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第18話:魔導帝国の夜会、悪役令嬢の再デビュー

 魔法帝国ガルディナの夜は、旧王国のそれとは一線を画す。

 帝都中央に聳える皇帝陛下の離宮『星辰閣せいしんかく』。その大広間は、天上の星々を閉じ込めたかのような魔導の煌めきに満ちていた。浮遊するクリスタルの燭台が、招待された貴族たちの宝石をより一層輝かせ、空気には高級な香水と魔導燃料の微かな甘い香りが混じり合っている。


「……リリアーヌ。緊張しているか?」


 私の隣で、正装の軍服を完璧に着こなしたゼノス公爵が、低く落ち着いた声で問いかけてきた。

 彼の胸元には、帝国最高の勲章が並び、その立ち姿はまさに「氷の守護神」。周囲の令嬢たちが熱っぽい視線を送っているが、彼は一瞥もくれず、私の様子だけを伺っている。


「緊張? あら、閣下。私がそのような可愛らしい感情を持ち合わせているとお思い? ……むしろ、旧王国の古臭い夜会よりも、この合理的な美しさに満ちた空間の方が、私の肌に合っていますわ」


 私は、自身で設計した『魔導改変ドレス』の裾を優雅に揺らした。

 色は、夜の静寂を思わせる深いミッドナイトブルー。生地には帝国の最新技術である「流体銀」を細かく分散させて織り込んであり、私が一歩歩くごとに、まるで夜の海に月光が反射するように輝きが波打つ。


(……ふふ。旧王国では『派手すぎる』と叩かれた私のセンスだけど、この魔導帝国なら『最先端の魔導芸術』として評価されるはず。見てなさい、これが本物の悪役令嬢……いえ、転生者の本気よ!)


 私の背後では、アリア様が私にプロデュースされた聖女ドレスを纏い、まるでお伽話の妖精のように佇んでいる。彼女が動くたびに放たれる淡い光の粒子に、会場中の貴族たちが息を呑んでいるのが分かった。


「……お嬢様。そのドレス、やはり目立ちすぎます。……今すぐ私の影で包み込み、この場にいる者全員の記憶を消去してしまいたい。……お嬢様の輝きを、なぜこれほど多くの有象無象に見せねばならないのですか?」


 私のエスコートをゼノスに譲り、今は「従者」として控えているシオンが、耳元で氷点下の囁きを落とした。

 彼の指先が、私の腰のラインに触れそうで触れない、絶妙な距離で蠢いている。


「シオン、我慢なさい。……今日は私たちの『価値』を帝国に知らしめる日ですわ。……さあ、閣下。参りましょうか」


 ゼノスが差し出した腕に、私は迷いなく手を添えた。

 大広間の扉が左右に開かれ、従僕が高らかに私たちの名を告げる。


「――ゼノス・フォン・ガルディナ公爵閣下。並びに、アステリア王国よりの賓客、リリアーヌ・アステリア様、アリア様、入場でございます!」


 その瞬間、会場のざわめきが波を引くように静まり返った。

 旧王国から「国外追放された悪役令嬢」が来るという噂は、既に帝都中を駆け巡っていたのだろう。だが、そこに現れたのは、悲壮感など微塵もない、凛とした美しさと圧倒的な知性を纏った女神のような女性だった。


「……あれが、噂の悪役令嬢か? なんという気高さだ……」

「見て、あのドレスの輝き。帝国最高の技師でもあのような回路構成は思いつかないぞ」

「隣の少女は……まさか、伝説の聖女か!? 空気が浄化されていくようだ……」


 賞賛と驚愕の声が、さざ波のように広がっていく。

 ゼノスは満足そうに口角を僅かに上げ、私をエスコートして中央へと進んだ。


「……諸君。紹介しよう。彼女は旧王国の愚かな価値観によって追放されたが、今や我が帝国の魔導理論に革命をもたらす『知の宝玉』だ。……リリアーヌを侮ることは、私を、延いては帝国を侮ることに等しいと心得よ」


 ゼノスの宣言は、帝国の社交界における私の立ち位置を決定づけた。

 単なる「亡命者」ではなく、公爵が守り、皇帝が認める「国家の重鎮」としてのデビュー。


 私は集まった貴族たちに対し、完璧なカーテシーを披露した。

 

「皆様、お初にお目にかかります。……リリアーヌ・アステリアです。……この美しいガルディナ帝国で、真に価値あるものが何であるか、皆様と共に語り合えることを光栄に存じますわ」


(……よし。第一印象は完璧! これで旧王国の『悪女』というレッテルを、『孤高の天才』というブランドに書き換えてやったわ!)


 夜会が進むにつれ、多くの魔導貴族や研究者たちが私の元へ挨拶に訪れた。

 私は彼らに対し、前世の物理法則を魔法に落とし込んだ独自の理論を披露し、次々と彼らを論破……もとい、心酔させていった。


「素晴らしい! その魔力伝導率の計算式、我が家の研究室で是非採用させてください!」

「リリアーヌ様、後学のために是非一度お茶会を……!」


 気づけば、私は会場の中心となっていた。

 アリア様も、帝国の有力な夫人たちに囲まれ、「なんて可愛らしい聖女様なの!」と、まるでマスコットのように可愛がられている。


(……ふふふ。計画通り。アリアちゃんを帝国のアイドルに仕立て上げ、私はそのバックアップとして権力を握る。これこそが、最強のスローライフへの道よ!)


 だが、そんな華やかな空気の中で、ゼノスだけは私の側を離れようとせず、近づこうとする若い貴族たちをその鋭い視線だけで追い払っていた。


「……リリアーヌ。あまり他の男と親しげに話すな。……君の理論は、私の所有物だと言ったはずだ」


「あら、閣下。所有物ではなく、パートナーと呼んでいただきたいわ」


「……言葉の綾だ。……だが、今夜の君は、毒を含んだ月光のように美しい。……私の目が眩むほどにな」


 ゼノスが、私の手の甲を掬い上げ、恭しく唇を寄せた。

 その熱い眼差しに、周囲の令嬢たちが悲鳴に近い溜息を漏らす。


 一方、私の背後では、シオンの影が物理的に形を成し、ゼノスの足を影の触手で絡め取ろうと蠢いていた。


「……閣下。主人の手に触れていい回数は、今夜分は既に使い切ったはずですが? ……次はその指、根元から影の糧にいたしますよ」


「……ふん。執事は影に引っ込んでいろ」


 帝国一の魔導公爵と、世界最強のヤンデレ執事。

 二人のイケメンが私の背後で火花を散らす中、私は満開の花のような笑顔で、差し出された最高級のシャンパンを煽った。


 旧王国の卒業パーティーでの断罪から、わずか数週間。

 私は今、帝国の中心で、これまでにない最高の輝きを放っていた。


(見てなさい、エドワード王子。貴方が捨てた女は、今や帝国を動かす女王になったのよ!)


 夜会は深夜まで続き、私の「悪役令嬢としての再デビュー」は、帝国の歴史に深く刻まれることとなった。


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