第17話:アリアの着せ替え人形(ドール)計画
帝都エーテルヘルムの朝は、魔導駆動のチャイムの音で幕を開ける。
私はゼノス公爵邸の一室を勝手に「開発アトリエ」へと改造し、朝から設計図と魔導水晶の山に囲まれていた。
「……よし。この術式を組み込めば、生地の自浄作用と、着る人の体温に合わせた自動温度調節が可能になるわ。さらに、感情の昂りに合わせてスカートのフリルが微かに発光するギミック……。完璧。完璧だわ!」
私は徹夜明けのテンションで、羊皮紙を高く掲げた。
前世の結衣が夢見た「光る衣装」や「魔法の変身ドレス」。それをこの世界の魔導技術で具現化する。これこそが、悪役令嬢に転生した私が成すべき真の聖業(推し活)なのだ。
「お嬢様。……その、目の下の隈が酷いことになっていますよ。いくらアリア殿のためとはいえ、自身の美貌を損なうのは、執事として看過できません」
シオンが呆れたような、それでいて甲斐甲斐しく栄養満点の特製スムージーを差し出してくる。
私はそれを一気に飲み干すと、隣の部屋で控えめに待機していたアリア様を呼び寄せた。
「アリア様! 準備はよろしいかしら? 今日こそ、貴女を世界で一番、いえ、宇宙で一番可愛い『帝国の宝』にして差し上げますわ!」
「えっ……。あ、あの、リリアーヌ様。私は、そんなに立派なお洋服を着るような身分では……」
アリア様は、旧王国の質素な修道服をリメイクしたドレスを握りしめ、恥ずかしそうに俯いている。
その謙虚さ! その慎ましさ!
(あああああ! その『私なんて』っていう自信のなさが、逆に素材の良さを引き立てるのよ! 原石を磨き上げる快感……これぞ育成シミュレーションの醍醐味!)
私は内面の絶叫を淑女の微笑みで押し隠し、彼女の手を取って鏡の前に立たせた。
「いいですか、アリア様。貴女は真の聖女。この国の、いえ、この世界の光なのです。光が煤けた服を着ていては、民衆が希望を持てませんわ。……さあ、シオン。例のものを」
「承知いたしました。……全く、お嬢様がこれほど熱を上げるとは。その情熱の百分の一でも私に向けていただければ、私は今すぐこの屋敷を花園に変えてみせるのですが」
シオンが不満を漏らしながらも、重厚なクローゼットを開く。
そこには、私がこの数日間で設計し、帝都最高の仕立屋と魔導技師に無理を言って作らせた『魔導聖女ドレス・試作一号機』が鎮座していた。
色は、アリア様の瞳の色に合わせた淡いアクアブルー。
生地には「星銀糸」が織り込まれ、光の当たる角度によって真珠のような光沢を放つ。
何よりの特徴は、裾にあしらわれた「感応式魔導回路」だ。
「……さあ、アリア様。お着替えしましょう?」
小一時間後。
着替えを終えてカーテンの向こうから現れたアリア様を見て、図書室にいたゼノス公爵までもが、持っていた魔導書を床に落とした。
「…………なっ」
ゼノスが絶句する。
そこにいたのは、旧王国の薄幸な少女ではない。
歩くたびに足元から淡い光の粒が舞い上がり、ドレスのフリルが生き物のように優雅に揺れる、まさに「降臨した女神」そのものの姿だった。
「……リ、リリアーヌ様。これ、すごく軽くて、なんだか体がポカポカします。……それに、鏡の中の私、なんだか自分じゃないみたい……」
アリア様が、頬を林檎のように赤らめて、ドレスの裾を少しだけ持ち上げる。
その瞬間、ドレスの隠しギミックが発動し、彼女の周囲に幻影の百合の花がハラハラと舞い散った。
(キターー!! 『聖女の加護(視覚エフェクト)』の実装成功! アリアちゃんが動くだけで、周囲の好感度メーターがカンストしていく音が聞こえるわ!)
私は感動のあまり、鼻血が出そうになるのをハンカチで押さえた。
「リリアーヌ。……君は、一体何を考えている。このドレス、使われている魔導回路の集積度は軍事用レベルだぞ。……それを、ただの衣服に注ぎ込むなど、国家資源の無駄遣いにも程がある」
ゼノスが頭を抱えながら、鋭い眼差しを私に向ける。
だが、その瞳はしっかりとアリア様の美しさに釘付けになっていた。
「あら、閣下。無駄遣いとは心外ですわ。美しさは、それだけで最強の防衛兵器になりますのよ? これを見た帝国の民衆は、アリア様を『守るべき至宝』として崇めるでしょう。……それに、見てください。このドレス、防御結界も展開可能ですの」
私がパチンと指を鳴らすと、アリア様の周囲に半透明の防護膜が展開された。
物理攻撃はもちろん、毒や精神干渉まで遮断する特級品だ。
「……はぁ。君という女は……。合理的なのか、ただの狂人なのか判断に迷うな」
「褒め言葉として受け取っておきますわ、閣下」
ゼノスは呆れ果てた様子だったが、不意にアリア様の側に寄り、彼女の肩を抱くようにしてその仕上がりを確認した。
「……だが、認めざるを得ない。この『作品』は、帝国が誇る魔導師団の制服よりも遥かに洗練されている。……アリア殿。このドレス、君によく似合っている」
「……っ! あ、ありがとうございます、公爵様……」
アリア様がさらに赤くなる。
それを見ていたシオンの影が、一気に膨れ上がり、ゼノスの背後に忍び寄った。
「……閣下。あまり私の『獲物』の隣人に触れないでいただけますか? その手が氷漬けになる前に」
「……獲物だと? リリアーヌは帝国の賓客だ。貴様のような一介の執事が私を脅すとは、教育がなっていないな」
「教育なら、お嬢様の愛の鞭だけで十分ですので。……さあ、お嬢様。アリア殿の着せ替え(鑑賞会)が終わりましたら、次はお嬢様のドレスも新調しましょう。……私の好みの、『鎖』のデザインを取り入れたものを」
(……シオン、それ絶対ファッションじゃないわよね? 物理的な鎖を付けようとしてるわよね?)
私はヤンデレ執事の物騒な提案を華麗にスルーし、幸せそうに微笑むアリア様を眺めた。
旧王国で虐げられていた「推し」が、今、私の手で最高の輝きを放っている。
これこそが、悪役令嬢としての逆転劇。
これこそが、転生者が味わうべき最高の愉悦。
「……さあ、アリア様! 次は帝都のメインストリートへお出かけですわよ! 帝国の皆さんに、真の聖女の降臨を知らしめてあげるんですから!」
私の高らかな宣言と共に、公爵邸の平和(?)な日々は、さらなる「推し活」の熱狂へと包まれていった。




