旧王国を捨てた甲斐があったというものだ。
(よし。まずはアリアちゃんのための『最高級シアタールーム』を作って、そこで彼女の聖女修行という名のライブ鑑賞会を開くわ。……それから、シルのための『巨大もふもふルーム』。……シオンには、少し落ち着かせるための『瞑想室』でも与えておこうかしら)
私の脳内設計図は、既に居住空間を越えて「オタクの聖地」へと変貌していた。
夕暮れ時。
バルコニーから、湖に沈む夕日を眺める。
旧王国を脱出してから、怒涛の日々だった。
断罪され、追放され、魔物の森を抜け、最強の公爵と取引し……。
気づけば、私の周りには、私が守りたかった「推し」と、私を(重すぎる愛で)守ってくれる「怪物」たちが揃っていた。
「……リリアーヌ。何を考えている」
いつの間にか隣に立っていたゼノスが、私と同じ夕日を見つめながら問いかけてきた。
「……別に。ただ、少しだけ『ざまぁ』な気分に浸っていただけですわ。……今頃、あのアホ王子は、真の聖女も、最強の執事も、そして……この天才的な悪役令嬢も失って、空っぽの玉座に座っているのでしょうから」
「……ふん。あのような男、既に君の敵ではない。……君の未来は、このガルディナ帝国にある」
ゼノスが私の肩を抱き、力強く引き寄せた。
その瞬間、背後の影からシオンが「閣下、その腕を切り落とされたいのですか?」と氷点下の声で介入してくる。
イケメンたちの牽制、聖女の癒やし、聖獣のぬくもり。
これが、私が手に入れた「安住の地」。
(ふふ。いよいよ、この魔法帝国での『新章』が始まるのね。……私の推し活無双、ここからが本番なんだから!)
夜の帳が降りる頃。
新しい家の灯りが、湖面に美しく揺れていた。
リリアーヌ・アステリアの、本当の意味での「自由な日々」が、今、ここから始まる。




